中編3
12
秀さんが帰ってゆき、すぐに夕方となり、天子さんが帰ってきた。
ぼくは、ネットでみつけた情報について話した。
「ほう。丑の刻に鳴くとな。そして三回鳴き声を聞くと死ぬ、か」
「ネットの情報なんて玉石混交だから、どこまで信じていいかわからない。だけど、いろんな伝えの断片の一つだとも考えられるから、意味がないとも決めつけられない」
「うむ。その話は、わらわが聞き知っておることと符合する」
「とにかく、この情報は、今のところ、未成さんたち雄氏地区の六世帯が一斉に寝込んだ理由を説明できる、唯一のものなんだ。一応これが正しい可能性を含み込んでここからの予定を立てなくちゃ」
「うむ」
「ところで、〈隠形〉というのは、どういう術なの?」
「書いてある字の通りじゃ。形、つまり姿を隠してみえなくする通力じゃ」
「ええっと、〈隠形〉をかけたまま移動しても、〈隠形〉は解除されないね?」
「うむ。それはおぬしも経験したはずじゃ」
「うん。した。じゃあ、〈隠形〉をかけて、攻撃したり、探知能力を使ったりしたら、どうなるかな」
「攻撃を受けても仕掛けても、〈隠形〉は解ける。探知をして解けるかどうかは、感覚だけのことなのか術を使うのかによるであろうな。長壁の場合でいえば、普通にあやかしを探知しても〈隠形〉は解けぬが、〈探妖〉を使えば解けるはずじゃ」
「なるほど。あれ? でも、この前、天子さんが結界を張ってぼくを飛んで来る鎌から守ってくれたときには、〈隠形〉のままだったよね」
「いや。あのときも、一瞬〈隠形〉は解けた。すぐにかけ直したのじゃ」
「そうだったんだ」
ぼくは少し考え込んだ。
「攻撃を受けると解けるということは、〈隠形〉がかかっているときにも攻撃は通るわけだ」
「もちろんじゃ。姿をみえなくするだけで、体がなくなるわけではない」
「わかった。それじゃ、ぼくの考えてる作戦を話すね」
考えていたことを天子さんに話すと、それはいい考えだと賛成してくれた。
一つ実験をした。
だめかもしれないと思ったけど、うまくいった。
天子さんは客間に自分で布団を敷いて寝た。
ぼくは台所で準備作業をした。
それから布団を敷いて一眠りした。
13
アラームで目を覚ました。
午前零時ちょうどだ。
起き上がってジャージーに着替えると、顔を洗い、冷蔵庫から麦茶を出して飲んだ。
天子さんは一足先に起きている。
童女妖怪も出てきている。
天子さんは、にぎり飯を作ってくれていた。
それを食べながら、もう一度、童女妖怪を交えて作戦を確認した。
零時二十分に家を出た。童女妖怪は、自転車の荷台の籠のなかだ。
自転車の前籠には秘密兵器を詰め込んだ買い物籠が入っている。
十五分ほどで目的地に着いた。
「鵺は至近距離にはいないです」
童女妖怪が小声で報告してくれた。
大型のハンディライトで辺りを照らし、ようすを頭に焼き付ける。
ハンディライトのスタンドを起こして設置し、持って来たござを広げて、買い物籠を置く。そして、ぼくと天子さんと童女妖怪が身を寄せ合うようにして座った。
「じゃあ、明かりを消すよ」
「うむ」
「はいです」
全員、声が小さい。
ぼくはハンディライトを消した。
鵺がライトを嫌うかもしれないからだ。
もっとも、天子さんも童女妖怪も暗闇でもほぼ問題なくみえるらしいから、実のところハンディライトを消して不便なのは、ぼくだけだ。
鵺は丑の刻に鳴くという。
丑の刻というのは、午前二時を中心とした前後二時間を指す。つまり午前一時から三時までだ。だから午前一時より少し早くここに来たんだ。
童女妖怪は、十メートルか、運がよければ二十メートルぐらいの距離に鵺が近づけば、〈隠形〉を使っていても、探知できそうだという。
できれば鵺が鳴く前に居場所を特定して結界に閉じ込めたい。何しろ鵺というのは素早い妖怪らしいから、足止めをしなければどうにもならない。
だけど、暗い時間でもあり、どこにいるかわからない鵺の至近距離に接近するのは難しいかもしれない。
その場合は、鳴くのを待つ。
鵺の鳴き声は呪いの声だ。つまりスキルを発動しているわけだ。だからおそらく鳴いているときには姿がみえる。その瞬間がチャンスだ。おそらく、ここからそう遠くない場所で鳴くはずなのだ。
一昨日の朝も昨日の朝も鵺はこの場所にいた。だから今朝もここに……
そこまで考えた瞬間、ぼくの顔は真っ青になった。
いったい、いつ、未成さんは、最初に鳴き声を聞いたんだろう?
