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羽振村妖怪譚  作者: 支援BIS
第6話 長壁姫(おさかべひめ)
23/90

後編

8


「こ、この神社をあちしにくれるですか?」

「どうしてそういう話になる?」

「しょぼくれた、さえないガキだと思ってたですが、意外にみどころがあったですね……ああ! お社を崖から捨てるなです!」

「あれ?」

 神社の前の参道に、軽トラックが止まってる。

 境内では何人かの男の人が作業をしている。

 あ、そうか。

 昨日の片付けは今日するって言ってたっけ。

 あの軽トラは、砂袋を天逆川の堤防に運ぶためだな、きっと。

「おお、大師堂さんか! 昨日はどうも」

「こんにちは」

「こんにちは」

「ちわっす」

「さっき、天子さんと和尚さんが来て、あんたが来たら、転輪寺に来るように伝えてくれ、ちゅうことじゃった」

「あ、そうですか。ありがとうございます」

 童女妖怪は、じっと神社をみている。

「むうう。これは、だめなのです」

「何がだめだって?」

「この神社は、すごく立派で、あちしの住まいにふさわしいですが、先客がいるです。しかもなんだかまがまがしい先客なのです」

「ほう。そういうのはわかるんだな」

「もっと褒めるです。あちしは褒められれば褒められるほど力を出す子なのです」

「はいはい」

「大師堂さん。若いのに、独り言の癖があるんか」

「いえ、何でもないです。それじゃ」

 急いでその場を立ち去って、転輪寺に向かった。


9


 転輪寺に着いたけど、和尚さんも天子さんもみあたらない。

 広いお寺だし、裏の庭のほうにいたら、みつからなくても無理はない。

 和尚さんの部屋で待つことにした。

 童女妖怪が、お社を持って行けとうるさいので、廊下に置いてある。

「軽いお社だな」

「軽石でできてるです」

「貧相だな」

「むかっ。その言いぐさは許せないです。あちしを誰だと思ってるですか?」

「いや、知らん」

「あちしこそは、長壁姫(おさかべひめ)なるぞ」

「ますます知らん」

「〈刑部〉と書く人もいるけど、それはまちがいなのです」

「そんなまちがい情報は、いらん。というか、口でいわれても字がわからん」

「〈白狐(びゃっこ)〉として長年功徳を積み、〈錦狐(きんこ)〉、すなわち(にしき)の狐となり、まもなく齢千年に達して天狐に上ろうかという、たぶん今、日本で一番偉い狐の精霊なのですよ! ひれ伏してうやまうがよいのです!」

「錦狐じゃと?」

「あ、天子さん。それに和尚」

 二人が急に現れた。どこにいたんだろう。

「妙な気配が一緒だったので、わらわが隠形の術を使ったのじゃ」

 また心の声に答えてくれましたね。

「ところで小さき狐の姫よ、錦狐とは何じゃ」

「おお、よくぞ訊いてくれたです。白狐というのは、神様がたの命にしたがい、人々に功徳をほどこす、ごくごく上位の立派な狐をいうですが、白狐として五百年以上修行を積むと、錦狐、つまり錦の輝きに包まれた狐の精霊となるです」

