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羽振村妖怪譚  作者: 支援BIS
第10話 火車(かしゃ)
42/90

前編

1


 翌日は、朝から雨だった。

 上陸しかけて上陸しなかった台風六号の影響だという。

 水びたしの風景をみながら、ふと思った。

(もしも昨日が雨だったら)

(水虎は水たまりを自由自在に行き来できるから)

(居場所を特定して攻撃することなんか)

(とてもできなかっただろうなあ)

 そんなことを考えているうちに、重大なことに気づいた。

(いや、そんな必要なかったじゃないか)

(周りは田んぼだらけなんだ)

(水たまりだらけだったんだ)

(狭い用水路なんかじゃなく)

(田んぼに逃げられたら)

(絶対につかまらなかったんじゃないか?)

 どうして水虎は用水路に逃げたのか。

 こちらの探知能力や攻撃能力を知っていたはずはないから、油断したのかもしれない。

 だけどそうじゃないかもしれない。

 なぜそんなことを思うかというと、天子さんが言っていたからだ。

〈殺して。ぼくを殺して〉

 それは一昨日、天子さんが聞いた水虎の言葉だ。

 死にたがっていたんだ、水虎は。

 だから殺すことができた。

 そうでなければ、とてもぼくたちの歯が立つような相手じゃなかった。

 何しろ、神話時代の妖怪大戦争で大活躍したほどの妖怪なんだ。

 敵同士じゃなくて、味方として会いたかったよ。

「鈴太」

 呼ばれたので振り向くと、天子さんがいた。

「食事を作ったぞ。さあ、食べよう」

「あ、ありが……あれ? 今日は、ぼくが食事当番じゃなかったっけ?」

「うむ。まあ、よい。とにかくたべよう」

「うん。ありがとう」

 いつのまに、天子さんが来ていたんだろう。

 あ、童女妖怪も出現してる。

 なんで心配そうな目でぼくをみてるんだ?

「いただきます」

「頂戴いたす」

「いただきますです」

 静かな朝食だった。

 雨が強くなってきたから、そんなふうに感じたのかもしれない。

 ちょうど食事が終わったころ、村役場から電話があった。

 今日も一日外出禁止だそうだ。

 昨日と同じく、武装警官隊がやって来るので、安心してほしいと言っていた。

「村長は、自衛隊の出動を要請したようじゃがの」

「そうなんだ」

「岡山城よりも大きな恐竜が出たとか騒いだために、かえって信じてもらえなかったようでの。それでも、二日続けて怪我人が出たことにまちがいはない。しかも、一昨日は警官も三人負傷した。今日は三十人規模の武装警官隊が捜索にあたるそうじゃ。雨のなか、ご苦労さまなことじゃなあ」

「ふうん」

「もっとも、昨日も一昨日もバスは運行しておったし、自家用車で仕事に行く者もおった。村の生活に大きな変化はないの」

「うん」

「……では、〈探妖〉をしてもらうことにするかの」

「そうだね」

「長壁よ」

「はいです」

「〈探妖〉を頼む。まずは溜石じゃ。数が変わっておらぬかどうか、妖気の抜けた石の数が変わっておらぬかどうか、探索してもらいたい。次に妖怪の探索を、そしてそのほか妖気や神気を持つものの探索を頼む」

「はいなのです」

 童女妖怪は、ひらひらの紙切れのついた棒を、ふんぬふんぬと、しばらく振り回し、やがて言葉を発した。

「溜石の数は十二。妖気の抜けた石の数は六。同じですね。そのほかには、ひでり神さまと、天子さまと、法師さま。あとは神社ですね」

「よし。では、明日は、天逆毎の気配を探ってもらうことにしよう。鈴太、それでよいのじゃな?」

「え?」

 天子さんがしゃべった言葉は聞こえてたし、理解してたんだけど、急に判断を求められても答えられない。

「ああ、それでいいんじゃないかな」

「……そうか」

 お茶を飲みながらぼおっとしていると、電話がかかってきた。

「あ、村長さん?」

「そうじゃ! すまんけどのう! これから武装警官隊が麒麟山に入るけん。許可をもらいたいんじゃ!」

「え?」

「いや。じゃから、あんな大きな恐竜が、村んなかに隠れとるわけがなかろうが! 安美地区に出たちゅうことは、麒麟山に棲んどるにちげえねえけん! 武装警官隊が麒麟山を探すことになったんじゃ! いや、本当は昨日も大師堂さんに許可をもらわにゃおえんかったんじゃけえど、ばたばたしとってうっかりしたんじゃ。今日は正式に許可をもらおう思うてのう!」