九月二日の朝には、鵺は出現していなかった。
童女妖怪が鵺を探知したのは一昨日、つまり九月三日の朝だ。
未成さんが倒れているのを発見したのは昨日、つまり九月四日の朝だ。
だから鵺が最初に鳴いたのは、九月四日の丑の刻だと思い込んでいた。
だけど、もしかしたら、鵺が出現したのは九月二日の夜かもしれない。そして雄氏地区の東で最初に鳴いたのは、九月三日の丑の刻だったかもしれないじゃないか。
普通の日なら、六世帯の家族が寝たままなら、誰かが異状に気づく。ちょうど昨日、村長さんが村役場の職員の欠勤に気づいたように。
ところが悪いことに、九月三日は日曜日だった。
だから六世帯の家族の異状に誰も気づかなかった可能性がある。
どっちだ。
今夜は、二度目なのか。
それとも三度目なのか。
もしも三度目なら、絶対に鳴かせてはいけない。作戦を変える必要がある。
どっちだ。どっちなんだ。
汗が噴き出す。頭がめまぐるしく回転する。
「鈴太?」
天子さんの呼びかけに反応する余裕もなく、ぼくはスマホを取り出した。
未完さんにかける。真夜中だけど、しかたない。
出ろ。
出てくれ。
「はい、未完です。鈴太さん、こんな時間にどうしたんですか?」
あ、よそ行きモードに入ってる。
「未完さん」
「はい?」
「九月四日の朝、未成さんから、お母さんから連絡がなかったんだね」
「はい。そうです」
「最後にお母さんから連絡があったのはいつ?」
「日曜の夕方ですよ。こちらから電話したんですけど」
「日曜! 九月三日の夕方に、お母さんと話をしたんだね?」
「はい」
「ありがとう。聞きたかったのは、それだけだ」
「あ、ちょっと待ってくださいね」
少し時間が空いて、未完さんからの通話が再開された。
「今ちょうどダチの所に泊まりに来ててよ。ここなら聞かれねえや。で、何があったんだ?」
「悪いんだけど、今話してる時間がない」
「……妖怪か?」
驚いた。
女の直感というやつだろうか。ずばり核心を突いてきた。
「あとで報告する」
「母さんだな? 母さんは、何か妖怪にやられちまったんだな?」
「必ず助ける」
「頼むよ。お願いします。どうか……」
電話の向こうの声は急にか細くなり、最後は消えそうだった。
ぼくは通話を切った。
確認が取れた。今夜は二回目だ。
だいじょうぶだ。
作戦通りでいい。
天子さんと童女妖怪がこちらをみていたが、ぼくは何も説明しなかった。
今は話をしてる時間じゃない。
スマホの電源を切った。
14
寒い。
もう少し厚着をしてくればよかった。
ありがたいことに、天子さんと童女妖怪がぴったりと寄り添ってくれる。
童女妖怪の体温は意外と高い。やはりおこちゃまだからだろうか。
そうしてどれぐらい待っただろうか。
もう目は暗闇に慣れてきて、星明かりで充分見通しが利く。
「来たです」
童女妖怪のささやきが耳に入った。
聞こえない。
ぼくの耳には、近づいてくる鵺の足音が聞こえない。
(あれ?)
(〈隠形〉というのは、立てる音も消すんだっけ?)
しまった。確認するのを忘れた。
そのとき、みしっと頭上で音がした。木の太い枝がきしむ音だ。
(そうか、自分の音は消せたとしても、しなる木の音が消せるわけなかった)
ぼくは、買い物籠に手を突っ込んで、なかのものを取り出して、鵺がいるであろうあたりめがけて投げつけた。
だが、失敗した。飛んでいく代わりに手のなかでラップがほどけ、辺りに小麦粉をまき散らしてしまったのだ。
「ぐへっ。ぺっ、ぺっ」
「うむっ」
童女妖怪と天子さんが、小麦粉をかぶってしまった。
ばきっ。
みしっ。
鵺が飛んだ。別の木の枝に飛び移ったようだ。
「あそこです」
童女妖怪が指し示すほうをみた。
相変わらず鵺の姿はみえないが、鵺が乗れるほど大きな枝といえば限られている。
ぼくは、鵺がいるとおぼしき辺りに、ラップに包んだ小麦粉を投げつけた。
それはむなしく木の枝の上を通過していった。
そのときだった。
ヒヨォォォォォォォ〜〜〜〜〜
不気味なといえば不気味な、そして物悲しいといえば物悲しい鳴き声が響き渡った。
そして今こそ鵺は姿を現している。
鵺が鳴き声を上げるのは呪力の発動であり、したがって鳴くときには姿が現れる。
でかい。
本当の虎に負けないでかさだ。
そのでかい鵺が木の枝に器用に乗っかって、鳴き声を上げている。
