EIGHT:ウルトラマリン羽百合
ウルトラマンに見えるな。
あがたはゆり【縣――羽百合】
炎使い。
青色バージョンの際は『堕ちた青光』
*
咆哮を上げながら、縣は五十嵐に突進していった。
両手を合わせ、青い炎を作り、相手に向かて発射する。――理屈は判っていても、その姿はまるでハリウッド映画の敵役のようだった。
ガスの炎の熱さは、少し離れた所にいる淘汰にも、はっきりと伝わるほどだった。
「んにゃろぉ……」
五十嵐も対抗して凶器を振るうが、それさえも縣の火で跳ね返されてしまう。
「噂の割には、大したこともないのですね、『屍姦』……」
がっかりだ、とオーバーに肩を落とす縣。――その間にも手は動きをやめない。
「ほら、ほらほらほら」
「……くっ」
モーニングスターフレイルに、三度炎が浴びせられる。
蛇のようにうねるその人魂は、やがて鎖を溶かし、結合させた。
「ああ、使い物にならねぇ!」
敵と一短距離を置くと、五十嵐は苛ついた様子で、己の武器を地面に叩きつけた。
煙が上がり、鉄球の形が歪んだ。
「あらあら……武器は大事にしないといけないわ、“小娘”」
暗闇に浮かび上がる青い炎に、縣の顔が照らされる。
口調もいささかぞんざいなものになっていた。
縣が調子に乗るのも当然。――なぜなら、五十嵐は今、武器を手にするのも酷な状況にいるのだった。
――熱い……。
千五百度の火に晒された鉄球は、真っ赤になって温度を上げていた。――もちろん、それに繋がっている鎖も、熱伝導によって熱くなっている。
いくら柄がグリップだとはいえ、そのゴムも溶けかけてきている――熱いのは当たり前だ。
――これは予想以上に厄介かもしれないな……けけけ。
五十嵐は、楽しそうに笑った。
肌を痛めつける豪熱に耐えながら。
淘汰はそんな戦いを見て、すでに五十嵐の負けを覚悟していた。
――あの様子じゃ、武器はもう駄目だろうな……。縣さんが仁義を重んじるような人とも思えないし、戦う術をなくした師匠を、あの人は執拗に痛めつけるだろう。
その分析はかなり的確なものだった。
いうならば門番としての役割を振られている縣は、殺すことこそ禁じられているものの――傷付けてはいけないとは、一言も言われていない。
――卯月は自分の目で“敵”の素顔を確かめたい様子だったから……頭はなるべく燃やさないようにしよう。
もっとも、髪の毛は一本残らず灰になってしまうかも、と、縣はそんなに今の言葉が可笑しかったのか、ひとり不気味に笑い声を上げた。
しかし。
淘汰の分析は的確ではあったものの、まるで的を射ているとは言い難かった。
なぜなら、この戦いは長引いてはいるものの、――当事者である五十嵐自身が、まるで苦しんではいないからである。
――とうとう、その時が来た。
「ふはははは、全っ然駄目だねぇ、『屍姦』」
小馬鹿にするようにその肩書を口にしながら、青い火の塊を五十嵐にぶつけ、縣は攻撃を続ける。
「…………」
一方五十嵐は相変わらずの軽口を封じ、あくまで無言・無表情のまま、その炎を避ける。――凶器はもう使われておらず、地面に投げ捨てられている。
そのぶっきらぼうとした態度が気に入らなかったのか、縣は一層ガスを多く右手に噴き掛け、炎を一層大きくした。
「くっ、シカトかよ!」
その炎を、数メートル手前から放とうと、足を踏ん張り、右手を五十嵐に向けた、――次の瞬間。
「とっとと失せろ、モブキャラが」
「!――……な」
――んだと。
縣が最後まで言葉を言う前に、五十嵐は動き出していた。
地面に転がされ、放っておかれたことにより“充分に冷めた”モーニングフレイルの柄を掴み、刹那の素早さでそれを頭上で三回ほど回転させる。
「む、無駄だ――」
また炎で鍛冶を打ち付けてやろう、そう思った。
思ったが、有言実行できなかった。
なぜなら。
「てぇい――やぁぁああっ」
「――⁉」
五十嵐は、武器を、その使い物にならなくなったモーニングフレイルを、敵に向かって、思いっ切り投げつけた。
必然、縣はそれを避ける羽目になるわけである。
「ひやあっう」
と、年齢の割には間の抜けたみっともない声を上げ、縣はその硬い地面に叩き付けられた。ぶつけた頭を労る隙も無く、五十嵐は――
「あんたの負けだよ――オバサン」
「…………そん」
怯えるような表情の縣の言葉を遮り、五十嵐はその凶器を振り上げた。
流石実技担当というべきか、縣はその動きに過剰に反応を示し、また炎を放つ準備をした。
しかし――。
結果から言えば、縣の攻撃は当たった。
モーニングフレイルは衝撃で吹っ飛んだし、なんと五十嵐の腕にも命中したのだ。
