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第2話 異世界事情

 異世界生活2日目の朝。部屋をノックする音で目が覚める。


 「三浦君、小松だけど、ちょっと話したい事があるんだけど、入ってもいいかな?」


 「え、あ、ちょっと待って」


 僕は急な小松さんの訪問に慌てる。この世界に来てから僕はまだ服を買っていない。部屋に寝間着の用意もなかった。制服のまま寝る事はさすがにしたくなかったので、下着姿で寝ていたのだ。要するに、着替えの時間が必要だった。




 「お待たせ。どうぞ」


 学ランまで着て、完璧に男子高校生となった僕は扉を開けて、純白のローブ姿の小松さんを招き入れる。部屋にはテーブルの他に椅子が数脚あり、僕と小松さんは対面して腰掛ける。


 「それで、話というのはなに?」


 「うん。今後の事なんだけどね、私たち、王城に招かれたでしょ。このまま流されていいのかな?って」


 小松さんの言葉に僕は顔を渋くする。その表情を見て小松さんはやや安堵した様子を見せる。


 「確かに、このままだと黒島君に連れられて、魔王か何かを討伐に向かわされるよな。そんな危ない目には合いたくないな」


 「だよね。このまま逃げた方がいいのかな?」


 「いや、それは悪手だろうな。今の僕たちには情報が少なすぎる。家に帰れるかどうかも含めて、王城に行けばある程度情報を得られるはずだよ。それに、指名手配されたら目も当てられない」


 「じゃあ今日は1日待機した方がいいのかな?」


 「うーん。僕は何があるか分からないから、色々と冒険の道具や保存食を用意しときたいいんだよね」


 「それもそっか。じゃあ私も一緒に行ってもいい?」


 「うん。いいよ。1人より2人の方が変な物を買わずに済みそうだ」


 小松さんは僕の返事に微笑む。


 「一応黒島君にも声をかけておくか」


 「昨日の調子だと断られそうだけどね」


 小松さんの表情が苦笑に変わる。黒島君に対する認識は同じようだ。あれは完全に浮かれている。


 「とりあえず朝ごはん食べに食堂に降りよっか」


 「そうだな。腹が減っては戦は出来ぬっと」


 小松さんの提案に僕も賛同する。そう言えば女子と食事を同席するのは初めてではないだろうか。一瞬そんな事を思ったが、今は非常時だ。縁があるのは3人だけ。少しでも固まるべきだろう。黒島君も食堂に降りてきたら誘うか。




 3人掛けのテーブルに座るとすぐに店員が水を持ってきて、それからほとんど時を置かずに朝食を持ってくる。どうやら朝食にメニューという概念はないらしい。内容はパン、豚肉らしきものが入ったスープ、サラダだった。中々にシンプルだ。パンは言えばお替りできるらしい。

 2人して黙々と食べる。2人とも異性と食事をするのは初めてで、どうしても気になってしまうのだ。そもそも、2人とも積極的にしゃべるタイプではない。とりあえず僕はパンを2度お替りしたが、小松さんはお替りなしで十分なようだ。


 それなりの時間をかけて食事を終えたが、黒島君は食堂に現れなかった。仕方がないので2人して黒島君の部屋に向かう。


 ノックをすると「どうぞ」と元気な声が帰ってくる。そのまま扉を開けると、黒島君は剣を見てニヤニヤしていた。テーブルには空の皿が置かれている。この部屋は食堂に降りずとも食事ができるプランらしい。


 「黒島君、今後の事について話し合いたいんだけど……」


 小松さんは黒島の行動に軽く引いているので僕が用件を切りだす。


 「?今後?明日王城から迎えが来るからそれまで待機じゃないの?」


 「いや、黒島君、君、『勇者』だろ。きっととんでもない仕事を押し付けられるぞ。それに、家に帰れるかどうかも分からないじゃないか」


 この僕の言葉に黒島君の口調が変わる。


 「……別にいいじゃないか。僕はクラスではのけ者だ。家でだって優秀な兄さんに比べられる。だから僕はここで人生一発逆転するんだ!君たちだって勇者の一行になるんだからきっと人生成功するよ」


 黒島君は結構思いつめていたらしい。


 「……言いにくいんだが、僕と小松さんは家に帰る事を目標としているんだ。とりあえず情報収集のため王城まで同伴させてもらうけど、その先は勇者の一行にはなる気はないんだ」


