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羽振村妖怪譚  作者: 支援BIS
第11話 骨女(ほねおんな)
48/90

中編3

8


 自分でもどうかと思うけど、武左右衞門、新兵衛親子の話を聞いたあと、宗田浩一さんに対するぼくの同情は、一気に冷めてしまった。

 まあ、ほっといてもすぐ死ぬわけじゃないしね。

 死にそうになったころ、そっとお札を持っていってあげよう。

 いや、そんなややこしい一族の末裔なんだったら、お札なんか持っていったら、さてはこの病気は貴様のしわざか、とか言われかねないかな。

(見捨てようか)

 そんなことを考えながら、午後はあちこち配達に駆け回り、この日は終わった。

 翌日、天子さんの作った朝食を食べたあと、〈探妖〉タイムとなった。

「溜石の総数十二、うち妖気の抜けた石は八。ここまでは昨日と同じなのです。骨女はここにいますです」

 童女妖怪は、麒麟山の裾野近くを指さした。

「む。西区域の者らの亡きがらを埋めてある場所じゃな」

「そして、骨女の周りに、五体の妖怪が発生しています」

「なにっ」

「妖怪の名が表示されないのです。名もない妖怪なのです」

「それは、まさか、死人が墓から起きたのか?」

「わからないのです」

 天子さんが考え込んでいる。

「そういえば天子さん。五頭さんのご遺骸は、麒麟山に埋めたよね」

「あ? ああ、そうじゃな」

「おじいちゃんの亡きがらは、白澤山に埋めたよね」

「うむ」

「そもそも今の日本では、人が死んだら火葬にしなくちゃいけないんじゃないの? 勝手に山に埋めてもいいの?」

「ふむ。かつては個人宅に勝手に埋葬することもできた。墓地に埋葬しなければならぬようになったのは、明治十七年ごろじゃったかの」

「へえ」

「第二次世界大戦後、ポツダム体制下での法律も、このときの法律とそう大きく変わらぬ。そして現在の〈墓地、埋葬等に関する法律〉でも、おおむね主要な内容は引き継がれておる」

「そうなんだ」

「この法律では、土葬はべつに禁止しておらぬ。ただし、埋葬するのはきちんと許可を受けた墓地でなくてはならぬ。この里では、西区域の者は麒麟山の、東区域の者は白澤山の墓地に埋葬するならわしとなっておる」

「あれ? それ、うちの私有地だよね?」

「その一角が、正式に認可を得た墓地になっておるのじゃ」

「ええっ。そうなの?」

「当然、埋葬の際には、埋葬許可書が提出される。〈死体埋葬許可書〉という書類じゃ。この里では村役場が発行する。東京や大阪などの大都市では条例で土葬禁止地域を指定しておるので、その地域では〈死体火葬許可書〉に火葬場が〈何月何日に火葬を執行した〉という判をついておらねば、埋葬はできぬ」

「そんなふうになってるんだ」

「この里の場合、書類は法師どのが受け取り、あとで殿村が受け取って、財団の担当者が処理しておる」

「財団?」

「〈はふり〉の家の財産を管理する財団じゃ」

「そんなものがあるんだ!」

「聞いておらなんだか。それなら聞かなかったことにせよ。時がくれば殿村が説明するであろう。ちなみに、法師どのは、その財団の霊園管理部の部長ということになっておって、給料が出ておる」

