後編
最終話です
「シビル様、面白い・・・いいえ。気になる話がございますの。」
ある日、帰宅のための馬車に乗りこむとアシュリーの他に身なりの整った男女が一組すでに乗り込んでいたと同時にアシュリーにそう切り出された。
辺境伯家の者ではない者がいるためアシュリーの背筋はすっと伸び、言葉使いは堅苦しいままだ。
まだ若そうだが彼らは王立学院カフェの給仕の青年とメイドだという。
シビルの目顔にアシュリーが促すと彼らの口からとんでもない報告が飛び出した。
「第三王子殿下でございますが卒業パーティでシャーロット公爵令嬢との婚約破棄発表をご計画なさっておられます。」
「え?彼女に何か不都合があるとおっしゃるの?」
「たくさんの人目に触れる卒業パーティーでシャーロット令嬢の悪事を暴き、我らの真の愛を人々に広く知らしめる、のだと申されております。」
従僕の青年はいささか顔色を悪くしてそう告げた。使用人の中でもシャーロットの振る舞いにそんな点がないことは周知の事実だからだ。
「秘密の密談をよく聞けましたね。」
シビルは顔の表情をなるべく出さないように手をきつく握って二人に告げた。
「・・・・殿下がたにおかれましては私たち使用人階級はどうやら『人』には入ってないようなのでございます。他にも複数メイドがその場に居合わせております。」
「私は『前祝いの祝杯』をご用意させた頂きました。果実水ではありますが。」
(阿呆だ阿呆だとは思っていたけど想像のはるか上まで突き抜けとったんかい!!)
シビルは内心そう思ったがとりあえず飲み込んだ。成功した。
具体的な計画や、シャーロットに着せられるだろう濡れ衣の数々を話を終える頃にちょうど馬車は学院から最寄りのタウンハウスが立ち並ぶ通りの入り口に差し掛かり、彼らは馬車を降りていった。
「アホだアホだとは言い続けてたけど、ここまでとはねぇ。むしろシャーロットのためにはよかった、のかな。正式な婚約前で。」
シビルの言葉にアシュリーは答えず考え込んでいる。
「火遊びをしてるくらいならそれでよかったけど、婚約破棄をしかも公衆の面前で行って各方面に恥さらしとなるともはや学生の自由の領域は超えたよね。ってかあのアホやっぱりやっときゃよかったか。」
考え込んでいたアシュリーが答える。
「さすがに・・・・。今から私はロングヴィル公爵家へ赴こうと思います。」
「ん。じゃ、急いで屋敷に戻ろう。着替えるんでしょ?私は父上に手紙を出すよ。魔術便で。」
魔術便は本来2日かかる辺境伯領への手紙を30分ほどで送り届けることが出来る。非常事態になりそうなので使うことに問題はないだろう。
トゥモンド辺境伯家にはもうひとつの裏の顔がある。アシュリーは「そちらの者」として公爵家に行くならば、元の姿に戻らなくてはいけないだろう。
「だな。スカート脱ぐのは久しぶりだぜ。」
アシュリーはそう言うとニヤリと笑った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ギザント王国王立学院卒業記念パーティーは卒業式後の夕刻に王宮で行われる。
卒業式は学院で挙行されるが、パーティーは卒業生である貴族子女のお披露目も兼ねた大夜会になるのだ。
「さぁ。いよいよ私たちの真実の愛とシャーロットの悪行を皆に知らしめる時が来た。」
「大丈夫でしょうか?殿下・・・。私、怖い。きっと守ってくださいね。」
学院の正装に身を包み、王族の証である勲章を身に着けた第三王子は生来の美貌も相まって絵画的に美しい。
その傍らで打ち震える(ように見える)キャロルは素材は最上だけど過剰にフワフワとスカートを膨らませたピンクのドレスを身にまとっている。
「あぁ、愛しいキャロル。こんなに小鳥のように震えて・・・。大丈夫だ。私が付いておる。」
「キャロル嬢、我々もです。きっとあなたをお守りしますよ。」
「皆様・・・。エド私たちは幸せ者ですね。」
壁の周りには絶対零度に冷え切った視線を送る従僕やメイドたちがいるがお花畑は続く・・・かに思われた瞬間、扉が勢いよく開け放たれバタバタと衛兵が駆け込んできた。
「無礼者!」
「ここは第三王子殿下の控室だぞ!!そなたらのような者が入って来て良い場ではない。」
王子が顔色を変えて怒り、その前に守るように騎士団長の子息が立ちはだかるがすっと進み出てきた鎧の騎士に壁まで吹っ飛ばされた。
「わきまえるのはそなたのほうだ。近衛への礼儀を忘れたか、愚か者めが。」
「ち、父上?なぜ?」
今日は卒業生の関係者として騎士団長は勤務からははずれているはずなのにがっつりと鎧を着こんでいる姿に息子は呆然となる。
何かを言おうとした鎧の騎士の背後から煌びやかな正装に身を固めた女王が兄の王太子、父公爵に連れられた顔色の悪い公爵令嬢シャーロットを引き連れて姿を現したのだった。
