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羽振村妖怪譚  作者: 支援BIS
第2話 幽谷響(やまびこ)
7/90

後編

10


「な、なに!? なんじゃと?」

 ぼくの話を聞いて、じゅごん和尚はひどく驚いた。

「あの護摩木が爆発なぞするわけが……いや、まさか……」

 和尚は、むっつりと黙り込んだ。

 ずいぶん長いあいだ無言で考え込んでいたが、いきなり目を開くと、頭を下げた。

「すまんかったのう。そこいらの木霊が取り憑いたんじゃろうと簡単に考えておったが、ちがったようじゃ」

「あ、あの和尚さん。いったい山口さんには、何が取り憑いているんですか?」

「木霊にはちがいない。それは間違いない。じゃが、そんじょそこらの木霊ではない。恐ろしく年をへた、霊力の強い木霊じゃ」

「霊力の、強い、ですか?」

「そうじゃわい。あの護摩木に込められた法力を浴びれば、たいがいの(もの)()は、たまらずにはじき飛ばされてしまうはずじゃ。ところが、この木霊は、はじき飛ばされるどころか、逆に護摩木のほうが爆発した。木霊の霊力に耐えきれなんだのじゃ。この木霊はそんじょそこらの老木の化生(けしょう)ではないわい。森のあるじといってよいような、それこそ神木なみの霊力をたくわえた古木の精じゃ。そうとしか考えられん」

「どうすればいいんでしょうか」

「手はある」

 じゅごん和尚は、奧のほうから、一枚のお札を取り出してきた。

「このお札を、木霊の本体である老木に貼るのじゃ。わしゃあ、このお堂で護摩行をしながら、念仏を唱え続ける。封魔の真言(しんごん)をのう」

「木霊の本体である老木?」

「そうじゃ。札を貼れば、木霊は本体に戻る。わしの念仏で本体に縛り付ける」

「待て、法師どの。いや、和尚どの。この先もまだ、鈴太にやらせるつもりか?」

「そうじゃ。そうしてみるのがよいと思う」

 天子さんは、ちょっときつい目で和尚さんをみた。

 和尚のほうは、しずかに天子さんをみつめ返している。

「むろん、おぬしがそばについておってくれればのことじゃがのう」

「……とりあえず、そのようにしてみよう」

 ぼくは、気になっていたことを和尚に訊いた。

「その本体の老木っていうのは、どこにあるんですか」

「それは、わからん」

 じゅごん和尚は、そう言いながら、天子さんのほうをみた。

「わらわにもわからぬ」

 天子さんにもわからないとしたら、そんなもの、探しようがない。

 あの広い広い森で、一本の古木を探すなんて、そんなこと……

「あっ」

 思い出した。あれだ。

 ぼくは転輪寺を飛び出して、走った。

 向かう先は、山口さんの家だ。

 坂を登りきったときには、すっかり息が切れていた。

 はあはあと、しばらく呼吸を調えてから背を伸ばして、大声をあげた。

「ごめんくださーい。失礼しますー」

 どこかで誰かがみてないともかぎらない。一応声をかけて、勝手口から家に入る。

 靴を脱いで上に上がると、ダイニングルームに歩いて行った。

 あいかわらず、ひどい匂いだ。

 壁にかきむしったような跡をみつけて、胸が痛んだ。

 奧の棚の上に……あった。

 そこには十何冊かのノートがあった。

 山口さんのデザイン帳だ。前にみせてもらったことがある。

 けれど、今探してるのは、デザイン帳じゃない。デザイン帳に使ってるのと同じ文具メーカーのノートで、中身のちがうやつだ。

 あった!