ぼくはラップで包んだ小麦粉を投げつけた。
命中した。
もう一つ投げた。
これも命中した。
だけど鵺は、かまおうともせず鳴き続ける。
ヒヨォォォォォォォ〜〜〜〜〜
長い長い鳴き声は、さらにしばらく続き、余韻を残して深夜の山空に消えた。
鵺がぎらりと目を光らせてこちらをにらみつけ。
姿を消した。
次の瞬間、ぼくの頭上で緑の火花がスパークした。
一瞬、鵺が姿を現し、そしてまた消えた。
もちろん、ぼくを守ってくれたのは、天子さんの結界だ。
天子さんは立ち上がり、両手を大きく開いて指先をすべて伸ばしている。
ぼくと天子さんと童女妖怪を包む結界だ。
今度はぼくの背中のほうで緑の火花がスパークした。
結界はまったく揺るがない。
一瞬だけ姿を現した鵺は、またも姿を消して、別の方向から襲いかかる。
鵺は今、右から左にゆっくり回り込んでいる。
そして飛びかかって、結界に阻まれた。
そんなことが何度も続いた。
ぼくたちには、鵺が姿を消しても、どこにいるかわかる。
振りかけた小麦粉が、鵺の胴体右側と、右後ろ足についているからだ。
白い小麦粉が、星明かりに照らされて、鵺の居場所を照らし出している。
この方法を思いついたものの、振りかけてしまえば鵺と一緒に消えるかもしれないとも思ったので、天子さんに頼んで実験してみた。
その結果、振りかけた小麦粉は〈隠形〉を使っても消えないことがわかった。
「たぶん、小麦粉は、振りかけた側に属しておって、〈隠形〉を使う側には属しておらぬからじゃろうな」
そう天子さんは解釈してたけどね。
とにかく、この手が通じるという見込がたった。そして狙い通り、相手の居場所が、ぼくたちにはわかっている。天子さんが油断なく維持しているこの結界を、鵺は突破できない。ぼくが近くについている以上は。
天子さんは最初に鵺と戦ったとき、小さな結界に相手を閉じ込めた。それは鵺にとって相当に衝撃的な出来事だったらしい。その証拠に、鵺はいちいち姿を消して、用心深く位置取りを変えて攻撃を繰り出している。そして一撃を放ったあとは、遠くに跳びすさって。こちらの出方をうかがっている。
結界に閉じ込められることを警戒しているんだ。相手を閉じ込める結界は、ごく近距離でなければ張れない。前回結界に閉じ込められた距離には近づかないように、鵺は用心しているんだ。
しかし、攻撃を何度も何度も繰り返しても効果がない。鵺はじれてきた。疲れもあるだろう。そしてこちらが反撃しないのをみて、油断していき、動きから慎重さがなくなっていった。
そしてついにその時が来た。
天子さんの結界に一撃を加えたあと、姿は消したものの後ろに飛ばず、その場にとどまったのだ。
待ちに待った瞬間だ。その隙を天子さんがみのがすわけはなかった。
鵺が右に移動しようとして結界に阻まれた。
ぎょっとしたようすで左に跳んだが、これも結界に阻まれた。
そうだ。
相手が隙をみせたとき、天子さんはこちらの結界を解除し、敵を結界に閉じ込めたのだ。
鵺が焦りをみせて暴れ回る。
だが、もう遅い。
この結界に閉じ込められたが最後、内から外に出ることは絶対にできない。
そしてこの結界は、外から内へ入るものは通すのだ。
天子さんが右手の指を全部広げ、高々と振り上げた。
両の目は金色に爛々と輝いている。
その威厳。
その気品。
その怒り。
そして、その美しさ。
まるで〈夜の女王〉だ。
五つの爪から赤い燐光があふれ出し、伸び上がり、天に向かって鋭くそそり立つ。
「虫けらめ」
結界に閉じ込められ、どこにも逃げられない鵺は、憎々しげに天子さんをにらみつけている。虎そのものの大きさである鵺のたくましくしなやかな体躯に、五つの長大な赤い刃が襲いかかった。
まるで何の抵抗もないかのように、五条の光芒は鵺の巨体を斬り裂き、地をえぐる。はじけ飛ぶように鵺は粉々になって消え去っていった。
「ふふ」
「やったですね」
笑みを浮かべる天子さんの横で、ふんぞり返って童女妖怪が宣言した。
ただし頭と顔には小麦粉がついている。
天子さんの上半身にもたっぷり小麦粉が載っている。
ぼくも顔中小麦粉だらけだ。
たぶん、誰かがみたら笑うしかない面相だろう。
だけどぼくは、復讐の満足感に浸る天子さんを笑いはしなかった。
小麦粉だらけの顔でも、天子さんは美しい、と思った。
でも雪女みたいだなとも、ちょっと思った。