「愚かなる息子よ。言い訳があるなら聞こうか?ま、聞くが許すことはないのだがな。」
女王の重々しい言葉に彼らは自分たちに何事が起こったのかやっと悟れたのかもしれなかった。
「無事に終わったのかしら?」
「アシュリーは有能だからね。きっと大丈夫だよ。」
本日のエスコートのために、という名目でトゥモンド辺境伯領から出てきた父親にエスコートされて会場に入ったシビルの問いに父はさも当然と答えを返した。
「俺も本来の職務、国境防衛の方に力を注ぎたいからね。アシュリーは俺とミランダが鍛え上げたんだから安心しなさい。」
辺境伯家の礼装がいささか窮屈に見えるくらいに逞しい父の笑みは獰猛な肉食獣を思わせて恐れられることも多いけどシビルをとても安心させる。
「そうですわね。あら。人が動き始めたようですわ。」
「ほらね。見てごらん、エドワード殿下がご入場だ。・・・おや?随分と顔色がよくないな。」
父は口調だけは心配そうにそう言った。
自慢の美貌も台無しの魂が飛び去ったような表情の王子が、近衛騎士団に取り巻かれて母女王の傍らにどうにか立っている。
やがて少し遅れてシャーロットも父公爵にエスコートされて姿を見せる。
ここ最近は物憂げな表情を浮かべることが多かった彼女だが父とともにあるその表情はどこかふっきれたような晴れやかな笑みを浮かべていた。
シビルの姿に気がついたらしいシャーロットが父に何事かを囁いたらしく、公爵もこちらを見ると軽く礼をする。こちらも晴れやかな表情なのは娘の門出に色々な意味で憂いが消えたためかもしれない。
パーティは無事に挙行された。もちろん王子と取り巻きの側近、例の男爵令嬢もいる。が、彼らの周りは鎧こそ身につけてはいないが体格のいい、どうみても騎士団の者たちで肉の壁が築かれていて誰も近づくことはできなかった。
もっとも彼らにわざわざ近づきたい人間もいないのは日頃の行いの賜物だろう。
最初のダンスをなんとか終えるといつの間にか彼らの姿は消えていた。王宮に連行されたのだろうか。
「お疲れ様。アシュリー。無事に仕事は終わった?」
「あぁ。なんとか終わった。この後王宮であいつらがどうなるかは俺の・・・いいえ、私の知ったことではございません。」
本来の男としての礼装を身につけたアシュリーは咳ばらいを一つするとすっとシビルの背後に控えた。
「詳しくは後ほど聞くとして、まぁ未遂になったのはよかったね。」
辺境伯の言葉にアシュリーは改まって深くお辞儀をした。
辺境を守る武の家である辺境伯家はその必要上王都へ諜報の網を張っている。
王立学院の影の姿は諜報機関養成所でもある。もっとも学ぶのは本来の学生ではけしてない。それは従僕やメイドたちだ。学院に勤務するメイドや庭師、コックたちは鍛えられた諜報機関員見習いでもある。
彼らはあらゆる職業に偽装しても正体が露見しないようにその道の技術も身につける。
子女たちが必要以上に羽目を外しすぎないよう監視する意味もあり、かつ彼女たちが安全に監視スキルを磨く場でもある。
その元締めは本来父なのだけれど本人の性格上こちらよりも直接の魔物討伐の方が得意でアシュリーが代理で勤めているのだ。
ちなみにアシュリーはいつもはメイドの格好をして側にいるが女装趣味ではなくれきとした男性だ。
放っておくと猫を脱ぎかねないシビルの御守りとして常に付き従うために本人曰く嫌々女装しているのだと言うがなまじやせ形で凝り性なのでその辺の女性より美しい。
シビルがすっと手招きしてアシュリーを側に呼ぶ。
「ね。アシュリー。私たちは今回も上手く猫を被っていたかしら?」
「誰も私のことに気が付いていないようなのでそうなのではないでしょうか?」
扇に隠した口元で躱される小声の会話は、だが華やかな会場では誰にも聞かれることはないだろう。
「シビル様、シビル様。あちらにお茶の用意ができてますのよ。よろしければおいでになりません?」
「この夜会が終わってしまえばもう自由にお会いすることはなかなかできませんもの。」
色とりどりの華やかなドレスを身に着けた令嬢たちには、その場の違和感や王子の不在などはもう関係ないようだ。
「まぁ、それはステキでございますわ。さっそくお伺いしたいのですけどアシュリー?」
振り向いてアシュリーの了承の頷きを確認するとシビルはシンプルな青いドレスの裾を華麗にさばいて軽やかに歩き出した。
猫かぶり令嬢と猫かぶりメイド。その正体はたぶんまだ誰も知らない。
シャーロットは無事にアホ王子と縁が切れました。
辺境伯家は猫かぶり夫婦に猫かぶり令嬢、猫かぶりメイドとたくさんの猫がいます。
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