スーツの表面ははだけ、皮膚までも奥深くまで焼いた。――きっと神経まで届いている事だろう。
なのに。――なのにである。
五十嵐は自分の身体が炎を上げている――そんなことなどまるで意に構うことなく、その拳を。
縣の頭部に向かって。
思いっきり。
振り下ろした。
「ぐはぁあっ――く」
額に当たった拳は、そのまま頭皮を割き、若干薄肉と頭蓋を剥き出しにした。
ぷしゃあああ、と血が噴き出る。
細かな返り血が、五十嵐の素手を斑に染めた。
縣は口を半開きに白目を剥き、腕はぴくぴくと痙攣していた。
「す、凄い……」
淘汰は思わず声を漏らし、立ち上がった。
「素手であんなに……」
「ていうか、お前弟子の割には何にも働いてねぇな」
血液をまるで手洗い後の水を乾かすように払いながら、五十嵐が目を細めて言う。
「むしろ邪魔だ」
「そんな言い方はないでしょう――まだ修行の身なんですよ」
「どうだか」
五十嵐が門の鉄柵に手を掛け、押す。そこそこ重めの扉だったが、五十嵐にはそれがまるで感じられなかった。
「……あの、師匠」
「ん?」
五十嵐が振り向く。
「どうします? “これ”」
「……ああ」
淘汰が指さしたのは、道路のど真ん中で仰向けになって失神している、縣羽百合。
「放っとけ。――どうせ轢かれやしねぇよ。ま、別にどっちでもいいんだけどよ」
「じゃなくて……刺さなくていいんですか? 止め」
「おう。わざわざお前を生かしといてくれたんだ。――ほら、さっさと行くぞ」
「…………」
縣の無残な姿を横目に見ながら、淘汰は五十嵐について行った。
門を抜け、校舎の玄関に向かう道を、堂々と歩くふたりがいた。
五十嵐律音と、――八角淘汰だ。
五十嵐と淘汰が校舎に消えたのを確認すると、今の今まで気絶した振りをしていた縣が、ゆっくりとその上体を起こした。
「…………舐められないものだな」
血液が乾いてがちがちに固まった頭髪をいじりながら、放心しきった瞳で、縣は呟いた。
縣はおもむろに立ち上がり、猫背になりながらポケットのスマートフォンを取り出した。
履歴から番号を探し出し、耳に当てる。
しばらくの通信音ののち、
『はい』
と、冷たい声が聞こえた。
「もしもし……縣だが」
風が吹く。
夜の町に、風が吹く。
それに煽られ、木の葉が揺らぐ。
喋っているように、意思を持っているように、騒ぐ。
縣は電話を切る。
「…………生きて帰れると思うな……小娘」
ばたり。
縣はまた地面に倒れ込んだ。
*
「何ですって」
ある人物が携帯電話を片手に言った。
電話の向こうでは、瀕死の際に立たされた、そんな声が聞こえてくる。
「それは本当ですか?」
ある人物が訊くと、
『ああ』
と、相手が言う。
『どうやら私たちは彼女を甘く見すぎていたようだ』
「そ、そんな……縣先生がやられるだなんて……」
『信じたくはないが、事実だ』
「…………」
相手はときどき咳き込んだり言葉に詰まったりはしているが、決して冷静さを欠いてはいなかった。
一方ある人物――いっそのこと“ボス”といってしまおう――ボスの方は非常に取り乱していた。通常至って客観的に物事を見ることの出来る“彼女”だが、この時ばかりは流石に頭を抱えていた。
――予想外だ……。
こればかりはボスにとって本当に予想外だった。
門番に“切り札”的奥の手の縣を立たせることで、文字通り門前払いしてやろうという目論見であったが……。
『あわよくば他の仲間や事情を聞き出そうと思っていたのだが……非常に忝い』
「先生の責任ではありません。どうかお気になさらず」
『ああ、悪い……』
ボスは、言葉口調こそ文字にしてしまえば丁寧なものだったが、その喋り方はどこか初々しく、熟しきっていない若者な感じを漂わせていた。
「お身体は大丈夫ですか」
便宜上一応ボスは縣に訊ねた。こうして話している以上、無事なのは誰の目にも明らかなはずなのに、だ。
『幸か不幸か命だけは助けてもらったようだ』
「それは何よりです……縣先生は、どうか今はあまり無理をせず、その場を動かないでください」
『言われなくてもそうするさ……気力が沸かない』
ボスが言いたかったのは、
「使いようのない先生はあまり出しゃばって掻き乱さないでくれ」
だったが、そこの辺りの言葉をオブラートで包むのが、彼女の人柄を表していた。
ボスは電話を切ると、うむむと腕を組み、唸っていた。
「しっかりやってくれ……縫ヰ原……佐渡……」
一回サザエさんのエンディングのジャンケンで中指立ててみたい自己です。
ブクマとかしてほしいけどあんまり言い過ぎると嫌がられるからやめる。
ブクマして。