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羽振村妖怪譚  作者: 支援BIS
第15話 方相氏(ほうそうし)
66/90

前編

1


 転輪寺で邪魅(じゃみ)討伐の報告をしたあと、ぼくは一人で、ひでり神さまの家に向かった。

 天子さんは、一足先に家に帰った。昼ご飯の準備があるから、と言って。今日はぼくが食事当番なんだけど、昼ご飯は代わって作ってやろう、といばっていた。

 たぶん天子さんは、ひでり神さまが苦手なんだ。

 きらっているわけじゃない。そもそも、天に帰れなくなったひでり神さまの悲嘆を知って弘法大師に直訴したのは天子さんだ。もともと天子さんは、古代の妖怪大戦でひでり神さまと戦った妖怪の末裔だという。深くひでり神さまを尊敬しているにちがいない。そうでなくては、ひでり神さまが罪を償って天に帰れるようにと、千年以上にわたってこの地で役目を果たし続けることなんか、できるわけがない。天子さんは、ひでり神さまのことを、心から敬愛し、お仕えしている。

 ただ、近くに寄って面と向かって話をするのは、苦手なんだ。畏れ多いというような感覚もあるのかもしれない。強い神気に当てられてつらい、ということもあるようだ。以前にそんなことを言っていた。

 あの和尚さんでさえ、ひでり神さまの前では圧倒されて居心地が悪いみたいだから、無理もないことだと思う。

「これはこれは鈴太どの。よく参られたな」

「おじゃまします」

「長壁どのもご一緒のようじゃな」

「はい。呼び出しますね。おーい、おさかべー」

「呼ばれて登場! あっ」

 両手を水平に伸ばした状態で出現した童女妖怪は、目にも止まらぬ速度で平伏すると、かさかさと音を立てて後ろに素早くにじり下がって壁際で止まった。お前はゴキブリか。

「ほほほ。あなたもお元気なようで、何よりじゃ」

「お、おそれいり奉りますですです」

「ちびっこ。顔を上げたらどうなんだ」

 童女妖怪は、平伏したまま、ふるふると首を横に振っている。長い髪が揺れている。艶やかな髪だ。髪の毛の一本一本までが、よくみえる。でもこれをみることができるのは、ぼくだけなんだろうか。そう思うと、なんだか童女妖怪がかわいそうな気がする。

「私もあなたの顔がみたい。お顔を上げてはもらえぬだろうか」

 凍った。

 童女妖怪が凍った。

 べつに童女妖怪は、ひでり神さまに義理も縁もない。だけどひでり神さまの圧倒的な神気に、思わず頭を下げずにはいられないんだろう。そのひでり神さま自身から、顔がみたいから起きろ、と言われたんだ。さあ、どうするだろう。

 しばらくして、童女妖怪は、少しだけ体を起こし、顔を少しだけ上げて、上目遣いにひでり神さまのほうをみた。

「もそっと顔をお上げなされ」

 しばらくして、童女妖怪は、もう少しだけ顔を上げた。だけどまだ、四十五度にも達していない。

「めんどくさいやつだな。ほれ」

 ぼくは両手で童女妖怪の頭をはさみこみ、力を入れた。

 抵抗している。

 しかし童女妖怪の筋力など、たかが知れている。

 ぎりっ。

 ぎりっ。

 少しずつ、童女妖怪の体が起きる。

 ぎりっ。

 ぎりっ。

 そしてついに九十度に起きた。

「おお、おお。かわいらしきお顔じゃなあ。色つやもよい。大事にしてもらっておるのじゃなあ」

「油揚げはじゅうぶんに与えてます」

「じゅ、じゅうぶんっ、とはっ、いえないです」

「羽振どの。もうお顔を放してあげなされ」

「あ、はい」

「ふうっ。ひどい目に遭ったです」

「お前が抵抗するからだ」

「暴行犯は黙れです」

「ほほほ。相変わらず仲のよいこと」

「そんなことはないですけどね」

「こんなやつに加護を与えるじゃなかったです」

「ほほほ。ところで、邪魅はどうなったのじゃな」

「あ、はい。邪魅は一昨日に出現して、一晩で谷本家の人たちを争わせ、昨日は松本家に入り込んでいました」

「ほう。一晩で」

「はい。溜石の妖気を吸って強い力を得たのではないかと、呪禁和尚さんは言ってました」

「なるほどなあ」

「毒の息に取り憑かれた人間を長壁にみせておいて、日が変わったとき、〈探妖〉で、毒の息を吹き込まれた人間を確認しました。谷本家の六人だけでした」

「うんうん。〈探妖〉が使えると、まことに便利じゃな」

「ちびっこ。鼻がひくひくしてるぞ。そして天子さんが、〈隠形〉で松本家に忍び込みました。あ、松本家にいた邪魅は、天子さんがあらかじめ結界に閉じ込めておいたんです」

「ほう?」

「邪魅のやつはさんざんに悪態をついていましたが、松本家の人たちには、ここちよい歌か何かに聞こえるようで、ただ邪魅をたたえるだけでした」

「ああ、なるほど。そういえば、そういうものであったなあ」

「忍び込んだ天子さんが、邪魅を滅ぼしました。この件は、これで終わりです」

「そうであったか」

「この変態には、毒の息がみえたらしいのです」

「何とな?」

「毒の息を吹き込まれた人間がはく息が、黒く濁ってみえたというのです」

「それは? ……まさか?」

「〈真眼〉だと、天狐さまと法師さまが、おっしゃってましたです」

「おお。なんと、鈴太どのは〈真眼〉持ちであったか」

「もしかして、ひでり神さまも、〈真眼〉をお持ちですか?」

「私はもともと天界の神の娘。〈真眼〉を持つ者と同じものをみることができる」

「そうですか。とにかく、これで残りの溜石は一つになりました」

「ありがたいことじゃなあ」

「ご体調はいかがですか」

「上々じゃ。先日以来、欠かさず毎朝石を積んでおる」

「それは何よりです」

「もう、とうに満願成就の日が来ておるような気がするのじゃがなあ」

「千二百年にわたるお勤めなのですから、一年や二年ののずれはあるでしょう」

「おかげで先行きに不安はない。これからもよろしく頼みます」

「もちろんです。おい、ちびっこ。お前もごあいさつしろ」

「油揚げたくさん食べて頑張るでございますです」

「やらん」

「ほほほ」


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