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羽振村妖怪譚  作者: 支援BIS
第3話 ぶらり火
8/90

前編

1


 転輪寺にお酒の配達に来た。

 最初のころは、毎日一升瓶一本ずつ注文があったので、毎日来ていた。

 たぶん和尚さんは、注文にかこつけて、ぼくのようすを気にかけてくれてたんだと思う。その証拠に、ある時期から、お酒の注文は、六日に一度、一升瓶六本ずつになった。もう六日に一度顔をみられればいいということなんだろう。

 お寺の門をくぐったところで、ばったり知り合いにあった。

 弁護士の殿村さんだ。

 殿村さんは、ぼくがここに移住したあとは、毎週のように電話をくれて、近況を訊いてくれた。一か月めには、わざわざ足を運んでくれた。その後、電話の頻度は落ちたけど、今でもぼくを気づかってくれてる。忙しい人で、いっぱい仕事を抱えてるだろうに、おじいさんからの依頼は特別に大事にしてくれてるみたいだ。

「ああ、鈴太くん。これから君のところに行こうと思ってたんだ。配達かい? それならここで待ってるよ」

 ぼくが配達を終えるまで、門のところで待っててくれて、そのまま一緒に乾物屋に来てくれた。

 奧に上がった殿村さんは、お社とご霊璽に拝礼して、正座したまま体の向きを変え、ぼくと向き合った。

「鈴太くん。大事な話がある」

「はい」

「君のお父さんとお母さんが亡くなられたとき、保険金が下りていた」

「え?」

「保険金は、車の事故にかけていたものと、生命保険の二種類だ。金額は確認していないけれど、一千万円以上であることはまちがいない。そのほか、事故を起こした相手側の会社から、見舞金の名目で二千万円が出ている」

「はじめて知りました」

「そこが問題なんだ。伯父さん夫婦が受け取っている。君の親権者としてね」

「しんけんしゃ」

「親代わりの義務と権利を持つ者、という意味だ。この保険金と見舞金の大部分を奪い返す手続きをとってもいい。というより君にはその権利がある。だが、私の意見を聞いてもらえるかな」

「もちろんです」

「君が成人するまで、その手続きをするのはみあわせてほしい」

「それはかまいませんが、どうしてです?」

「私は故羽振幣蔵氏の遺言によって、羽振家直系の子孫である君の財産を管理する立場にある。ただし、正式に裁判となった場合、親権とのからみで、その管理権の一部が微妙になることもないとはいえない。その事態は絶対にさけたいんだ」

「つまり、伯母さんが、こっちの財産に手を出してくる可能性がある、ってことですね」

「伯母さん限定なのか。まあ、そういうことだ。低い可能性なんだけどね」

「殿村さんのご意見に従います」

「ありがとう。信頼してもらえると、とてもやりやすい。ただ、その場合、あとで手続きをしたとして、全額は戻らない可能性がある」

「ああ、使い込んじゃった場合ですね」

「そういうことだ。それでも、まったく取り返せないということはない。いずれにしても、保険金と見舞金を足したところで、羽振家の資産からいえば微々たるものだ。とはいえ、君のご両親の命と引き換えに君が得たお金なんだ。伯父さんと伯母さんは、正しくない手順でそれをわが物にしている。まずまちがいなく法にふれることをやってるね。それがこのままでいいとはいえない」

「そのことは、ぼくが成人したら、また考えることにします。教えてくださって、ありがとうございます」

 隣の部屋にいた天子さんには、この会話が聞こえていたはずだけど、何も言わなかった。

 夜になって布団に入ったとき、もやもやとした気持が湧いてくるのを抑えられなかった。

 保険金?

 見舞金?

 何千万の?