「ほう」

「錦狐の位階は高いです。地上に顕現しているあらゆる神霊がひれ伏すほど高いです!」

「それは知らなんだ」

「ふふ。田舎者の妖怪は知るわけもないことなのです。……ん?」

「どうしたのじゃ?」

「お姉さん。……もしかして、狐なのです?」

「いかにも」

「しかも意外と、年経てたりします?」

「まあ、そこそこじゃな」

 このとき、天子さんが目をみひらいた。

 体がやわらかく光を放つ。

 風もないのに長い黒髪がさわさわと揺れる。

 目は金色に輝き。

 耳はぴんと伸びて黒髪から突き出した。

 妖力というか神気というか、何かの力が天子さんからあふれ出している。

 ちびっこ姫はとみれば、いない。

 いた。

 三メートルほど後ろに下がって土下座している。

「てててててててて、てんこ、天狐さま」

「うむ」

「ててて、天狐さまとは露知らず、ご無礼いたしましたです」

「うむ。それはよい。それより、錦狐というのははじめて知った」

「はったりでございましたです」

「なに?」

「そんなのがあったらいいなあ、と思ったのです」

「ああ、口から出まかせか」

「そうともいうです」

「もうすぐ天狐になるのか?」

「すいませんです。ごめんなさいです。ちょっと三百三十年ほどサバ読みましたです」

「そうか。それにしても、千歳になれば天狐になれるというものでもないぞえ」

「はい。重々承知しております。なれたらいいなあ、と思ったまででございますです」

「ばっはっはっはっはっはっはっはっ」

 黙って聞いてた和尚さんが爆笑してる。

「ふふ。……まてよ」

「は、何でございましょう」

「そなた、長壁姫と名乗らなんだか?」

「名乗りましてございますです」

「姫路の長壁か?」

「は、はいっ。さようでございますです」

 そのとき、ぼくのおなかが、ぐうっと鳴った。

「和尚さん、天子さん。取りあえず、食事にしない?」

 お湯を沸かし直して、それぞれ好きなカップ麺を選んで、お湯をそそいだ。

「がきんちょ。ほんとにカップ麺いらないのか?」

「がきんちょではないです! 長壁姫さまと呼ぶです! あちしくらい霊格の高い狐になると、朝夕の霧を吸うだけで生きてゆけるですよ。人間の食い物なんか……」

 ぼくがカップ麺に入れるために、油揚げの封を切ると、童女妖怪の視線が、油揚げにくぎ付けになった。

「欲しいのか?」

「ほ、欲しくなんて……あ」

 油揚げを麺の上に載せて封をすると、童女妖怪が悲しそうな顔をした。

 そのあとも、じっと同じカップ麺のほうをみている。

 そろそろ頃合いかとふたを開けると、童女妖怪の顔が期待に輝く。

 箸で油揚げをつまんで持ち上げると、目をらんらんと輝かせ、前のめりになっている。

 油揚げを持ち上げたままカップ麺を右に動かすと、童女妖怪の首も右に動く。

 油揚げを持ち上げたままカップ麺を左に動かすと、童女妖怪の首も左に動く。

 ぼくは、カップ麺を顔の前に引き寄せ、油揚げにかじりつこうと、口を開けた。

 童女妖怪も口を開け、だらだらとよだれを垂らしている。

「鈴太。遊ぶのはそのくらいにしてやれ」

「ほーい。おい、がきんちょ。これ、やるよ」

 ぼくはカップ麺に箸を載せて、童女妖怪に差し出した。

「ほ、ほどこしは受けないです。でも、お供え物は受け取るです。たとえ貧相なインスタント食品であっても、氏子の真心のこもったお供え物は、喜んで受け取るで……」

 ごたくがうるさいので、ぼくはカップ麺を引っ込めようとした。

 だがそれより早く、童女妖怪は稲妻のような速さでカップ麺を奪い取っていた。

「ああ、なんという、この油揚げの照りとつやですか」

 かぷり。

「おお! 驚くべきジューシーさ。あふれる甘さとこく。これがインスタント食品とは信じられないです」

「うっさい。黙って食え」

「ふふふ」

「天子さん。何がおかしいですか」

「わしは、もう一個もらうぞ」

 和尚さんが、がさごそとビニール袋をあさっている。

「あ、はい。どうぞ」

「今度はこっちの焼きそばがいいのう」

「ぼくは生麺タイプにしようっと」

 ほんとに生麺だった。インスタントだとは思えなかったよ。


10


 食後のお茶タイムも終わり、いよいよ相談事の時間だ。

 和尚さんは、あぐらをかいて、腕を組んだまま、目を閉じている。寝てるの?

