お披露目会
「素晴らしい戦いだった。 だが、すまない。 私が対戦相手にあやつを選んだばかりに…… 許してくれ」
グラディウスの弱々しい声。本心からの後悔が伝わる。
「い、いえ…… そんな。 あの、ローレンスーー副団長はどうしちゃったんですか……?」
「あやつは…… 昔から敗北を異常なまでに恐れている」
「敗北を?」
「ああ。 だが、それはもう何年も前のことだ。今日まであやつが負けたことなどなかったが。まさか、まだ引きずっていたとは……」
難しい顔をしたグラディウスは深いため息をつく。
単なる負けず嫌い、ということではないようだ。昔、何があったというのだろう。
「こんな醜態をさらしてしまった後だが…… 君たちにはこの騎士団に入って欲しい」
俺は返答に困った。
まさか本当に騎士団の副団長に勝てると思っていなかったし、今は素直に受け入れるような雰囲気でもない。
「明日、またここに来てくれないか? そこで君たちの答えを聞きたい」
「わかりました……」
「レイラ。 彼らを外まで案内してくれ。 私は少しやるべきことがある」
「はっ。 お任せください」
レイラの言葉を聞くと、グラディウスは重い足取りでその場を後にした。彼女は最後までそれを見届け、それから、俺たちに向き直る。
「今日は本当にすみませんでした」
レイラは深く頭を下げた。
「レイラさんが謝ることじゃ……」
「いえ、副団長の失態は騎士団全体の失態です」
「ですが」とレイラは続ける。
「あの人は普段、人相も愛想も悪いですけど…… それでも、あんなことをする人じゃないんです。 押し付けがましいのはわかっていますが、あの人を許してあげてください」
レイラは懇願するような瞳だった。
「やっぱりわかりません」
ガーネットは急に椅子から立ち上がる。
「何が?」
ベッドにちょこんと座るミカが首をかしげる。
「グラディウスさんが、私たちをここまで必死に勧誘した理由ですよ」
「んー、シンがすごい勇者だって気づいたからじゃないかな?」
ミカは俺のいる前で平然とそんなことを言う。
ちょっと気恥ずかしい……
模擬戦を終えた俺たちは今、王都にある宿に泊まっている。
一人部屋が良いという俺の主張は、「お金の無駄遣いはだめ」と女性陣の反論で、あえなく却下された。やはり女性が同じ部屋だと、なんとも心が落ち着かない。ベッドが人数分あるのが唯一の救いだ。
「確かに恩人様はすごいです。 騎士団の副団長から一本取れるところだったんですから。そんな実力者、早々現れません」
やはり、俺の能力値はかなり高いものらしい。今日の模擬戦とガーネット発言で、それがよくわかった。
「でも、グラディウスさんはその前から恩人様に目をつけていたようですし」
「んー、どうしてだろう……」
「まあ、少しできすぎてる気はするかな。 俺が勝てたら全員入団オッケーなんて」
入団試験なるものをすっ飛ばした、というだけでも普通ではないのに。
「まさか、何か陰謀があるとか?」
「陰謀って…… 秘密結社じゃあるまいし。 グラディウス団長も、そんな邪な考えがあるようには思えなかったよ」
俺の短い人生の中で、あんな善人という言葉が当てはまるような人は見たことがない。
「でも、問題はあの副団長です。 負けず嫌いにしても、恩人様を殺す勢いでしたよ」
ガーネットの言う通り。あの時のローレンスは常軌を逸していた。
それに、黒騎士と酷似したあの動き。もしかすると、ポピュラーな剣術の型の一つなのかもしれない。何にせよ、帰結へ行き着くにはまだ判断材料が少なすぎる。
みんな気づいていないようだし、この事は伏せておこう。
「確かにあの人のことはよくわからない。 けど、レイラさんの言葉もあるし…… まだ何とも言えないよ」
「えー、でも……」
モヤモヤを上手く言葉で表せないらしく、ガーネットは不満そうに口をとがらせる。
このまま行っても、話は平行線のままだろう。
「そういえば、ガーネットって元は騎士団の人だったんだよね?」
ミカが切り出す。
「え? はい、そうですよ」
「今まで聞いてなかったけど、どこの騎士団に入ってたの?」
