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羽振村妖怪譚  作者: 支援BIS
第17話 風伯(ふうはく)
82/90

前編

1


 和尚さんは、自分の荷物は自分でまとめて直接神社に行くというので、ぼくは天子さんと一緒に転輪寺を出た。

 予報では明日の昼にも台風が来るはずだけど、そんなことが信じられないくらい、からっと晴れて、空は青い。とても深い秋の空だ。

「天子さん。ぼくたちは神社に避難するんだね」

「うむ」

「村の人たちには声をかけなくていいんだろうか」

「声をかける、とは?」

「むかし洪水が起きたときには、村人はみんな地守神社に避難したそうじゃないか」

「時代がちがう」

「それはどういう意味?」

「もともと天逆川(あめのさかがわ)は、この里の手前で大きく曲がっておって、大水が出たときには決壊しやすいようになっておった」

「うん。それは知ってる」

「さらに二本の支流がこの村に流れ込んでおった。それは、ふだんは里人の暮らしになくてはならぬものであったのじゃ」

「うん」

「じゃが、今は水道がある。ゆえに支流は必要なくなり、代わりに一本の用水路だけが残された」

「うん」

「大きな土木工事が、比較的容易にできるようになり、川の流れは修正され、高い護岸が築かれた」

「そうなんだね」

「じゃから、昔のような洪水は、まず起こらぬ」

「そうか、安心なんだね」

「まあ、絶対に堤が切れぬとはいえぬが、よほどのことがないかぎり、だいじょうぶじゃ。そして今度の嵐はそう何日も続くものではないから、さほどに川の水量は増えぬであろう」

「そういえばそうだね」

「それに人々の家も暮らしぶりも、昔とはちがう。堅固な建築となり、二階建ての建物も多い。電気もないような不自由な木造の古い神社に避難せよと言うても、誰も来ないであろうなあ」

「そうか。そうだね」

「じゃが、先ほど法師どのが言ったように、あのかたの家と、転輪寺と、おぬしの家は、狙われるかもしれぬ」

「うん。どうやって狙うんだろう」

「それはわからぬ。結界があるから、法術による攻撃は届かぬはずじゃ。しかし風や水は結界を素通りするからのう」

「そこも訊いておけばよかったね。ごめん」

「いや。おぬしは見事に敵の正体と現状を暴き出した。あれ以上を望むのは無理というものじゃ」

「でも、攻撃方法を詳しく訊いておかなかったのは、失敗だった」

「無理をして、敵に魂降ろしじゃと気づかれておったら、取り返しのつかぬことになったかもしれぬ。上出来じゃろう」

「ううーん。雨と風か。待てよ、あのとき天逆毎は、〈いまいましいものは何もかも、雨で押し流し、風で吹き飛ばしてくれる〉って言ってたよなあ……。天子さん」

「うん?」

「神社には結界があって、強すぎる雨や風は通さないんだよね?」

「そうじゃ。じゃから大災害のときの避難所ともなったのじゃ」

「ならやっぱり、村の人たちを避難させたほうがいいんじゃない?」

「というても、村人全員が立ち入れるほどの広さはないし、社殿に入れる者となると、さらにわずかじゃ。食事などの問題もある。家に閉じこもっておったほうが快適であろうなあ」