 これだ。このノートだ。

 〈樹恩の森食用茸分布図〉と表紙に書いてある。

 山口さんのご主人の残したキノコノートだ。

 山口さんのご主人が、山を歩き回って、いいキノコの採れる場所を記録していったノートだ。

 山口さんは、ご主人がキノコを好きな気持ちに寄り添えなかった自分を悔やんでいた。

 その山口さんが、キノコ鍋に合うだし昆布を買いに来た。

 そのキノコは買ったキノコだろうか。

 ちがう。そんなわけない。

 山口さんは、ご主人が残した宝物の地図を頼りに、ご主人がみつけたキノコを採ってきたんだ。

 そこで古木に出会った。

 ということは、古木が生えているのは、このキノコノートに書いてある場所のどこかだ。とっておきのキノコが採れる場所に、山口さんは行ったはずなんだ。

 ぼくはページをめくっていった。

 どれだ。

 どれが、そうなんだ。

 ふと、あるページで手を止めた。

〈絶品茸群生地! まさに宝の山〉

 大きな字で、そう書いてある。

 これだ。ここにちがいない。

 この場所には、今の季節にちょうどおいしいキノコがいくつかある、とノートに書いてある。

 山口さんは、ここに行ったにちがいない。そしてここで、物の怪に取り憑かれたんだ。

「手がかりがつかめたようじゃな」

 いつのまにかやって来ていた天子さんに、ぼくは力強くうなずいた。


11


 さすがにデザインの先生をしていた人の地図だと思う。すごくわかりやすい。

 ぼくと天子さんは、無言で森のなかを進んだ。

 ふしぎなことに、今日は枝や草が、あまり気にならない。もしかしたら、森を歩くコツを身につけたんだろうか。とにかく先を急いだ。

 しょっちゅう地図に目をやり、目印をみおとさないよう、気をつける。

 わかりやすい地図だけど、地図のガイドからはずれる場所に出たら、たぶんもう戻れない。

 二時間ほど歩いたとき、さすがにしんどくなって休憩した。

「食べるがよい」

 天子さんは、おにぎりとペットボトルのお茶を用意してきてくれていた。

 なんて用意がいいんだ。それに引き換え、こんな大事なことを忘れるなんて、ぼくはなんて馬鹿なんだ。

「天子さん、ありがと。ずっと持ってきてくれたんだね。ごめん」

「よい。なかなか見事な歩きぶりであった。さすがじゃ」

 今日の天子さんは、おとなモードだ。ちょっとぐらい甘えても許される感じがする。

 おにぎりを食べ、お茶を飲むと、すっかり元気が回復した。

「お、もう行くのか」

「うん。あ。天子さん、しんどい?」

「ふふ。わらわを気遣うとは、千年早い。じゃが、ありがとうの。だいじょうぶじゃ」

 再びぼくたちは、ずんずん進んだ。

 たぶんものすごい距離を歩いたと思う。

 ふつうのときであれば、こんなに奧に入ってだいじょうぶなんだろうかと心配するぐらい山の奥に踏み入って、とりわけ樹木の密集した一帯を過ぎたとき、突然視界が開けた。

「わあ」

 思わず声が出た。

 それは森のなかにぽっかりとできた、円形状の広場だ。

 その広場の中央に、みたこともないほど立派な木がそびえ立っている。

「ほんとに、ご神木みたいだ」

 引き寄せられるように、その大木に近寄っていく。

 樹皮は、この木が過ごしてきた年月の長さを物語って、ひどく古びて硬質化している。

 それでいて、この木は生きている。

 生きている植物特有の生気を放っている。

 すぐに近づけると思ったのは目の錯覚で、なかなか木にたどり着かない。

 近づけば近づくほど、巨樹はその威容を明らかにしていく。

 ほんとに、立派だ。

 もうあと五、六歩で樹幹にたどり着くというとき、突然何かが目の前に現れた。

 山口さんだ。

 いや、もう服と髪以外では、まったく山口さんだと判別できない、なれの果てだ。

 本当に、こんなになってしまった山口さんが、もとに戻るんだろうか。

 と、山口さんの目が、かっと見開かれ、赤く燃え上がった。

 恐怖が全身をひたした。

 そうだ。山口さんにとっては、というか山口さんに取り憑いた木霊にとっては、ぼくは敵だ。なにしろその木霊を祓おうとしてるんだから。

 山口さんが、ぼくに一歩近づいた。

(しまった。こ、殺される)

 あの木の幹のような腕で殴りつけられたら、本当に死んでしまうかもしれない。

 しかも相手はふつうの人間じゃない。とんでもない怪力かもしれないのだ。

 恐ろしさで足がすくんだぼくは動けない。

 そのとき、ぼくの後ろから、天子さんが進み出て、ちょうどぼくの右側に並んだ。

 山口さんが、天子さんのほうをみた。

〈ぎい〜ぎ〜〜ぎぃ〜〜〉

 とてつもなく古い木の扉を無理やり開こうとしたときのような、引き裂かれる木のような奇怪な声を、山口さんは口のような穴から出した。

 そのまま山口さんは、天子さんとにらみ合っている。

 ぼくはそっと、左に寄った。

 やはり山口さんは、天子さんとにらみ合ったままだ。

 そっと、そっと、ぼくは回り込んで、大木のほうに向かった。

 山口さんの横を過ぎるときには、突然攻撃されやしないかと、どきどきした。でも、山口さんの注意は、すっかり天子さんにくぎ付けだ。

 こうなったらもう、山口さんは、どうでもいい。

 すぐ目の前に迫った古木に、ぼくは進む。

 ウインドブレーカーのポケットから、お札を出した。

 あれ?

