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羽振村妖怪譚  作者: 支援BIS
第14話 邪魅(じゃみ)
64/90

中編2

7


 谷本家。

 ここが、朝、童女妖怪が、邪魅がいると言った場所だ。

「さて、どうしよう」

「なかに入ってみるしかあるまい。インターホンを押してみよ」

「うん」

「いや、待て」

「え?」

「聞こえぬか、この声が」

 家のなかから大声で怒鳴り合うような音が聞こえてくる。

 そしてその音は、玄関のほうに近づいてくる。

「ただごとではないのう。ドアを開けよ」

「うん」

 ぼくがドアを開けた。

 するとそこに何かが飛んできた。

「うわっ」

 飛んできた何かは、若い男の人だった。

 年配の人が玄関口に立っている。すごい怒りの形相だ。

 この若い男の人は、年配の人に突き飛ばされたようだ。

「亮介! この親不孝者! 今日という今日は勘弁ならん!」

「こっちのセリフだ、おやじ! えらそうにしやがって。うざいんだよ! どっちが強いか思い知らせてやるぜっ」

 そう言いながら、若い男の人は、年配の男の人につかみかかっていった。

 拳で殴りつけ、足で蹴飛ばす。

 年配の男の人も負けてはいない。手に持った棒のようなもので、若い男の人を打ち据えている。

「これはいかん」

 天子さんは、玄関口に上がり込むと、若い男の人の背中に手でふれた。

 とたんに若い男のひとは、へなへなとへたり込んで、その場に倒れた。

「お前たちは何だ! 何をしに来た!」

 年配の男の人が、ぼくたちをにらみつけて問いただした。

 天子さんは、それには答えず、年配の男の人にすっと近寄って胸に手を当てた。

 すると年配の男の人も、床に倒れた。

「こ、殺したの?」

「霊気を当てただけじゃ。時がたてば目覚める。奥のほうもうるさいのう」

 天子さんは、つかつかと奥に進んでゆく。

 どうでもいいけど、靴は脱いだほうがいいんじゃないだろうか。

 台所でお母さんと娘と思われる二人が大げんかをしていた。部屋のなかはむちゃくちゃだ。

 天子さんは、この二人も眠らせてしまった。

「こんな技が使えるんなら、骨女のときも、宗田哲生さんや浩一さんを眠らせちゃえばよかったのに」

「眠らせたあと、どうなる」

「え?」

「結局、同じことであろう」

「ああ、まあ、そうだね」

「この場合は、とにかく眠らさねば、お互いがお互いを傷つけてしもうたであろう」

「確かに」

「しかし、この家には妖気を感じぬ。長壁、どうか」

「今眠らせた四人のほかに、奥の部屋に二人、よごれた気を持つ人が寝てますです。でもこの家には、邪魅らしき気配はありませんです。隣の家なのです」

「なに」

「隣の家に、邪魅らしき気配がしますです」


8


 松本家。

 ここに邪魅がいるらしい。

 谷本家とは、田んぼ一つを隔てたお隣さんだ。

「なるほど。おるようじゃな。ここまで来れば、わらわにもわかる」

 この家には、インターホンはないようだ。古めかしいつくりの家だ。

 天子さんに言われて、ぼくは声をかけた。

「こんにちはー」

 返事がない。

 でも、奥のほうに人がいる気配がする。

「こんにちはー!」

 腹に力を入れて、大きな声を出した。

 少しして返事があった。

「はあーい」

 玄関に出てきたのは、四十歳ぐらいの女の人だ。

「あれ、天子さん。それに、大師堂さんまで」

 この女の人は、ぼくを知っている。

 だけど、ぼくは、この女の人を知らない。

 誰だ?

「ヨウコさん、久しぶりじゃ。ご主人のコウキチさんや、お子さんのカネヨシくん、ミドリさんは、お元気かの」

 説明調のセリフ、ありがとうございます。

 ほんとにぼくの心を読んでない?