 そんなものがあることを、教えてももらってなかった。

 そのことがくやしかった。

 伯母さんに対する憎しみがわいた。だけど人を憎むのはいけないことだ。憎んでも何にもならない。自分の心がささくれたつだけ、こちらが損をする。

 そう自分に言い聞かせて、憎しみともやもやを、心の底に押し込めた。


2


 翌日、朝食をすましてまったりしていると、駐在さんの平井(ひらい)さんが巡回してきた。

「いやあ、昨日夜も、ぼや騒ぎがあってのう」

 平井さんは、上がりかまちに腰を下ろし、汗を拭きながら言った。

駒田(こまだ)のとこじゃ。奥さんがみつけて消火器で消したから、大事にならんですんだ。ほんまによかった」

 天子(てんこ)さんが、お盆に麦茶を載せて奧から出て来た。

 平井さんの前にお盆ごと置いたんだけど、しぐさが奇麗だ。

 こういうのみてると、天子さんて、やっぱりおとなの女の人なんだな、って思う。みためは女子高生だけどね。

「いやいや、すまんのう、天子ちゃん」

 顔をくしゃくしゃにして笑う平井さんは、ほんとに人のよさそうなおっちゃんだ。

 でも、黙ってると、ごつごつしてるし人相が悪くて、ちょっと怖い。

「先週も、なんか似たようなこと、ありましたね」

 ぼくがそう聞くと、平井さんはこちらに向き直った。その顔、やめてください。まじめ顔になると、正直怖いです。

「そうじゃ。新居(あらい)んとこからぼやが出た」

「ああ、そうそう、新居さんとこでしたね」

 新居達成(たつじょう)さんは、気弱そうな笑顔が印象的な、すごくおとなしそうな人だ。あれで三十歳近いっていうんだから、びっくりだ。結婚してて、奥さんは、すごくこじんまりした、かわいい人だ。お似合いのご夫婦だと思う。

「達成のやつは、居間でテレビみとったら、急にカーテンが燃えたゆうとったけど、そげんばかなこたあねえわなあ。ありゃあ九分九厘、たばこの火の不始末じゃろう」

「それなら、わざわざおぬしに届け出たのは、なぜじゃ」

 天子さんが話しかけたので、平井さんはにこにこ顔で振り返った。

「いや、そりゃ、豪造(ごうぞう)の手前、そうせにゃあおえんかったんじゃ」

「豪造さんて、達成さんのお父さんですよね」

「そうじゃ。義理のじゃけどな」

 だから、こっち向くときはまじめな顔するの、やめて。怖いから。

「え? 実の親子じゃないんですか」

「豪造にはこどもがなかったけん、達成が七歳ぐらいじゃったかに、もらい子にしたんじゃ。達成からすりゃ遠慮もある。豪造はあの通り、きつい性格じゃけんなあ」

 つまり、自分のたばこの火の不始末でカーテンを燃やしたけど、自分の不始末とはいえなかったので、知らないうちに燃えたと家族には話した。そんなら駐在さんに届けなきゃあということになって、今さらほんとのことは言えなくなって、不審火だと届け出たと、そういうことなのかな。

「現場検証はしたのであろうな」

「天子ちゃん、むずかしいこと知っとるんじゃなあ」

 へにゃりと顔が崩れた。なんで天子さんには、こんな笑顔を向けるんだろう。

「もちろんしたよ」

「いきなりカーテンが燃えるのはおかしい。ゴミ箱は燃えておらなんだか?」

「カーテンのほかには、何も燃えちょらんかった。カーテンも、下側から火が移った感じじゃのうて、真ん中へんから燃えとった」

 ということは、出火の原因となった何かが、直接カーテンにふれたということだ。だけど、たばこの火から、そんなに簡単に燃え移るものなのかな。まあ、燃えやすい素材もあるのかもしれないけど。

 平井さんは、そのあともいろいろ話をして、麦茶のお代わりを飲みほすと、駐在所に帰っていった。

 そのあと、山口さんが来て、少し話をして、帰っていった。

 気温が上がれば上がるほど、服は薄くなる。いいね!


3


「天子さん。変な話だね」

「面妖じゃな」

「めんよう、ってどういう意味だっけ?」

「ふしぎな、みょうな、という意味じゃ。むかしは、めいよう、と言っておった」

「へえ」

 天子さんは、むかしのこととか、すごく詳しい。物知り女子だ。

 ほんとに妙な話だった。

 昨日あったという駒田さんの家のぼや騒ぎだけど、場所が普通じゃない。いや、普通のぼや騒ぎに詳しいわけじゃないけど。

 二階だったそうだ。二階の物干し場で涼んでいたら、手すりに置いたうちわが燃えたというのだ。奥さんである成子(しげこ)さんの目の前で。びっくりして悲鳴を上げ、それを聞きつけたご主人が事情を聞き、事件かもしれないと思って、夜だけど駐在さんに連絡したというわけだ。駐在の平井さんは、自宅に帰ってたけど、電話は転送されるようにしてたんだそうだ。それで、急いで着替えて駆け付けた。

 奥さんはしらふだったそうだ。そして奥さんもご主人も、たばこは吸わない。奥さんが自分で火をつけたとしか思えない状況だ。だけど平井さんによると、茂子さんはまじめでしっかりした人で、その証言は疑えないらしい。

 けど、何もないのに突然発火するなんてことがあるだろうか。

 もしかして、発火能力者?