 そういえば、麒麟山はぼくの所有なんだ。法律のことは殿村さんに任せっきりだけど。私有地に捜索に入るわけだから、そりゃ、所有者に許可を取るだろう。

「ええ。もちろんです。どうぞどこにでも入って調べてください」

「おお! そう言うてもらえると助かるけん。ほんなら!」

 村長さんのテンションは、どうしてこんなに高いんだろう。

 電話を切ったあと、しばらく、ぐわんぐわんと耳鳴りがした。

 天子さんは、その後、和尚さんの看病に行くでもなく、店のあちこちを片づけている。

 どういうわけだか、童女妖怪もお社に帰らず、ごろごろしながら漫画を読んだりしている。

「この続きはないですか?」

「ん? ああ、それはまだ3巻までしか出てないよ」

「そうなのですか。続刊が待望されるのです」

「そーだね」

 午前中は、お客さんが一人も来なかった。

 まあ、来るとも思ってなかったけど。

 結局、天子さんは、昼ご飯も作ってくれた。

 そのあと、和尚さんのようすをみると言って、家を出た。もう今日は帰って来ないと言い残して。

 いつのまにか童女妖怪も消えた。

 午後三時半ごろ、山口さんが来た。

 傘を差した山口さんが、段々近づいてくるのを、ぼうっとみていた。

 絵になる人だなあ、と思った。

 玄関をくぐり、傘を畳んで、山口さんは、店のなかをしばらくうろうろしていた。

「これとこれ、くださいな」

「はい。……あれ?」

「どうかした? 鈴太さん」

「高野豆腐と、豆板醤。ちょっと前、誰かが同じ組み合わせの買い物をしてくれたような記憶が」

「ああ、それ。あるバラエティー番組で紹介してたのよ」

「へえ? 高野豆腐と豆板醤をですか?」

「そうよ。おいしいらしいわよ」

 思い出した。

 耀蔵さんだ。

 だけど、ということは、耀蔵さん。バラエティー番組をみて、しかもその番組で紹介された料理を自分で作るんだ。

 意外な一面を知った気がする。

「……あの、鈴太さん」

「はい?」

 山口さんは、ぼくの目をみようとしない。目線を下に落としたまま、何かを言いよどんでいる。

 二人は無言のまま、視線も合わせないで、しばらく向き合っていた。

「何でもないの。また今度にするわ」

 そう言って、山口さんは帰っていった。

 そのあとを追うように雨脚が激しくなった。


2


 翌日は小雨だった。

 今日も神社の掃除に行かなかった。これで三日間連続でさぼったことになる。

 早くから天子さんが来てくれて、朝からけっこう凝った料理を作ってくれた。

 食事が終わって、〈探妖〉の時間になった。

「では、今日は、天逆毎の探知を行うが、鈴太よ」

「なに?」

「天逆毎の探知も行いつつ、やはり結界のなかにも異常がないか、調べてもらったほうがよいであろうかのう」

「うーん。いや、今日は、結界外の探知にだけ集中してもらったほうがいいと思う」

「ほう。なぜじゃ?」

「探索範囲を広げたり、探索内容を多くしたりして探索して、それでもし天逆毎が探知できなかった場合、その範囲にいなかったのか、精度を上げれば探知できていたのか、あとで迷うかもしれない。今はまず、とにかく天逆毎を探知することが大事だと思う」