「長壁姫よ」

「はいです」

「たしかそなたは、〈お告げ〉系の能力を持っておるのではなかったか?」

「はい。〈天告〉が使えるです」

「なに! 〈天告〉じゃと?」

「天子さん、どうしたの」

「鈴太よ、〈天告〉というのは、神威を通じて真実を導き出すわざじゃ。知り得ることに限界がない」

「何のこと?」

「何でもわかる能力なのじゃ。例えば、この里にあだをなそうとしておる敵の名が知りたいと願えば、たちどころに敵の名を教えてくれる」

「ええっ? それ、むちゃくちゃ強力な力じゃないか」

「そうじゃ。〈お告げ〉系の能力のなかで最上級の能力じゃ。それゆえ、制限も厳しい場合が多い。長壁よ」

「はいです」

「そなたの〈天告〉の制限を教えてくれぬか」

「はい。まず、一年に一度しか使えませんです」

「なるほど。一年の起点はどこか」

「昼が最も短い日でございますです」

「承知した。ほかには?」

「あちしが加護を与える人間を定め、その人間が質問したことにしか〈天告〉は発動いたしませんです」

「ふむ。そなた、今、加護を与えておる人間はあるのかえ?」

「ございませんですです」

「この一年以内に〈天告〉を使うたことはあるか?」

「ございませんです」

「そうか」

「ほかには」

 え?

 誰の声だ?

 と思ったら、和尚さんの声だった。

 いつのまにか、目を薄く開けている。

 天子さんも、童女妖怪も、びっくりして和尚さんのほうを向いている。

「〈天告〉のほかには能力はないのか」

「なんですか。このでかぶつ肥満じじいは。この錦狐の長壁姫さまに向かって、その……」

 あ、その設定、まだ続いてたんだ。

 童女妖怪のセリフが止まったなと思ったら、和尚さんが目をかっとみひらいている。

 小さいけれど力のある目。

 垂れかかる眉毛。

 ふっくらとしているけれど、どこか精悍さを感じさせる巨体。

 ああ、そうか!

 達磨大師だ。

 和尚さんは、達磨大師に似てるんだ。

 気がつけば、童女妖怪が土下座していた。

「し、失礼いたしました! このような強大な法力をお持ちとは! さぞかし名のある大妖怪さまでございますです」

「よいから答えよ。ほかに能力はないのか」

「は、はいぃぃぃ。〈探妖〉が使えますです」

「なにっ」

 天子さんが驚いてる。〈たんよう〉って何ですかね?

「〈探妖〉とは、妖気あるものを探知する能力じゃ」

 あ、心の声にお答えくださり、ありがとうございます。

「長壁よ、〈探妖〉を使うには、何か制限はあるのか?」

「一日一回しか使えませんです。それと、探査対象を明確に設定したほうが、正確な探索が行えます。ほかには制限のようなものはありませんでございますです」

「では、今すぐ〈探妖〉を使ってはくれぬか」

「はいです。おもに何を探しますですか?」

「まず、この里の結界のなかに溜石(たまりいし)がありはせぬか、それを知りたい。そのほか、あやかしがいれば、それも知りたい」

「はい。それだけでございますですか?」

「今はそれだけで充分じゃ」

「それにしても、溜石とはまた、レアなチョイスでございますです」

「そうか?」

「あちしは六百七十年生きておりますですが、溜石を探知できたことなんて、たった三回しかありませんです」

「そうであろうなあ。じゃが、頼む」

「かしこまりましたです」

 童女妖怪は、どこから出したのか、ひらひらする紙のついた棒を取り出して、顔の前で左右に振った。

 そして、うんうんうなっている。

 あ、動作がとまった。ぐったりしてる。

「わかったです。……でも」

「でも、何じゃ?」

「これはおかしいのです。何かのまちがいです」

「何がおかしいのじゃ?」

「この結界のなかに、溜石が十二個もあるです」


「第6話 長壁姫おさかべひめ」完/次回「第7話 金霊かねだま

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