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羽振村妖怪譚  作者: 支援BIS
第6話 長壁姫(おさかべひめ)
22/90

中編2

5


 この家だったんだ。

 この家が、ひでり神さまの住まいだったんだ。

 こじゃれていて奇麗な家だけど、どんな人が住んでるのかなあ、と気にはなっていたんだ。

 そうか、ここがひでり神さまの家なのか。

 それはいいんだけど。

「なんで二人とも後ろにいるの?」

「うむ。わしらは脇役じゃからな」

「鈴太のあとに従うまでじゃ」

「いやいや。こんな十八歳の若造を前に立てちゃだめでしょ」

「そんなことはない。のう、法師どの」

「うむ。なんといっても〈はふり〉の家の当主なんじゃからなあ」

 二人とも、前に出ようとしない。

 しかたないなあ。

 それにしても、こぢんまりしてるけど、新しくて、いい家だよね。

 屋根に載ってる、とっても大きなソーラーパネルが印象的だ。

 玄関ブザーを、ぽちっとね。

 ピンポーン。ピンポーン。

「…………」

「…………」

「…………」

 もう一回、押してみよう。

 ぽちっ、とね。

 ピンポーン。ピンポーン。

「…………」

「…………」

「…………」

 返事がない。

 ドアノブに手をかけて……。

 あ、回った。鍵がかかってない。

「おじゃましまーす」

 ドアを少し開けて、なかに声をかけた。

「ようお越し」

 返事があるとは思ってなかったので、とってもびっくりした。

「どうした。入ってくるがええ。どなたじゃな」

「あの。羽振鈴太です」

「なに。おお、これはこれは。ようこそおみえじゃ。さあさあ、お入りなされ」

 ぼくはドアを押し開けて、玄関に入った。

「おやおや。これはお珍しい。法師どのに、天狐どの」

「おじゃま申し上げる」

「失礼いたしまする」

 二人とも、妙に神妙だね。

 ひでり神さまは、パジャマを着てる。なんでイチゴ柄なの?


6


「新しくて奇麗な家ですね」

「ほほほ。みな、〈はふり〉の者のおかげじゃ。幣蔵どのは何かと気を遣うてくれて、行き届いて世話してくだされた」

 あ、そうだったんだ。

 そういえば、おじいちゃん、大金持ちだったね。ひでり神さまのお世話はして当然かもしれない。

「すごく立派なソーラーパネルですね」

「ほほほ。あれは、格別のお気に入りでなあ。日の光がこのように役に立つとは。まことにけっこうな機械じゃ。……うっ。ごほっ、ごほっ」

「あ、だいじょうぶですか?」

「……ああ。ご心配をおかけするなあ。だいじょうぶじゃ。いつものことでなあ」

「ご体調がよくないんですね」

「ああ。最近、どうもなあ」

「そのことで、おわびしなくてはならないことがあります」

「ほう? 〈はふり〉の新当主が、わしに、わびとな?」

「はい。十四年、あるいは十五年前、ぼくは地守神社の祭壇の護符を、里の外に持ち出してしまったんです」

「……そのころ、あなたは何歳じゃった?」

「四歳か五歳です」

「その年齢では、自分で考えてのことではあるまい」

「母さんと二人で、この村に帰ってきたみたいなんです」

「ほう」

「母さんは、誰かに暗示をかけられたのではないか、と和尚さんと天子さんは推測しています」

「それでわかった。十数年前から、心がひどくざわついてなあ。ざわつく心を抑えようとするのじゃが、これがなかなか力のいる仕事で、そのころから体調が悪くなってしもうたのじゃが。そうか、護符が失われておったのか」

「つい先ほど、そのことに気づいたんです。そして護符は、母さんの遺品のなかにありました」

「遺品? 鶴枝どのは……」

「亡くなりました。四年前のことです。父も一緒に亡くなりました」

「なんと。なんとのう。まだお若かったのに」

「護符は、つい先ほど、祭壇に戻しました」

「ああ、そうじゃろうなあ。急に体がらくになったんでなあ」

「お疲れのことでしょうから、単刀直入に申し上げます」

「うん。わざわざのお越しじゃ。何の要件かなあ」

「あなたの行が成就するよう、ぼくも、和尚さんも、天子さんも、全力で支えます。そのために教えていただきたいことがあるんです」

「何なりと。わしの答えられることなら」

「あと何日で、あるいはあと何個で、満願成就となるんでしょうか」

「……さあなあ。わしは最初から数など数えておらなんだ。じゃから、今何個積んであるのかは知らないのじゃ」

「そうですか」

「じゃが、満願は近い」

「え」

「はじめは骨ヶ原に降りるのは、大変な苦しみじゃった。死者の救われぬ魂が、わしを責め立てた。じゃが、石を運び続け、積み上げ続けてゆくうちに、次第に苦しみはひいてゆき、骨ヶ原は……わしに優しい場所になった」

「そう、なんですか」

「あと何個なのか、数はわからんが、あと少しであるのはまちがいない。そもそも、長い年月、大きな天災でもないかぎり、積み石を休んだことはない。ここ十数年のことなのじゃ。体調が悪くて朝動けない日が続いたのは」

「わかりました。ありがとうございます。次に、今から百数十年前から、何者かが結界のなかの妖気を吸い取っているように思われるんです。その何者かがぼくの母さんに暗示をかけたんじゃないかと考えています。そういう敵に、お心当たりはありませんか」