 釘も糊も持ってきてないけど、どうやってこの巨大な木に、このお札を貼り付けたらいいの?

 もしかして、やらかした?

「ぐわああああああっ!!」

 気配がした。

 山口さんが動く気配だ。

 振り向いてぼくのほうをみたような気がする。

「うわああああああっ」

 ぼくはみっともない悲鳴を上げながら、手に持ったお札を巨木にたたき付けた。

 ばちっ、

 と音がして、お札が強烈な光を放った。

 それは一瞬のことだったけど、まばゆい光はお札を押さえつけるぼくの手を素通りして、辺り一帯を素早く照らした。

 人間の体のほとんどは水分だっていうけど、本当だな、とぼくは妙に間延びした感想を思い浮かべていた。

 ちりーん。

 静まりかえった森に、鈴が鳴る音が響き渡った。

 ぼくは、お札を木に押さえつけたまま、後ろを振り返った。

 山口さんが倒れていて、その後ろでは、天子さんが静かにほほえんでいた。


12


 ぼくと天子さんは、羽振村に帰った。

 山口さんは、ぼくが背負った。

 固くて痛くて背負うのはつらかったけど、そのつらさをがまんすることが、ぼくが山口さんにできることなんだと思った。

 着いたときには、もう夜だった。

 転輪寺に行くと、和尚さんはお堂のなかで火を焚いていた。

 火の前に座り、左手を手刀のように立てて大きな数珠を巻き付け、右手は二本の指を立てて顔の前で揺らめかせながら、何語だがわからない念仏のようなものを唱えている。

 体の右側には護摩木が積み上げてあって、時々火のなかに放り込んでいる。

 和尚さんは、ちらりとこちらをみると、念仏を唱えるのを少しのあいだやめて、早口で、はっきりと言った。

「家に帰って休め。もう心配いらんけえなあな。ご苦労じゃった」

 それだけ言うと、また念仏を唱えだした。

 よくわからないけど、今やってるこの儀式みたいなものが、山口さんを人間に戻してくれるんだろう。

 山口さんを背負って、家に連れていき、布団を敷いて寝かせた。

 服を着たままだけど、しかたない。

 気のせいか、体が少し柔らかくなってきた気がした。

「疲れたじゃろう。わらわは少し片付けをしてから帰る。おぬしは、もう帰れ」

「ごめんね、天子さん。じゃあ、帰らせてもらうよ」

「うむ。今日はよくぞいたした。おぬしの振る舞いは見事であった」

 ぼくは乾物屋に帰った。

 ひどくおなかがすいているのに気がついたので、インスタントラーメンを食べた。

 ふとご霊璽の横の鈴をみた。

 古い古い鈴だ。

 父さんの形見だ。

 あの古木にお札をたたき付けたとき、鈴の音が聞こえた。

 いったい、あの鈴の音は何だったんだろう。

 この鈴が鳴ったんだろうか。

 お札もふしぎだった。

 糊も何もついていないのに、手を放してもお札は大木にぴたっと貼り付いて、剥がれるようなようすがなかった。

 今でも貼り付いたままのはずだ。

 木霊はもう、大木に戻ったんだろうか。

 そういえば、あの大木の根元には、たくさんのキノコが生えていた。

 少し持って帰ればよかった。


13


 翌朝、天子さんが来なかった。

 かわりに、朝から〈三婆〉が三人そろってやってきた。

 この三人のおばあさんたちは、その強烈な個性から、村で〈三婆〉と呼ばれているけれど、べつに親戚でも何でもない。住んでる所も別々だ。格別三人の仲がいいわけでもないらしい。