「びっくりだ。それはそうと、骨女とその五体の妖怪は、ほっておいていいの?」

「ううむ。放っておいてよいとはいえぬ。さりとてわらわが結界を出て倒しに行くのは危険がある。しかも合わせて六体となると、勝てぬかもしれぬ」

「和尚さんの復調を待つしかないのかなあ」

「もし出るとしたら、わらわと法師どのの二人で出る。がしかし、それも法師どのが目覚めて相談してのことじゃ。今は成り行きをみまもっておるしかなかろう」

「そうだね」


9


 ぼくたちは、そっと成り行きをみまもるつもりだったけど、成り行きのほうではぼくたちをほっておいてくれなかった。

 昼前のことだ。

「おい! 大師堂!」

 怒鳴り声がしたので、何かと思って外に出た。

 宗田哲生さんと浩一さんがいた。うしろに四人ほど、男の人がついて来ている。六人とも、ひどく目つきが悪い。

「ここに、神籬天子がおろうが!」

 浩一さんが、がなり立てた。

 昨日聞いた、人のよさそうなやさしい声とは似ても似つかない、じゃりじゃりとした声だ。

「て、天子さんに何かご用ですか?」

「うるせえ! 小僧は黙って、神籬を呼んでこい!」

「わらわに何か用かえ」

「て、天子さん。来ちゃだめだ」

「おい、神籬! 安奈ちゃんに何をしやがった」

 浩一さんが血走った目をみひらいて食ってかかった。

 目が落ちくぼんでいる。昨日あったときには、おぼっちゃん然とした印象だったけど、たった一晩でずいぶん人相が変わった。顔色も、病人のように青白い。

「昨日から、安奈ちゃんが帰ってこん。お前がいじめて村を追い出したんじゃ!」

 どう考えても、昨日、天子さんが骨女をいじめたとはいえない。倒す寸前だったけど、実際には何もしていない。

 とすると浩一さんは、偽の記憶を植え付けられてる。

 誰に。

 もちろん骨女だ。

 どうやら骨女は、一度〈魅惑〉のとりこにした相手は、結界の外からでも新たな幻影を植え付けられるみたいだ。

「いじめた覚えはないのう」

「なにを!」

「ぬかせっ」

「どついちゃろうか!」

 それにしても、六人の暴徒を相手に、どうしてこんなに落ち着いていられるんだろう。ぼくは、がたがた震えないでいるのが精いっぱいだというのに。

「あ、安奈ちゃんは、山で一晩過ごしたにちげえねえ。なんてかわいそうな」

「わらわが追い出したわけではない」

「な、殴ったじゃねえか」

「殴ってはおらぬ」

「しかも、あることないこと言い立てて、安奈ちゃんをいじめやがって。あんなひどいことを言われたら、誰でもショックを受けるわ!」

「そうじゃ、そうじゃ!」

 浩一さんだけでなく、哲生さんも記憶をいじられているようだ。

「どうしたんなら!」

 後ろのほうから声がした。

 平井巡査だ!

 これは助かった。

「宗田さんじゃねえか。どうしたんなら、血相変えて」

「平井さん、神籬天子を逮捕するんじゃ!」

「天子ちゃんを逮捕? 何をあほうなことを」

「この女はうちの嫁をいじめて追い出したんじゃ」

「ちょっと落ち着け。天子さんは、よその家の嫁をいじめたりする人じゃねえ。それにのう、他人にいじめられたからというて、なんで嫁さんが出ていかんとおえんのなら。あんたらがかぼうてやりぇええじゃろうが。それより浩一に嫁じゃと。いつ結婚したんなら」

「式はまだじゃ。けえど、五年越しの付き合いで、やっと結婚が決まったんじゃ。それで一昨日来たんじゃけど、この女が追い出しよったんじゃ」

「待て待て。式もまだじゃいうのに、家に来たんか? そりゃ、どういうことなら。第一、哲生さん。あんた先週わしに、浩一にええ嫁がおらんかのういうて相談しよったじゃないか」

「何じゃと? あれ?」

「とにかく一度帰れ。帰って頭を冷やせ。それで、天子さんに何か聞きたいことがあるんじゃったら、わしを通せ」

 哲生さんも浩一さんも、ほうけたような顔をしている。

 それから平井巡査は、しばらくお説教してから、六人を帰した。

「天子さん。だいじょうぶじゃったか」

 とろけたような笑顔で、こわもて巡査が言った。

「だいじょうぶじゃ。しかし、助かった。礼を言う」

「ええんじゃ。何かあったら、いつでも言うてえなあ」


10

 