 僕の言葉に黒島君は「えっ」という顔をする。全く予想外だったらしい。


 「とにかく、王城得られた情報次第では僕たちは自力で帰る方法を探す事になる。今日1日は今後に備え、冒険の買い物をするつもりなんだけど……。一緒に来る?」


 「……僕はいいよ。どうせ王城の方で色々用意してくれるだろうから」


 「そっか。じゃあ僕たちこれから買い物に出るよ」


 「分かった。じゃあ僕は冒険者ギルドで色々技を試しに行くよ」


 そう言って黒島君は再び自分の剣を見つめる。もう話しかけるのは無駄だろう。僕と小松さんは部屋を後にした。




 僕たちが最初に立ち寄ったのは雑貨屋だ。炊事器具、食器、水筒、財布、それにサバイバル用品としてロープ、コンパス、できれば地図なんかもあったら便利だろう。

 小松さんは陶器の食器や可愛い小物に興味深々だったが、悪いと思いつつも、冒険用だからと実用性の高い物を買うように説得した。何せもう所持金は半分程度しかないのだ。

 この雑貨屋でそれぞれ3千リラを消費する。


 次に食品を買いに行き、僕は保存食と調味料を買い漁る。しめて4千リラなり。大量に買ったという事情もあるが、調味料が高かった。

 小松さんは生鮮食品と保存食を両方、少な目に買っていた。しめて1千リラなり。


 ここで昼頃になったので、適当な飲食店に入る。ここでリラの下に補助通貨としてユロなる通貨がある事を知る。僕らは適当に正体不明のメニューから注文する。すると運ばれてきたのは、小松さんには焼き魚のセット。僕の方にはいくつかの正体不明のトカゲドックが運ばれてきた。ソーセージやベーコンのドックを期待していただけに見た目にドン引きする。小松さんも同様だ。

 しかし勇気をもって食べてみると、これが美味い。トカゲのくせにジューシーで癖がなく、それでいてステーキのような味がする。あまりの美味さに小松さんに1つおすそ分けしたくらいだ。小松さんも勇気をもってかぶりつくと、その美味しさにペロリと平らげてしまった。




 昼食を終えると今度は武器屋に向かう。最低限ナイフは必要になると思ったからだ。ナイフも色々種類があったが、戦闘に使う予定はないので、オーソドックスな普通のナイフに決めた。

 それから僕は鉈を物色する。道なき道を行く羽目になったら絶対必要だ。これも戦闘に使うつもりはないので普通程度の値段と品質のものを買う。しめて8千リラなり。鉈が結構高かった。

 一方で小松さんは真剣に弓と矢を物色していた。そう言えば彼女は弓道部のエースだったっけ。小松さんは1時間以上悩んだあげく、大弓と矢筒、そして鋼鉄の矢を70本購入した。どうやら主力武器にするらしい。お値段3万2千リラ。かなり思い切った買い物だ。


 それから僕の防具を見繕うため、金属防具の店に行ったのだが、最低限が8万リラと、予算オーバーしていたため、革防具の店に向かう。

 ここで小松さんは弓のために革の胸当てを買い、さらに2千リラを消費する。

 僕の方も僕の方で、前衛に出る事がほぼ確定なので、できるだけ良い防具をと思い、下級ドラゴンの革の鎧と兜を購入。お値段4万リラ。




 防具屋での買い物が終わって、一旦小松さんと別れる。下着類を購入するためだ。

 夕方になって宿の前で合流したのだが、2人ともやや不機嫌であった。ゴムがないため、元の世界の下着とは比較にならない低品質だったからだ。それでも各自1千リラを使う事になった。


 夕食にはまだ時間があったので、冒険者ギルドの訓練場に向かう。特技の確認をしておきたかったからだ。

 幸か不幸か黒島とは入れ違いになったが、ギルド職員は期待の目を隠さずに訓練場に案内してくれる。


 黒島のせいで標的の大半がお釈迦になっていたが、僕たちは弱めの魔法から試していく。

 色々試した後、最後に僕が怪力と棒術で標的を粉砕し、小松さんが弓で標的を訓練場の壁に縫い付けた事でギルド職員の野次馬から歓声が上がる。もちろん核物理魔法は試していないが、ギルド職員の歓声からすると十分戦える力量はあるのだろう。




 日も暮れかけた頃、ようやく僕たちは宿に戻った。そのまま食堂で、朝食よりは多少豪勢な夕食を食べる。やはりこの宿の食事はメニューが無いようだ。

 疲れにより2人とも無言で食べ終え、「また明日」とそれぞれの部屋に帰る。明日は王城に出発だ。いったい僕たちはどうなるのだろう。そんな不安を抱きながら、疲れによりすぐに睡魔に身を委ねるのだった。




 翌朝、朝食を食べ終え、特にやる事もないので荷物の整理をしていると、急に外が騒がしくなった。何事かと窓を開けると、宿の前に立派な箱馬車が1台止まり、20人程度の煌びやかな、如何にも騎士といった人々が下馬しているところだった。その内5人が宿へ入っていく。そして間もなくノックされる。


 「トモユキ ミウラ殿でしょうか?王城へ出迎えに参りました」


 「あ、はい。すぐに準備するので少し待ってください」


 とはいえ、荷物は既にまとめてあるので、支度はすぐだ。荷物を身に着けると、忘れ物がないか確認する。そして扉を開けると、白銀の鎧を着た美男子が迎えてくれた。儀仗隊か何かだろうか?