「なるほど。して、天逆川のどの辺りを探知すればよいと思うかの」

「そうだなあ。長壁」

「はいです」

 ぼくは地図の上に鉛筆で印をつけた。

「これぐらいの範囲なら、天逆毎がいるかどうか確実にわかるか?」

「天逆毎というのは、法師さまに負けないほどの妖気を持つのですね?」

 ぼくは天子さんのほうをみた。

「そう思ってまちがいない」

「なら、その十倍の範囲でもいけるのです」

「そんなら、これならどうだ?」

 ぼくは、自分の家から十キロぐらいの位置で印をつけた。

「問題ないのです」

 ぼくは天子さんと目線を合わせ、うなずいた。

「それでは、長壁よ。頼むのじゃ」

「はいです」

 童女妖怪は、紙のついた棒きれを振り回して〈探妖〉を発動させた。

「ここにいたのです!」

 指さしたのは、県道が天逆川と交差する地点から二キロほど上流だった。

「ここか……」

 今はじめて、はっきり敵の姿を捉えたわけだ。

「とんでもない妖気なのです。しかも邪悪そのものの気配なのです。こんなやつが日本にいたとは、びっくりなのです」

「もう、天逆毎の気配は覚えたな?」

「忘れようにも忘れられないのです。夢に出てくるのです。ぶるぶる」

「じゃあ明日からは、結界内で溜石と妖怪の探知をしつつ、天逆毎の位置を探知できるかな」

「できる、と思うです」

「それから」

「何ですですか?」

「ほかの妖怪の気配は感じなかったか?」

「この川全体が、無数の小さな妖怪でいっぱいなのです」

「そう……か」

 なかば予期してた答えだ。だけど実際に聞いてみると、敵の勢力の大きさに、心が緊張する。

「まてよ。ちびっこ」

「はいです」

「村のなかの、たとえば用水路なんかには、妖気は感じなかったか。今日じゃなくて、昨日とかその前とか」

「感じたといえば感じたのですが」

「ですが?」

「この里は、というかこの結界は、もともと妖気がいっぱい詰まってるので、用水路がどうとかは、特別感じないのです」

「あ」

 そういえばそのはずだ。しかもたぶん、村のなかでも妖気の濃い場所もあれば薄い場所もあるはずだ。なにしろ千二百年分のあれこれがたまってるんだから。

「顔が引き締まってきたの」

「え?」

 天子さんが、ぼくのほうをみて、うれしそうな顔をしてる。

「天子さん、うれしそうな顔してる場合じゃないよ」

「うむ。そうであった。鈴太、転輪寺に行くぞ」

「え? これから?」

「うむ」

「隠形をかけて?」

「いや。里のみなも、ずいぶん自由に出歩いておるぞ」

「そうなんだ」


3


「和尚さん。だいぶぐあいがいいみたいですね」

「はっはっはっはっはっ。ようやく調子が戻ってきたわい」

 今日の和尚さんは、ちゃんとお坊さんの服を着て座っている。血色もいい。

「法師どの。敵の位置がわかった」

「ほう」

「鈴太。説明を」

「うん」

 ぼくは地図を広げて説明した。

「ふむふむ、ふうむ。天逆毎がそこにいるか」

 和尚さんは、右手で丸い顎をぞりぞりこすりながら地図をにらんだ。

「川のなかに棲むような妖怪ですから、しょっちゅう位置を変えてるかもしれませんけど」

「それはそうじゃろうなあ」

 和尚さんは何かを考えているようすだ。

 もしかしたら、こちらから攻めていくとしたらどうするか、頭のなかでシュミレーションしてるのかもしれない。

 だけど、できれば外に出ないで満願成就の日を迎えられれば、そのほうがいい。

「あ」

「どうしたのじゃ、鈴太」

「妖気」

「うん?」

「一昨日、水虎を倒したとき、妖気はどうなったの?」

「ああ、大量の妖気が出たのう」

「出たんだ」

「出たが、わらわが吸うた」

「ええっ?」

「おいおい」

「そ、それって大丈夫なの?」

「それが不思議なことに、邪気は感じなんだ。吸い込んでみても、気分が悪くなることはなかった。それどころか、わらわは今、体中に力があふれておるのを感じる」

「天狐よ。無茶をするでない」

「法師どの。わかったことがある」

「ほう。何じゃ」

「鈴太がおると、わらわの力は高まる」

「お! やはり、そうじゃったか?」

「え? 何のこと?」

「鉄鼠との戦いでも、神通力がよく練れたが、水虎との戦いでは、かつてないほど強い結界ができた」

「うむ」

「それは、ぼくと関係あるの?」

「ある。もともとわらわの神通力は、〈はふり〉の者を守るためのもの。今までも、わらわの力をよく引き出した〈はふり〉の者は何人もあった。じゃが、鈴太の場合は格別じゃ」