 そんなことがあったし、麒麟山の墓地のことも気にかかったけれど、ぼくはとにかく商売に精を出した。

 今日は配達が十二軒もある。めずらしく山口さんからも電話で注文があった。

 ほかの注文を済ませてから山口さんの家に向かうと、もう夕方近かった。

「あら、ありがとう」

「いえ」

「鈴太さあん。ちょっと上がってお茶でも飲んでいかないかしら」

 ちょっと迷ったが、山口さんはぼくの手を取って引っ張った。

 ダイニングルームの机の前に座り、香りのいいアイスティーで喉をうるおしていると、ぼくの向かい側に山口さんが座った。

 無言だ。

 なぜか、無言だ。

 アイスティーを飲み終わって、氷が、からんと音を立てた。

「ごちそうさまでした。それじゃ……」

「夢をみるの」

「え?」

 山口さんは、手元に目線を落としたまま、突然話し始めた。

「変な夢なの」

「夢、ですか?」

「私は、その夢のなかで、みにくい怪物になるの」

「えっ」

「古ぼけて枯れた木のような、みにくい怪物に」

「そ、それは」

「そして私は森のなかに入っていこうとするの。だって怪物だから」

「森に、ですか」

「でも、そんな私を止めてくれる人がいたの」

「止めてもらえたんですね」

「あなたよ」

「……」

「そしてあなたは、不思議な術で、私を人間に戻してくれたの」

「……」

「最初は断片的な夢だった。それが何度も何度も繰り返され、やがてつながって、意味がわかってきたの」

「そ、そうなんですか」

「あれは、本当にあったことなのね?」

「え」

「私、五月の終わりごろに、二日ほど、記憶のない日があるの」

「はい」

「ずっと気になっていた。だけど思い出さなかった。思い出すのが怖かった」

「……はい」

「何があったのか、真実を知りたいの」

「はい」

「教えて」

 そうまで言われて、とぼけることはできない。

 ぼくは、あの日の出来事を、山口さんにすべて話した。

 山口さんが、キノコ鍋を食べたあと、おかしくなってしまったことを。

 生肉をむしゃむしゃ食べていたことを。

 樹恩の森で木霊(こだま)に取り憑かれ、幽谷響(やまびこ)という妖怪に変化してしまったことを。

 和尚さんの作ってくれたお札を持って、天子さんとぼくが森に入り、一度目は失敗し、二度目で霊木を封じ、山口さんが人間に戻ったことを。

「そう。そういうことだったのね」

「はい」

「ありがとう。鈴太さん」

 山口さんは顔を上げ、まっすぐにぼくの目をみつめた。

「あなたに会えてよかった。あなたでよかった。私のために無理をしてくれたのね。ありがとう」

「い、いえ」

「ふふ。そのときにはとっても勇気があったのに、今日はずいぶん、うぶなのね」

「は、はあ」

「そんなところも可愛いわ」

「お、恐れ入ります」

「なにそれ。他人行儀ね」

 それからしばらく話をして、ぼくは山口さんの家を出た。


11


 翌日、〈探妖〉の結果、骨女の位置はかわらず、名無しの妖怪は十体に増えていた。

 和尚さんは、相変わらず寝たままのようだ。といっても、時々起きてお酒を飲んでいるらしい。まだ体力回復中なのだろう。

 天子さんに、昨日の山口さんとの会話を報告した。

「ほう。覚えておったか。あの者は、この里に住むようになって日が浅いからのう。結界の効力がまだ届ききっておらんのかもしれぬ。それに、本人があやかしに変化してしまうなど、これまでになかったことじゃからのう」

「ここで思い出したんだから、もう忘れないだろうね」

「そうじゃろうなあ。抱えて生きるには、ちとつらい記憶じゃがのう」

「うん」

「おや。今日も来たようじゃの」

「えっ。宗田さんが?」

「鈴太」

「なに?」

「わらわはここにおらぬほうがよい。隠形を使うて転輪寺に行き、和尚をみまってから帰ることにする」

「うん。それがいい」

 この日は、哲生さんと浩一さんのほかに、六人の男がついてきてる。

「出て来え、神籬ぃ!」

「ここにおるのはわかっとるんじゃ!」

 ぼくは、足の震えをこらえながら、店先に出た。

「こんにちは。何かご用ですか」

 八人は、目を血走らせ、殺気立っている。怖いよ。

「とぼけたこと抜かすな! 神籬を出せぇ!」

 浩一さんは、昨日以上に荒々しい。そして、はっきりと痩せてきている。たった二日でこんなにも痩せるものなんだろうか。

「天子さんはいませんよ」

「嘘をつくんじゃねえ!」

 驚いたことに、哲生さんも人相が変わっていて、目の下にくまができている。

 まさか、哲生さんも精気を吸い取られてるのか?

「嘘じゃありません。疑うなら、調べたらどうですか」

「ええじゃろう。どこに隠れとるか、探しちゃる」

 八人の男たちは、ずかずかと土足のまま座敷に上がり込んだ。

 トイレや風呂はもちろん、押入まで開けている。

 神棚を乱暴に押し倒されたときには、ぎりぎりと歯を食いしばった。

 戦ってはだめだ。勝てないということもあるけれど、暴力をふるったら、こいつらと同じことになってしまう。

 いや、そうじゃない。

 この人たちは、操られてこんなことをしてるんだ。

 そう自分に言い聞かせて、ぐっと我慢した。

 実際、全員、目つきがおかしい。口走ることもおかしい。まともな理屈が通じる状態とは思えなかった。

 男たちは、さんざん家を荒らし回って帰っていった。

 そのあと、荒らされた家を片づけた。

 足跡でよごれた畳を雑巾で拭いていると、急に悔しさが込み上げてきて、ぽたりぽたりと涙がこぼれた。

 この日もたくさん配達の注文があったけど、山口さんからの注文はなかった。


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[気になる点] 今まででも鈴太の性格や感想ブレがあると思いましたけど、今回冒頭のところのは正直おかしいと感じました。場合によって物語上なにが憑依され導きられていると思いますけど、今回は多分本人の感想で…
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