 なわけはないか。

「どこからか火の粉が飛んできたり、なんてことはないかな?」

「さあのう。まったくないともいえんであろうな。夜に花火をしていた者がおったか?」

「うーん。ぼくは気づかなかったなあ。でも自分の家の庭で、打ち上げ花火じゃない花火をしてても、わからないだろうね」

「それはそうじゃの。何にしても家もやけず、誰も怪我もせんかったのじゃ。そこはよかったといわねばならん」

「そうだね。ところで、昼ご飯、何が食べたい?」

「洋食がよいのう」

「りょーかい」

「スープつきでの」

「らじゃー」

 それっきり、ぼくは二件のぼや騒ぎのことは忘れた。

 まさか三度目があるとは思わなかったんだ。

 しかも自分がその目撃者になるなんて、まったく想像もしてなかった。


4


 平井さんから二件のぼや騒ぎのことを聞いた二日後の夕方、足川(たるかわ)の奥さんから電話がかかってきた。大至急お醤油がいるので、申しわけないが配達してもらえないか、という電話だった。奥さんは、ちょっと足の具合が悪い。年齢も若いとはいえない。ここはお役に立たなくちゃいけない場面だ。

「毎度ありがとうございます! もちろん、いいですよ。すぐ行きます」

 田舎では、夜になると暗くなる。羽振村には、街灯も少ないし、煌々と電気をともしたコンビニもない。家々の明かりも、どこか遠慮がちだ。

 だけど、星が明るい。

 これは実際にみてもらわないと話が通じないと思う。とにかく、たくさん星が出てて、しかもすごく強く光ってるんだ。空のなかにぽつぽつ星があるんじゃなくて、星の隙間に夜空がある感じだ。

 どうしてこんなに星が奇麗なんだろう。空気が澄んでいるからかな。

 ここに天文台を作ったら、よく観測できるんじゃないかと思う。

 星々に照らされた三山(みやま)も奇麗だ。

 暗いんだけど、まっくらじゃなくて、何かいろんな色が混ざった暗さなんだ。そして闇のなかで星明かりに応えるように、まるで生き物のような存在感を放ってる。あの三つの山にも、いろんな生き物がすんでいて、こうしている瞬間にも、生きるための営みをしてるにちがいないんだ。

 そんなことを考えながら自転車を走らせていたら、足川さんの家がみえてきた。

 あ、奥さんが玄関の外に出てきた。

 ぼくは自転車のペダルをこいで坂道を上りながら、奥さんに会釈した。

 奥さんは右手を小さく上げて、何かを言おうとした。

 そのときだ。

 ぽわっと小さな炎が現れた。

 何もない空中にだ。

「ひ、人魂っ?」

 ぼくは思わず声を上げた。

 人魂というのがどんな形をしてるのか知らないけど、ほかに言葉を思いつかなかった。だけど、そう声を上げたあとで、火の玉と呼んだらいいんじゃないかと思いついた。火の玉は、奥さんの顔の真正面二メートルぐらいのところに出現し、ぷかぷかと浮かんでいる。

 ぼくは五メートルほど手前に自転車をとめて、呆然と火の玉をみていた。

 奥さんは、その怪奇な現象にちょっとびっくりしたみたいだけど、そのあとは、怖がってるようすもなく、じっと火の玉をみている。

 最初はじっと浮かんでいた火の玉なんだけど、段々と右に左に、上に下にと、ちょこちょこ移動しはじめた。まるでいらいらしてるみたいに。

 そのうち、炎が時々ぶあっと大きくなったりした。これは危ないんじゃないかと思ったぼくは、奥さんに注意しようとした。

 出ない。

 声がでない。

 それどころか、体が動かない。

 もしかして、金縛り?

 いや、金縛りというのは血液中の糖分がなくなったら起こるんだよね。さっき晩ご飯食べたばかりだから、そんなはずはない。それともこれは、そうじゃない金縛りなんだろうか。

 このときになって、やっとぼくは、二件のぼや騒ぎのことを思い出した。大きな火事にならなかったからよかったけど、ひとつまちがえば大変なことになっていたんだ。そして今目の前に起きていることが、大変なことにならないとは限らない。

「あ、危ないですよ!」

 声が出た。

 その声を聞いて、奥さんがぼくのほうに振り返った。

 そして火の玉も振り返った。

 いや、火の玉に裏と表があるのかとか、どうして振り返ったことがわかったんだとかいわれたら困るんだけど、とにかくそんな感じがしたんだ。

 気のせいか、火の玉のなかに、顔がみえるような気がした。そしてその顔は、とても悲しそうな表情をしているような気がした。

 ふるふるっ、とふるえて、火の玉は消えた。

 あとには無言の空間と、奥さんと、ぼくが残された。

「あ、あの。お醤油、持って来ました」

「あ、ありがとう」

 なんて間の抜けたことを言うんだろうと、自分にあきれたけど、ほかに言うべき言葉が出てこなかった。

 ぼくはお醤油を差しだし、奥さんは受け取った。

「あ、あの」

「なにかしら?」

「怖く、なかったですか?」

 奥さんは、しばらく考えてから、こう言った。

「そうね。怖くなかったわ。なぜかしら。でも何となく、とても懐かしい感じがしたの」


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