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羽振村妖怪譚  作者: 支援BIS
第11話 骨女(ほねおんな)
46/90

中編1(地図あり)

4


 翌朝、天子さんがやって来て、和尚さんの具合がよくないと言った。

「またも寝ておってなあ。起こしても起きぬ。があがあいびきをかいておる。顔色がそう悪いというわけでもないし、生命力が弱っているというようすもない。まあ、次の戦いに備えて体力を回復させておるのじゃろう」

 もともと和尚さんは、千二百年にわたって続いた戦いで、傷つき疲れていた。百年ちょっと前からは妖怪の出現頻度も下がり、特にここ十何年は弱い妖怪しかでなかった。そこへもってきて、鉄鼠との戦いは激戦で、和尚さんはかなり大きなダメージを受けたみたいだ。さらに三日前には火車と戦ったが、これもみるからに強い敵で、和尚さんはそうとうに無理をしたんだと思う。

 できればこのまま、しばらく休ませてあげたいものだ。

 と、そんなことを思っていたら、次の妖怪が出た。

「天逆毎がいます。今朝はかなり村に接近してますです。八つ目の溜石が妖気を失ってますです。近くに妖怪が出現してます。骨女です」

「骨女か」

「天子さん、ずいぶん渋い顔してるね。手ごわい敵なの?」

「うん? ああ。強いか弱いかでいえば、弱い」

「へえ?」

「長壁よ。して、骨女はどこにおる?」

「ここです」

「……宗田(そうだ)の家の近くか。これはまた」

 天子さんの表情はますます渋い。

 童女妖怪が指さしたのは、安美地区の北側に残った溜石だ。

 どういうわけか、溜石十二個は、六つの地区に、それぞれ二つずつ配置されている。

 安美地区にも北側と南側に一個ずつ溜石があった。南側の溜石は水虎を生み出し、今度は北側の溜石が〈ほねおんな〉とかいう妖怪を生み出したわけだ。

 そのほか、これまでに、松浦地区からは鉄鼠が、土生地区からは火車が、御庄地区からは守生と金霊が、雄氏地区からはぶらり火が、有漢地区からは幽谷響が生まれている。

 これで残った溜石は、松浦地区に一つ、土生地区に一つ、雄氏地区に一つ、有漢地区に一つで、計四個だ。

「そういえば、天子さん」

「うん?」

「妖気を失った溜石が、これで八個になったわけだけど」

「そうじゃな」

「これはそのままにしておいていいのかな?」

「どうにかしようがあるのかえ?」

「結界の外に捨てるということもできるよ」

「む」

「妖気を失った溜石は、また少しずつ妖気を吸ってるんだよね?」

「それはそうであろうな」

「そのまま置いておけば、やがてまた妖気をためて妖怪を生み出すだろうか」

「理屈のうえではそうなる。しかしそれには長い年月を要するじゃろうな」

「あ、そうなんだね。それならむしろ、村の各地域で妖気を吸ってくれてるわけだから、結界内の妖気が強くなるのを抑えてくれてるわけか」

「そういえばそういうことになるの」

「ふうん。なら、妖気が抜けた溜石は、そのまま放置がベストか。じゃあ、妖気が詰まってる溜石は、どうなんだろう」

「どう、とは?」

「このまま放置したほうがいいのかな」

「放置せぬとしたら、どうするというのじゃ」

「一か所に集めるという手もある」

「集める、か。しかし、どこに」

「和尚さんのところに」

「ふむ」

 天子さんは、しばらく考え込んだ。

「いや。やはりそれは考えものじゃ。すぐそばで生じたあやかしが、いきなり法師どのを襲うこともあろう。わらわの援護なしに強力なあやかしと戦えば、法師どのも傷を負う」

「じゃあ、地守神社の境内はどうだろう」

「ほう……それは面白い考え方じゃな。じゃが、わらわには判断がつかぬ。法師どのが目覚めたら相談するがよかろう。さて、わらわは出てくる」

「え? もしかして、骨女を退治しに行くの?」

「そうじゃ」

「和尚さんが動けないんでしょう? 一人で行くの?」

「そうじゃ」

「危険だよ」

「骨女はのう、たった二つしか妖力を持たぬのじゃ」

「えっ。そうなの?」

「それは、〈魅惑〉と〈吸精〉という力でのう。人間にしか効き目がない。つまりわらわには効かぬのじゃ」

「へえ?」

「それにしても、長く放置すると危険なあやかしなのじゃ。わらわはもう行く」

「あ、ぼくもついて行くよ!」

「おぬしが? いや、おぬしは危険じゃ。骨女の〈魅惑〉にやられるかもしれぬ」

「でも、天子さんだけを、そんな危険なところにやれないよ!」

「……む。その気持ちはうれしいが」

「それに、ぼくが行けば、漏れなくおさかべもついてくるよ」

「……む」

 童女妖怪をみると、うんうんとうなずいている。

 昨日、村内観光をさせてやったからか、今日はすっかりおとなしい。

「言い合っておってもしかたないのう。では、ついてまいれ。しかし、絶対に骨女に触れられてはならんぞ。一瞬でも肌が触れれば、たちまち〈魅惑〉にかかってしまうからのう」


