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羽振村妖怪譚  作者: 支援BIS
第15話 方相氏(ほうそうし)
74/90

中編8

12


 九月二十七日の朝、ぼくは目を覚ました。

 すごい寝坊をしてしまった。もう八時半だ。

 寝室のふすまを開けると、ぷうんと、味噌汁の香りがただよってきた。

「あ、天子さんが来てくれたんだ」

 今日はどちらが食事当番だったのか。いつのまにか、それがわからなくなっていた。けれどもう、そんなことはどうでもいいような気もする。できるほうが作ればいいんだ。一緒に作ったっていいしね!

「遅いのです」

「お、すまん。というか、ちみっこ、もう起きてたのか」

「昨日は早く寝たのです。夜更かしは美容の敵なのです」

「はは。なるほど。ちみっこ、頑張れ」

「言われなくても頑張るのです」

「朝から仲がよいのう。ちょうど準備も整うた。頂くとするかの」

「いただきます」

「いただきまーす」

「頂戴する」

 三人は朝食を食べた。

 珍しくテレビをつけた。

 台風がぐるぐる迷走しつつ、今度こそ中国地方に上陸しそうな気配だと報じている。

 ふしぎなことに、昨夜のいらいらした気持ちは、どこかに忘れ去ったように、今日は心の調子がいい。

 なぜだろう。

 味噌汁の匂いのおかげかもしれない。

 台風が近づいているというのに、空は晴れわたっている。

 だけどどういうわけか、この日はお客さんが少なかった。

 午前中に二人。

 しかもそのうち一人は秀さんで、買い物もせず世間話だけをして帰った。

 午後にはまったくお客さんもなく、注文も来なかった。

 山口さんも来なかった。

 少し字を書いた。「花鳥風月」の「鳥」という字が奇麗に書けた。うれしかった。

 神社にも行った。

 二十五日以来掃除をしていないので、こんな時間だけど掃除をした。

 掃除を終えた神前を、ぼくは拝んだ。

 どうぞ、方相氏への対処がうまくいきますように。

 この平和が明日も続きますように。

 そう祈った。

 この日、天子さんは一日家にいてくれた。

 どうでもいいが、童女妖怪も、ずっと出現したままだった。まあ、寝転がって漫画を読んでただけだけど。最近、柿ピーがお気に入りだ。

「油揚げ味の柿ピーが出たら、きっと爆発的にヒットするのです」

 ヒットするか、そんなもん。第一、いくら亀田製菓でも、油揚げ味は出さないよ。

 赤城乳業なら、〈ガリガリ君油揚げ味〉とかを出すかもしれないけど。

 夕食の時間となった。ぼくが作った。

 今日は餃子だ。ただし、外側は餃子の皮ではなく、油揚げだ。

 うん。新食感だな。

 童女妖怪は驚喜していた。

 天子さんも、おいしそうに食べていた。

 仮眠を取った。

 十一時五十分に目覚ましをセットしたけど、十一時四十分に目が覚めた。

 小腹がすいたので、カップ麺を一つ食べた。

 天子さんは、お茶だけを飲んだ。

 童女妖怪は、赤いきつねを食べた。

 厚着をして、家のご神前に手を合わせた。

 ふと、社の横に置いた〈和びの鈴〉が目に入った。ぼくは鈴を持ち上げると、ポケットにしまった。

 そして、十二時三十分に、ぼくたちは家を出た。もちろん童女妖怪は、首に提げたお守りのなかだ。

 昨日、方相氏が消えた場所に着いたのは、一時を少し回った時刻だ。すぐに和尚さんもやって来た。

 和尚さんが手に持って肩に担いでいるものをみて、ぼくはぎょっとした。

 金棒だ。

 たっぷりの太さを持ち、無数の突起がついた長大な金棒を、和尚さんは持ってきた。

 ということは、戦うつもりなんだろうか。

 いや、そんなはずはない。しかし万一の場合を考え、最強の武器を用意しておいたんだろう。

 べつに隠れる必要もないんだろうけど、ぼくたちは、少し東に移動して、森のなかに入った。

 そして、二時になった。


 ちりーん。

 ちりーん。


 鈴はポケットに入ってるんだけど、どこからともなく鈴の音がした。

 澄みきった奇麗な音だ。

 方相氏が現れた。


 おんおん。

 おんおん。


 びっくりした。