「はいはい。みんな元気にしておりますよ」

「そうか。実は今日は、この家のお客さんに用事があっての」

「えっ? お客さん? というと、チェリーさんですか?」

「チェリー? いや、名前は知らぬが、みたことがないほどの好人物じゃ。それこそ、会った瞬間誰もが気に入るような人じゃ」

「じゃ、チェリーさんにまちがいないです。まあ、どうしてチェリーさんがわが家にいることをご存じなの?」

「いつチェリー殿は、この家に来たな?」

「今朝です。昨日夕方から谷本さんのお宅に来ておられたんですけど、用事があって私が谷本さんの家に行ったときお会いして、次はわが家に来てくださいとお願いしたんです。そうしたら今朝がたお越しくださって、今も居間でお話を聞かせてくださっているんです。もうそれは素晴らしいお話ばかりで」

「会わせてもらえるかの」

「ええ、ええ。それは、もう。チェリーさんも、この村でいろんなかたにお会いしたいと言っておられましたから、きっと喜ばれますよ。さあ、おあがりください」

 天子さんとぼくと童女妖怪は家に上がった。もちろん、ヨウコさんの目に映っているのは、天子さんとぼくだけだ。童女妖怪がみえるのは、霊感とでもいうべき特別な感覚を持った人だけなんだ。

 ヨウコさんに案内され、ぼくたちは家の奥の部屋に進んだ。

「神籬天子さんと、大師堂さんがおみえですよ」

 そして、その部屋に入るなり、そいつの姿をみた。

 醜悪そのものの姿だ。

 人間と同じぐらいの大きさだが、人間ではない。

 全身が毛で覆われているところからすれば、ある種の猿ににていなくもない。

 オランウータンのようなやつ、といえば近いだろうか。

 ただし、オランウータンのようなふさふさした毛並みじゃあない。

 ごわごわとしてきたならしい毛だ。

 そして、顔ときたら。

 妙に人間に似たところが気持ち悪い。

 分厚い唇。

 はれぼったいまぶた。

 薄笑いを浮かべたような目。

 そして顔中を覆っている、かさぶたのような不気味な毛。

 あらかじめ覚悟をしているのでなければ、思わず悲鳴を上げてしまいそうなご面相だ。

 こいつが邪魅なのか。

「けけけっ。また餌食がやってきたかい。そっちから出向いてくれるなんて、ご苦労さまさまだぜ」

 声も実に不愉快な響きだ。神経にさわる。

「おお、チェリーさんが喜んでおられる。天子さん、よく来てくださった」

 人のよさそうな笑顔を浮かべて、年配の男性が言った。この人が、コウキチさんなんだろう。

 そして、怪物の両隣に座っているのが、カネヨシくんと、ミドリさんなんだろう。

「けけけっ。この家のやつらは、虫ずが走るぐらい仲良しこよしだ。だけどみてろよ。一日もしないあいだに、ののしりあい、殺し合うようになるぜ」

「ああ、素晴らしいことですね」

「本当に、チェリーさんのお言葉には含蓄があるわ」

 ひどいことを言われているのに、カネヨシくんとミドリさんは、うっとりと怪物のほうをみている。すっかり思考が汚染されているんだろう。

「ということは、まだ仲良し家族であるのじゃな」

 天子さんの言葉を聞いて、怪物は、ぎょっとした顔をして天子さんの顔をみつめた。

「おめえ、俺様の魅力が通じねえみてえだな」

 浮かんでいた薄笑いは消え去って、憎々しげな顔つきになった。

「そこのちびもだ。おめえら、人間じゃねえな?」

「みてすぐにわからないとは、情けないことじゃのう」

「俺様の縄張りに、何をしに来やがった」

「何をしに来たと思うのじゃ、邪魅よ」

「げっ」

 怪物は突然立ち上がって、ぼくの横をすり抜けて廊下に走り出た。

 だがそこで何かにぶつかってひっくり返った。

 よくみると、空中に薄い緑色の透明な壁がある。

 障壁だ。

 天子さんが障壁を張って、邪魅を閉じ込めたんだ。

 邪魅はすぐに起き上がって逃げようとしたが、どの方向を向いても、三歩以上は進めない。障壁に閉じ込められているのだから、その外には出られないのだ。

「くそっ。出せ! 出せっ! 俺様をここから出せ!」

「おお、なんと素晴らしい声だろう」

「あなた、チェリーさんの叫び声を聞いていると、こちらも元気づけられますね」

「こんなことしやがって、ただで済むと思うなよ!」

「なんて独創的なシャウトだ。チェリーさんは一流のアーティストだね」

「コンサートをなさったら、武道館も満員にできますね」

「お前ら! そいつを倒せ! その女をやっつけるんだ! そして俺様にかけられた術を解かせろ!」

 邪魅は盛んに悪態をついて、松本家の人たちに、天子さんを攻撃させようとする。ところが松本家の人たちは、ただうっとりとして邪魅を賛美している。

 松本家の人たちの、あまりに奇妙な反応に、ぼくはとまどいしか感じない。

「鈴太よ。どうやら、邪魅には人を思い通りに操る能力があるわけではないようじゃの」

「う、うん。これも一種の洗脳能力なんだろうけどね」

「ならば、いったんこの家を出るぞ」

「うん」


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