5


「ごめんくだされ」

 インターホンのブザーを押し、天子さんが声をかけると、しばらくして男の人の声で返事があった。

「はーい」

「神籬天子じゃ。ちと用があって参った」

 ここは安美地区の宗田家だ。大きくて奇麗でびっくりした。金持ちの家なんだろう。

 家のなかから土間に降りる気配がして、ドアが開いた。

「これはおめずらしい。まあ、どうぞなかへ」

 天子さんとぼくを招き入れたのは、二十代半ばの男の人だ。この人が表札の二番目に名前があった、宗田浩一さんなんだろう。

「いや実は用事があるのは、この家に今おられる女性(にょしょう)になのじゃ」

「え?」

 溜石は、この家の裏手にある木立のなかにあった。

 〈骨女〉はどこかと童女妖怪に訊いたところ、この家を指さしたというわけである。

「女性? というと、まさか安奈(あんな)さん?」

「この家におる若く美しいおなごじゃ」

「どうして神籬さんが安奈さんのことを?」

 この浩一さんという人は、おどおどしているというか、内向的というか、すごくおとなしい感じのしゃべり方をする。

「おお! 天子さんじゃねえか。ようこそお越しじゃ」

 奧から出てきた人物が天子さんに呼びかけた。五十代後半ぐらいの年齢だ。この人が表札の一番目に名前があった、宗田哲生さんなんだろう。

「それに大師堂の若ご主人もおみえか。ごきげんよろしゅう」

「こんにちは」

「実はのう、天子さん。うちに嫁が来ることになったんじゃ。結婚式にはあんたらも呼ばしてもらうけんのう」

「ほう、それはめでたい」

「いやあ、豊稔(ほうねん)安奈さんは、もう浩一とは五年越しの付き合いじゃったがのう。ついに結婚するために、この村に来てくれたんじゃ。これでわが宗田家も万々歳。万代不易子孫繁盛家繁昌じゃあ!」

「五年越しとあれば気心も知れておろう。どこで知り合うたのじゃ」

「うん? はてのう、どこじゃったかのう。とにかく二人は前々からの恋人同士なんじゃ」

「はは。大いにけっこう。そのおなごのことを、哲生(てっしょう)どのは、いつ知った?」

「はて、いつじゃったかのう」

「お父さん。ずっと前じゃ」

「そうじゃ。そうじゃ。ずっと前じゃ」

「ほう、そうか」

 どうもおかしい。本人同士がどこで知り合ったとか、お父さんはいつからその女性を知っているかとかいう質問を天子さんがしたとき、哲生さんは、目を宙に浮かせて、何とも間抜けでみっともない顔をした。知性を失ったような顔だ。

 もしかすると、二人とも、〈魅惑〉とかいう妖術にかかってるんだろうか。

「お客さまですか?」

 奧から若い女性が出てきた。

 ぼくと同じか、ほんの少し上ぐらいの年かな。

 なんて可憐な人だろう。

 それでいて、右目の下にある泣きぼくろが、とても色っぽい。

「ふむ。なるほど。骨女にまちがいないの」

 そう言いながら、天子さんが右手を振り上げた。

 ぼくは思わず、その右手にしがみついた。

「何をするの! だめだよ!」

「あ、こら、離せ」

「この人に何をする気なの? この人は妖怪なんかじゃないよ!」

「鈴太! これ、離せというに」

 ぼくと天子さんがもみあっている、そのかたわらを若い女性が走り抜けた。ああ、はだしで走っちゃだめだ。怪我するよ。

「鈴太! このばか者!」

 天子さんが、左手の手のひらでぼくの頬を引っぱたいた。

「いたた。何するんだよ」

「離せ。おのれ、逃がしてしもうたか」

「え? 今、ぼくは何を」

「追うぞ!」

「え? え? え?」

 わけがわからないまま、玄関口を飛び出した天子さんを追いかけた。

 五十メートルほど先の坂道を、ぴょーん、ぴょーんと飛ぶように走る、奇怪なモノがいた。

 骨だ。

 骸骨だ。

 骸骨が走っている。

 その後ろ姿を天子さんが追う。

 天子さんをぼくが追う。

 村の端まで追って、天子さんが立ち止まった。

 左の道、つまり美泥沼を通って麒麟山の山頂に向かう道に、骸骨は走り込んで行ったようだ。

 そしてこの道は、つい先日、五頭大地郎さんと千さんのご遺骸を埋葬するために通った道でもある。

「どうしたの? 追わないの?」

「ここが結界の端になる。そこに地蔵がみえておろう」

 あ、そうだったんだ。

 村の端っこにあるお地蔵さんは、結界の境界を示してたのか。

「まあよい。結界の外に出るとは愚かなあやかしじゃ」

「え? どうして?」

「あれだけの妖気を持っておれば、出たが最後、結界のなかに入ることはできぬ」

「一キロほど離れた場所で、骨女は止まってるです。こちらのようすをうかがってるような感じがするです」

 突然、童女妖怪登場。

 そうか。宗田家を出るとき、すばやくお守りに戻ったのか。それとも、お守りを持ったぼくが走って離れたから、自動的にお守りに戻ったのかもしれない。

「それにしても、鈴太よ。よけいなことをしてくれたのう」

「え? ぼくがいったい何をしたって……」

 ぼくは自分が何をしたかを思い出した。

「ええっ? なんであんなばかなことを」

「ふむ。正気に戻ったようじゃの」

「て、天子さん、ごめん。邪魔しちゃった」

「骨女の〈魅惑〉にかかったようじゃの。しかたあるまい。ふつうは骨女に直接さわられねば、〈魅惑〉にかからん。じゃが先ほどは、目線を合わせただけで〈魅惑〉にかかったようじゃ。溜石の力を得て強力になっておるのじゃろうな」

「ごめん。ほんとにごめん」

「もうよい。帰るぞ」

 てっきり追いかけて倒すんだと思ってたけど、なぜか天子さんはそれ以上追う気持がないようだった。






挿絵(By みてみん)

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