「そ、そんなこと知ってどうするんですか……?」
ガーネットはやけにオーバーリアクションだ。
「他の騎士団はどんな感じなのかな、って思って」
「あ、そういうことですか。 えーっと…… あれ、どこでしたっけ……」
頰に指をあて、思案する風を装うガーネット。だが、その視線は泳いでいて、傍目からは演技をしているようにしか見えない。
「忘れちゃいました」
てへへ、と言わんばかりにガーネットは首を傾ける。
「忘れたって……」
「そんなことあるの……?」
俺もミカもさすがに言葉を失っていた。
それもそうだ。おっちょこちょいとか、そういうレベルではない。
謎に包まれていると言えば、ガーネットもかなりのものだ。考えてみれば、彼女のことを俺たちは全然知らない。出自も今まで何をしていたのかも。
「本当に忘れただけ? 何か言えない理由があるとか?」
試しに俺が聞いてみる。
「べ、別にありませんよ…… 本当に忘れちゃったんです」
ガーネットは曖昧にほほ笑んだ。あくまで、しらを切るつもりらしい。
「記憶喪失とかじゃないよね? 回復魔法で治せたりしないかな?」
ミカは冗談などではなく、心から心配しているようだ。
「全然大丈夫ですよ! ただのど忘れなので! あ、そういえば、サーシャさん遅いですね!」
「ガーネット」
まだ話はついてない、と言わんばかりにミカが名前を呼ぶ。逃げ場を失った彼女は、しばらく口を閉ざしていた。
「……そ、その内もしかしたら、わかる時が来るかもしれません。 なので、その時まで待っていてください。 お願いします」
なぜガーネットは意味ありげに目を伏せたのだろう。彼女は何か隠している、そう確信した。
だが、何を?
聞いてみようと思ったが、その前に扉の開く音が耳に入る。
「終わったぞ」
「あ、サーシャさんーー」
けろっと顔色を明るくしたガーネットは、サーシャの姿を見て「おお〜」と声を漏らす。
「似合ってるじゃないですか〜」
「そうだね、すごく可愛い!」
今の話など忘れたかのように、ミカも便乗する。
「や、やめろ…… 私は別に、可愛いとか、そんなことに興味ない…… 」
サーシャは、女性が髪にするように、フードの端をいじる。フードの影からも赤みを帯びた頬がよく見え、布の下でその耳がピクピクと動いているのがわかる。
今は昼に買ったフードのお披露目会だ。
それにしても、なんと初々しい反応だろうか。悩みに悩んだ対価がこれなら、安いどころかお釣りがくる。
「恩人様も何か言ってあげてください」
「え?」
「せっかくプレゼントを着てくれたのに、感想の一つも無しじゃ、男の人として失格ですよ?」
水を得た魚のように、元気になったガーネットは悪い笑みを浮かべる。
さては、俺の女性耐性の低さがバレていて、そこにつけ込んだな……?
これ以上彼女を図に乗らせるわけにはいかない。俺だってやるときはやる男だ! 一言、かっこよく言ってやる!
そう意気込んで再びサーシャの方を見ると、ちょうど彼女と目があった。
その目は睨むように細められていたが、そう定義するにはいささか敵意を感じない。どちらかというと、何か衝撃的な事実に身構えてるという風だ。一体、何を思っているというのだ。
そんな事に気を取られ、俺は頭が真っ白になる。
「そ、その…… とても、に、似合っていらっしゃいますよ……」
終わった……
こんなひどいセリフがあるだろうか。最後の方なんて、声が小さすぎてサーシャの耳に届いてたかも疑問だ。
「そ、そんなことない……」
サーシャはぷいと顔を背けた。
気まずい空気になる。
助けを求めようとガーネットたちの方を向くが、二人はがっかりしたように俺を見ていた。
そこまでひどかったのか……
そんな地獄のような 静寂を破ったのは「でも」というサーシャの声だ。
「一応礼は言っておく。 あ、ありがと……」
そう言う彼女はそっぽを向いたままだ。
「あ、その…… 嫌じゃない? もし、あれなら元に戻しても……」
「嫌じゃない。 明日からこれにする」
きっぱりそう言われる。だが、フードを外したサーシャは、やはり、恥ずかしそうに顔を赤くしていた。