「……そうか。そうだね。雨師と風伯が襲いかかってくるとは言えないしね」

「言っても信じないであろうな」

「天子さんは、自宅に荷物を取りに帰らなくていいの?」

「うむ。二日や三日なら、何も問題はない。少々の着替えなどは羽振家に置いてあるしの」

「そうか。それにしても、ひでり神さまをどうやって移動しよう」

「ふむ。その答えが向こうから来たぞ」

 何のことだろうと思うと、家の前に車が止まっているのがみえた。

 大きな乗用車だ。アメ車っていう感じだな。

 この車にはみおぼえがある。

 写真だ。

 佐々成三(ささなりみつ)さんの遺品のアルバムでみた。

 写真のなかでは、この車の前で、少年時代の成三さんが、父親の耀蔵(ようぞう)さんと笑い顔で写っていた。

 耀蔵さんが訪ねてきてくれたんだ。


2


「おい、大師堂。艶ばあさんを引き取ったってえじゃねえか」

「うん、まあ、一時的にですけど」

「あのばばあは独り身だもんなあ。えれえ。おめえはえれえよ」

「いや、あの。そういうわけでもないんですけど」

「なんでも、艶ばあさん、寝たきりになっちまったんだってえ?」

「そんな話、どこから?」

「いやまあ、村内の噂でよう」

「秀さんですね」

「う、ま、まあな」

「それで、何かご用でしたか?」

「それよ。寝たきりのばばあ抱えてよう、困ってんじゃねえかと思ってよ。何しろ明日来る台風は、記録破りの大型台風みてえだぜ」

「ここに着くころには、さらに大型になってるでしょうね」

「お? そんなこと、わかんのかい?」

「ただの勘です」

「さすが大師堂だな。なんか俺にできることがあったら手伝わせてくれ」

 耀蔵さんて、ほんとに義理堅い人だ。

「助かります。実は、地守神社に避難するつもりなんです」

「はあ? だっておめえ、あんな吹きっさらしだぜ? 電気も通ってねえ。煮炊きする道具だってねえ。雨風だって、どのくれえ防げるもんやら」

「耀蔵さん」

「おう」

「あなたを男と見込んで頼みがあります」

「お、おう! 引き受けた!」

「とにかく神社に行かなきゃならないんです。何にも言わずに、移動を手伝ってください」

「ぃよっしゃ! 俺に任せとけ!」

 それからあわただしく荷物を積み込んだ。

 まず一度神社に行って、布団や衣類、タオル類、それに水や缶詰と懐中電灯などを降ろした。水はポリタンクで運んだし、ミネラルウォーターも十本あった。

 次にひでり神さまを乗せて移動した。天子さんは、ひでり神さまに付き添ってもらうため、神社に残した。

 そして最後に、食品や、もろもろの物を詰め込んで運ぶ。

 荷物を詰めているとき、神棚が目に入った。

 ちょっと迷ったけど、わが家のお社も、童女妖怪のお社も、地守神社に持っていくことにした。おじいちゃんと、お父さんと、お母さんの霊璽も箱に詰めた。その前に置いてあった水虎の毛玉二つは、ジャンパーの左右のポケットに押し込んだ。手を入れると、ほかほかとして温かい。

 せっせと荷造りしていると、訪問者があった。

「あらあ? どこに行くのかしらあ」

「山口さん、どうしたんですか、こんな日に」

「こんな日って、どんな日?」

「嵐が来ます」

知ってるわ(アイ・ノウ)

「……こんなやりとりも、何かの映画にありましたね」

「ふふ、話が通じてうれしいわ。やっぱり私たち、ベストカップルね。こんな日だから来たのよ。カップル麺を買い占めにね」

「カップ麺ですか。好きなだけ持っていってください。お代は一個一律百円にしておきます」

「どこに行くの?」

「地守神社です」

「あたしも行くわ」

「……へ?」

「あたしも行く、って言ってるの」

「な、何のために?」

「一つ。鈴太さんが嵐に備えて地守神社に避難するということは、地守神社には、何か特別な守護があるのよ」

「……」

「二つ。艶さんも連れていくんでしょう」

「ええ」

「女手があれば、何かと便利よ」

「……」

「三つ。吊り橋効果って、知ってる?」

「やっぱり来なくていいです」

「ひどいわ、鈴太さん。自分だけ安全な場所に避難して、あたしには死ねというの?」

「いや、山口さんの住んでる場所、高台じゃないですか。家も新築で立派な造りだし。この村で一番安全な場所の一つじゃないですか」

「ならどうして、艶さんの家に避難しないの?」

「う」

「あそこも高台で、小さいけれど家の造りは、すごくしっかりしてる。電気もガスも水道も完備してる。ソーラーシステムまであるから、停電にも対応できるわ」

「よくご存じですね」

「とにかく女の勘よ」

「え?」

「今回は鈴太さんと一緒にいるべきだって」

 わけがわからない。だけど押し問答してる時間がもったいない。

 何より、この人は、ぼくたちが妖怪を相手にしてることを知ってる。つまり、あんまり遠慮が必要ない。村に家族や親族もいないから、話が漏れる心配も少ない。というか、この危機が乗り切れれば、人の噂とか何とかいうようなものは、もうどうでもいい。

「耀蔵さん」

「おう」

「まことに勝手を言いますが、一度山口さんの家に寄ってもらえますか?」

「おう。いいけどよう。この女、おめえの何なんだい?」

「店のお客さんです」

「恋人よ」

「おいおい、山口さんよう。大師堂とは、うちの姪っ子が付き合ってるんでえ」

「付き合ってません」

「まとわりつかれてるだけよ」

「なにおう!」

「けんかはあとにしてください!」

「お、おう」

「ごめんなさいね、鈴太さあん」

「後部座席に詰めるだけの荷物しか運べません。山口さん、いいですね」

「上等よ。何とかするわ」

 結局、車は、わが家から運び出す荷物で一杯になってしまい。山口さんの家には別途往復してもらうことになった。山口さんが着いたときには、空は薄暗くなっていた。


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