 よくわからないけど、ぼくが近くにいると、天子さんは、安定して大きな力が使えるようだ。それはうれしい話だ。

 そう知ってみると、水虎との戦いのとき、ぼくが一緒に行くことに天子さんが反対しなかった理由もわかる。あの、〈だいじょうぶのようじゃな〉という言葉の意味もわかる。

「言うまでもないが、長壁も同様じゃ」

「え?」

「長壁はおぬしに加護を与えておる。じゃから、おぬしが近くにいれば、より強く、より確かに通力が使える」

「そうだったんだ」

「ゆえに、これからの戦いで、おぬしはわらわたちと共にあらねばならぬ。よろしゅう頼むぞ」

「うん!」

「そうか、そうか。鈴太は〈(にぎ)びの鈴〉も鳴らせるしのう」

「それよ、法師どの」

「にぎびの鈴?」

「家の神前に置いてあるではないか」

「ああ! 父さんの形見の鈴」

「幣蔵は、あれを鳴らすことができなんだ。おぬしは、もう何度も鳴らしておるのう。しかもことさらに美しい音で」

「え? いや、あれは振っても奇麗な音は出さないよ。父さんは奇麗な音で鳴らしていたのに」

「なに?」

「弓彦が?」

「そこは驚くところなの?」

「あれはのう、〈はふり〉の者が、かのおかたから賜った特別な品なのじゃ」

「えっ?」

「〈和びの鈴〉というて、正しく力を引き出せば、物事をなごめ整える働きを現す」

「そう……なんだ」

「もちろん門外不出の品じゃ」

「それを弓彦が持っておったということは、幣蔵が貸し与えたのじゃろうなあ」

「げ。ほんとは持って出ちゃいけなかったんだ」

「相談されれば断固反対したじゃろうなあ」

「わらわも、とてもうなずくことはできなんだ」

「じゃから、内緒で弓彦に持たせたのじゃろう」

「今にして思えば、それもおはからいであり、お導きであったのじゃろうなあ」

「そうよ。それにしても法師どの。弓彦があの鈴を鳴らせたとは、驚きじゃ」

「ううむ。確かに」

「あの。それで、ぼくがあの鈴を鳴らしたというのは?」

「あの鈴は、振って鳴らす鈴ではない。祈りによって鳴らすのじゃ」

「祈り? ぼくは鈴に祈ったことなんてないよ」

「おぬしが山口を案じて人間に戻るよう祈ったとき、鈴は鳴った」

「……あ!」

「おぬしが佐々成三のことを案じて池袋駅の地下を歩いておるとき、尋ね人の貼り紙を通り過ぎようとしたとき、鈴は鳴った」

 そういえば、あのときは、鈴が鳴ったような気がして、そのおかげで貼り紙に気づいたんだった。

「野枝の腹の腫れ物から、まさにあやかしが生じようとしたときも、鈴が鳴った。そして無垢な赤子が生まれ落ちた」

「そういえば、そうだった」

「金霊が裏から表に変じたときも、鈴が鳴った」

「うん」

「水虎の死を悲しんでおるときも、鈴が鳴った。そして白い毛玉が残った」

「……うん」

「おぬしが何かを強い気持ちで思うとき、鈴は鳴り、そこで何かが起こるのじゃ。おぬしは〈和びの鈴〉の加護を受けておる。まちがいない」

「そうだったんだ」

 なんてことだ。ぼくははじめから、弘法大師さまに、ご先祖さまに守られていたんだ。

「あれ?」

「どうかいたしたかえ?」

「池袋駅の地下で鈴が鳴って貼り紙に気がついたなんて話、天子さんに話したっけ?」

「む……」

「うわっはっはっはっはっ。それはのう、鈴太よ」

「はい」

「存外過保護ということじゃ」

「はい?」


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