 これは、方相氏の声なんだろうか。

 その姿は、昨日みたのとほとんど同じなんだけど、何といえばいいのか、すごく禍々しい。邪気の塊のような気配を感じる。

「むむ。みえる。今日は、はっきり姿がみえる」

「わらわにもみえる。法師どの。これは、どういうことかの」

現世(うつしよ)で何かをしようとしておるのじゃろうなあ」

 すぐに方相氏は、奇妙な手振りと足つきで進みはじめた。

 ぼくたちは、距離を置いて、後を追った。

 十分ほどしたとき、誰かが懐中電灯を持って近づいてきた。

 未成さんだ。

「鈴太さん。皆さんもご一緒なのね。今夜も変な気配が……きゃあ!」

 未成さんは、懐中電灯の光に照らされた方相氏をみて悲鳴を上げた」

「あ、あれは、あれは、何?」

「みえるんですね? あれがみえるんですね」

「み、みえるわ。何かどろどろしたものが渦を巻いてる。角が突き出ている」

 そういえば、今夜の方相氏の頭からは、大きな二本の角が突き出ている。

「どろどろしたもの? 頭や手や足はみえてますか?」

「頭? 手? 足? そんなものはみえない……いえ、そういえば、足のようなものを動かして移動してるのね」

 完全にみえているというわけではないようだ。

 それにしても、昨日はまったくみえていなかったはずの方相氏が、今夜はおぼろげながら見えている。

 なんだろう。

 ひどく胸がざわつく。

「未成さん。ここは危険です。帰ってください」

「き、危険なの? でも、それなら、鈴太さんも危険じゃないの?」

「わかりません。それをみきわめるために、ここにいるんです」

「わ、私、帰るわ。鈴太さんも、危ないようすだったら、すぐに帰るのよ、いい?」

「はい。わかりました」

 この場所に居続けるのにたえられないようで、未成さんは、すぐに引き返した。

 方相氏はずんずん進んでゆく。

 この道は、何日か前に萬野銀子さんを案内した道だ。こんなに恐れと不安を抱えながら歩くことになるとは、あのときは思いもしなかった。

 相変わらず鈴は鳴り続けている。

 未成さんには、この鈴の音は聞こえなかったんだろうか。


 おぉーんんん。

 おぉーんんん。


 方相氏は、時々不気味なうなり声を上げる。その声が腹に響くと、何かしらこの道が、異界に続く道であるかのような気にならされる。

 空が曇ってきた。

 先ほどまでは晴れていたのに。

 黒々とした雲が空のいたる所からにじみ出てきて、天空を覆ってゆく。

 ごうごうと音を立てながら、雲は渦巻き、成長する。

 何か、よくないことが起ころうとしているんじゃないだろうか。

 もうすぐ、取り返しのつかないことが起きるんじゃないだろうか。

 何とかして、方相氏を止めないといけない。

 あの歩みを止めないといけない。

 そうしないと、村は魔界に堕ちてしまう。

 もう乾物屋の横も過ぎた。あとわずかで村の東の端に着く。

「和尚さん」

「何じゃ、鈴太」

「あの歩きは、呪術なんですよね」

「そうであろうなあ」

「では、このまま歩き続ければ、その呪術が完成するんですね」

「そうじゃと思う」

「なら、その歩みを乱せば、呪術は完成しませんね」

「おい、鈴太。馬鹿なことを考えるのはよせ」

 ほんとに、この夜のぼくは馬鹿だった。

 あとになってみても、どうしてあんなことをしたのかわからない。

 ただただ、方相氏のもくろみを妨げねばならないと、その思いばかりがぼくの心を支配していた。

 ぼくは背負っていたリュックから、鉈を出した。

「よせ、鈴太」

「方相氏に手出しをしてはならぬ」

 和尚さんの言葉も、天子さんの言葉も、ぼくの耳には入らなかった。

 ぼくは、制止しようとする和尚さんの手をくぐり抜け、鉈を振り上げて方相氏に走り寄った。

 そのとき、ぼくの心に恐れはなかった。

 ただ狂気があった。

 いや、恐れが狂気を生み出したのかもしれない。

 狂気はぼくに、普段では考えられない力を与えてくれた。

 その正気ではない力をもって、ぼくは鉈を方相氏の左足にたたき付けた。


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