 といっても、三人そろうとそれなりに話がはずむようだ。

 お茶と漬物を出して、ぼくは横で話を聞いていた。

 ほんとのところ、早く山口さんのようすをみにいきたかったけれど、店にお客さんだけを残して外出するわけにもいかない。

 長話のあと、(つや)さんは、するめを買って帰った。

 (てる)さんは、洗剤と大量のカップ麺を買って帰った。あとで配達しないといけない。

 (ひで)さんは、太い蝋燭を三箱も買って帰った。 

 その直後に天子さんが来た。

 びっくりしたことに、山口美保さんも一緒だ。

「昼食を作るからの」

「う、うん」

 天子さんは、それだけ言うと、すすっと奧に入った。

 山口さんと二人店先に残されたぼくは、何を言えばいいのかわからない。

「茶わん蒸しを作ろうと思うんだけど、どのだし昆布がいいかしらね」

「茶わん蒸しですか、そうですねえ……」

 話をしながら、ちらちらと山口さんのようすをうかがった。

 何ともない。

 あの奇怪な変体の跡形もない。

 前の通りの、おとなびて美しい山口さんだ。

 ただよってくる香りも、とてもかぐわしく、好ましい香りだ。

 豊満な胸も、前の通りだ。

 いつも通りだ。いつも通りの山口さんだ。

 山口さんは、いたずらっぽい笑顔を浮かべ、人差し指で胸元を少し押し下げた。

「もう少し、みる?」

 ばれてた!


14


「いやいや、今回の件にはびっくりさせられたわい」

「わらわも肝が冷えた。もう少しで神通力をふるうところであった」

「しかし手は出さなんだのじゃな?」

「うむ。いよいよとなれば手を出すつもりであったが、まずは鈴太のようすをみとどけようと思った」

「で、どうじゃった?」

「鈴太から直接聞いたであろうに。みごとに木霊を鎮めおった」

「うむむむ。何を教わっておるというわけでもあるまいに。〈はふり〉の一族の血じゃなあ」

「うむ。まことに」

「それにしても、()せぬ。護摩木を爆発させるようなあやかしが、この結界のなかに入ってこれるわけがないのじゃ」

「こうは考えられぬか、法師どの。山口が木霊に取り憑かれて自宅に帰ったときには、さほどの妖力は宿していなかったが、そのあと〈呪怨(じゅおん)の森〉をさまようなかで、強い妖力を宿したと」

「そうとでもしか考えられぬなあ」

「この百数十年が平穏すぎたのじゃ。この百数十年というもの、強いあやかしは現れなんだゆえ、法師どのの感覚もにぶっておるのよ」

「ばははは。なるほど、そうにちがいない。ところで天狐よ。鈴の音が聞こえた気がしたんじゃが、まさか」

「それそれ。〈(にぎ)びの鈴〉よ」

「おおお! やはり、かのおかたの鈴か!」

「そうよ。木霊を鎮めるとき、持ってもおらんのに鈴が鳴った。あのように澄んだ音で鳴るのは、実に久しぶりのこと」

「懐かしいのう」

「懐かしいとも」

「鈴太が持っておるということは、やはり弓彦が持っておったんじゃな?」

「そうよ。勝手に持っていくはずはないから、幣蔵が渡したのであろうな。幣蔵め、わらわが鈴はどこかと訊いたときには、しらばっくれおって」

「ばっはっはっ。そう言うな。弓彦とのあいだに絆が欲しかったのじゃろうよ」

「そうよなあ。そしてその絆によって鈴太がこの里に帰ってきたのかもしれぬ」

「美しい音じゃった。やはり〈はふり〉の者じゃなあ。最後の最後にこんなに強く血をひいた者が出るとは。それで、一族の秘密を教えるつもりか?」

「まだ早い。もう少しようすをみることにいたす」

「それもよし。何だか楽しみになってきたのう」

「ふふふ。鈴太は、意外に肝が太い」

「ほう」

「人間からすれば、あの木霊の姿は相当に恐ろしいものであったろうに、まったく臆するようすもなかった」

「山口の後家に懸想しておったんじゃないかのう」

「そんなことはない。いささか乳に気を取られておっただけのこと」

「それを懸想というんじゃ」

「そうとしても、ああもはっきり姿を現したあやかしに、堂々と向こうてゆけるものではない。やはり鈴太は肝の太いおのこよ」

「ほうほう。ふんふん」

「そのうす笑いはなんじゃ。そもそも、あやかし退治は本来法師どのの役目。あまり鈴太に危ないまねはさせんでほしい」

「ばっはっはっ。すまん、すまん」

「それにしても、あの森でキノコ採りとは」

「これまでに積まれた石の数を考えれば、あの森に集められた四十三万八千二百十二柱の魂も、それだけ鎮められてきておるのじゃろうなあ。盲点じゃったわい」

「もはや呪怨の森ではなくなってきておるのだな」

「しかり、しかり」

「いずれにしても、もうすぐじゃ」

「もうすぐじゃ」

「満願の日は近い」

「近いとも」


「第2話 幽谷響やまびこ」完/次回「第3話 ぶらり火」

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