 「お待たせしました。これよりあなた方を王城、アグリニオンまでご案内します」


 すごく丁寧だ。思わずこちらも丁寧な言葉遣いとなり、頭を下げる。


 「お手数をおかけします。よろしくお願いいたします」


 ふと見ると、隣の部屋からも小松さんが美しい女騎士に連れられて移動するところだった。僕たちはそのまま豪華な馬車に乗せられる。小松さんは不安故か、僕の隣に腰かける。

 そこへ3人の騎士に連れられた黒島君が宿の階段を下りてくる。ここでも待遇が違うらしい。黒島君は僕らの反対側に座る。その隣に美男子の騎士も座る。どうやら案内兼監視役らしい。馬車の扉が締められると、すぐに移動が始まった。ガタガタして現代人の僕らには尻が痛くなりそうだ。


 緊張して無言の小松さんや、自信満々にふんぞり返って黙っている黒島君に代わって僕が騎士さんに質問する。


 「えっと、僕たちは急にこの世界に来たので、この辺りの事は全く知らないのです。この世界、この場所はどういうところなのですか?」


 「この世界、ですか。歴代の勇者様からこの世界の名前を聞かれる事はよくあったそうなのですが、残念ながらそういった名称はございません。強いて言えば、こちら側が『神聖大陸』と呼ばれている程度でしょうか。その反対に、2年ほど前に現れた魔王に占領された地域を『汚された大陸』と呼称している程度でしょうか。

 皆さまをお連れするアグリニオンは我がベラト王国の首都です。国力としては列強と呼ばれるほどの力を持っております。農業、鉱工業、商業などはこの世界でもトップクラスです。軍事力は列強の中では中堅よりも上程度ですが、皆さまがお力を貸してくれるなら汚された大陸の奪還の中心になるでしょう。それに、ベラト王国は汚された大陸からはやや離れているので、各国連合軍に参加した遠征部隊以外は疲弊しておりません」


 その後も僕は質問を続け、識字率が50%程度であることや、冒険者たちも魔王の登場から急増した魔物の討伐に追われている事、汚された大陸は西側にあり、既に滅ぼされた国もある事などを聞き出した。

 他にも、魔物は昔から存在したが、魔王の出現以降、『魔族』と呼ばれる知的生命体が出現し、この魔族が魔王軍を構成している事、エルフやドワーフといったファンタジーお馴染みの生命体も味方にいる事、汚された大陸を奪還した者にはその土地が与えられる事なども聞かされた。




 そんなふうに騎士を質問攻めしていると、日がすっかり西に傾いていた。どうやらアグリニオンまでは2日弱かかるらしい。適切な場所で野営の準備が始まる。警備や野営の準備は騎士たちがやってくれるようだ。とはいえ僕たちにはその手のノウハウがないので、3人して手伝いながら勉強させてもらう。

 夜は小松さんが馬車の中で睡眠をとり、僕と黒島君は別々のテントで眠らせてもらった。


 早朝になって目が覚めると、まだ早番の騎士たちが睡眠をとっており、出発はまだのようだった。やる事もないので、警備のイロハを教えてもらい、警備の真似事をする。

 そのうち小松さんも起きてきて、僕同様に警備に参加する。


 やがて早番の騎士たちも起床し、新鮮な肉と野菜を使った朝食が振る舞われる。味付けは塩だけだが、保存食ではなく生鮮食品が食べられるだけありがたい。


 朝食後の休憩の後、すぐにアグリニオンに出発する。昼過ぎにアグリニオンの城壁をくぐり、そのままアグリニオンの中心にあるアグリニオン城の門を通り過ぎる。そこで馬車を降ろされ、城の中に案内される。そして小さいが豪華な応接室で煌びやかな衣装や鎧をまとった若い男女に出迎えられる。その中で最も堂々とした態度をとる、背中まである長い金髪と青い瞳を持った少女に声をかけられる。


 「お待ちしておりました、勇者様。私はベラト王国王女、リリアーヌです」


 王女様のお出ましだ。少なくとも勇者はかなり重要視されているらしい。ここからどうにか厄介事を回避しつつ、帰る方法を探さなければならない。僕は顔を強張らせ緊張しながら挨拶を返す。


 「お招きいただき感謝いたします。トモユキ ミウラと申します」


 さあ、ここからが正念場だ。

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