「……敵、か。わしのことを恨む者は多いじゃろうが、しかし、今になって現れるような敵となると……。さて、思いつかんなあ」

「そうですか。お訊きしたいことは、その二つでした。何かお困りのことや、お助けできることはありませんか」

「お言葉に甘えて申すが、人参茶を少しいただけるとありがたい」

「人参茶ですね。すぐに持ってきます」

「ありがとうなあ」

「ほかにご入り用のものはありませんか」

「それだけじゃ」

「うちの電話番号はご存じですね?」

「短縮ダイヤルを登録してくれとる」

「何かあれば、いつでも遠慮なくご連絡ください。真夜中でもけっこうです」

「世話になるなあ。あなたもやさしい顔をしておる。〈はふり〉の者は、みなそうじゃ。ごふっ。ごふっ」

「あ、だいじょうぶですか?」

「うむ。ごふっ。ごふっ。すまんがベッドに戻らせてもらうなあ」

「お食事は、ちゃんととっておられますか?」

「茶は飲むが、食事はせんのじゃ。日の光がわしの主食じゃ。ほほほ」


7


「結局、二人とも、何にも会話に参加しませんでしたね」

「いやいや、あの神気に圧倒されるばかりで」

「鈴太はようも平気であったなあ」

「神気?」

「感じなかったのか。あれほど濃密な神気を」

「ひでり神さまが、やわらかい光に包まれているような感じはしましたが、圧力のようなものは特に感じなかったです」

「わしらはもともとが妖怪じゃからなあ。ひでり神さまは、もともとは天界の神族。下界で長くお暮らしではあるが、ああ近くに寄ると、焼けてしまうような気がする」

「わらわは、強い熱と光を感じた。まぶしくてお顔はよくみえなんだ」

「へえ。そうなんだ。さて、ぼくは自転車で店に帰って、高麗人参茶を持って来ます。そのあとで、これからのことを話し合いましょう。どこに集合しますか?」

「転輪寺か、乾物屋じゃろうな」

「ここからなら、乾物屋のほうが近いが、あそこは人が来る」

「そうか。内密の話には向かぬか。しかし転輪寺にも人が来るぞ」

「ならば、地守神社ならどうじゃな」

「ああ、それがよいのう」

「あ、そういえば、訊きたいんですけど、どうしてこんなに遠いんですか?」

「何がじゃ」

「ひでり神さまの家が、どうしてこんなに地守神社から遠いんですか? 神社の隣に、あるいは神社の敷地内に住んでれば、労力が少なくてすむのに。もう満願になってますよ」

「いや。この場所は、かのおかたがお決めになったんじゃ」

「その通り。この場所から、ある決まった歩法で、ある決まった順路で神社に向かうのじゃ。その道中に意味があるのじゃ」

「へえ? そうなんですか。じゃあ、あとで地守神社でお会いしましょう」

 ぼくは自転車に乗って乾物屋に帰り、高麗人参茶の三個入りケースを三つ紙袋に入れた。

 ぐう〜〜〜う〜〜ぅ〜〜。

 盛大におなかが鳴った。

 そういえば、もうお昼過ぎなのに、昼ご飯を食べてない。

 急いで湯を沸かすとポットに入れ、カップ麺を六個ほどビニール袋に包んだ。

 荷物を自転車に入れて出発した。

 ひでり神さまの家に行くと、奧のほうから、玄関先に置いておいてくれと言われたので、その通りにして家を出た。

 さあ神社に行こう、とぼくは再び自転車に乗った。

 そんなぼくを呼び止めた人がいる。

「おお、大師堂。自転車かあ。ちょうどよかったわい。これを松谷さんに持って行ってくれんかあ」

 照さんに頼まれた。

 松谷さんというのは、バスの運転手さんだ。

 もうすぐ、最寄りの地方都市行きの昼便が出発する。その前に届けろということなんだろう。荷物のなかみはわかってる。川海老の佃煮だ。これがおいしいんだ。ぼくも数日前にもらったばかりだ。独身の松谷さんへの心尽くしだ。

 バス停は神社とは反対方向だけど、これは断れない。遠いといっても、狭い村のなかのことだしね。

「うん、いいよ」

「ありがとうなあ」

 自転車の前籠には、ポットを入れた紙袋と、カップ麺を入れたビニール袋が載っている。そのビニール袋の上に、預かった佃煮をちょこんと載せて、ぼくは自転車を走らせた。

 バス停に着くと、ちょうどバスが出発しようとするところだった。

「松谷さーん。松谷さあーーーん」

「おや、鈴太くん。どうしたんだい。そんなにあわてて」

「これ、照さんから差し入れ」

「お! 川海老の佃煮かあ。絶品なんだよね、これ」

「そうですよね。ぼくも大好きです」

「こんなうまいのは、ちょっと売ってないね。そうか、これを届けるために急いでたのか。ありがとう。じゃあ、出発するね」

「はい。ご苦労さまです」

「ばいばーい」

 バスをみおくったぼくは、停留所の看板の横をみないようにして、自転車の向きを変えた。

「おい」

 聞こえない。

 何も聞こえない。

「ちょっと待つです、人間。お前、あちしがみえてるですね」

 さてと、何もないな。

「わざとあちしを視界に入れないようにしてるですね。そのわざとらしい動きは、あちしがみえてる証拠です」

 バス停の看板の左側にはベンチがある。右側には、なぜか大きな石が置いてある。その石の上にちょこんと腰掛けてる女の子がいる。

 そこまでは、べつにおかしなことじゃない。

 おかしいのは、その女の子の服装だ。

 十二単(じゅうにひとえ)というんだっけ?

 百人一首に出演してる女の人が着てるような服だ。

 そして、地面につくんじゃないかと思うような長髪。

 ところが身長はといえば、ぼくの膝上ぐらいまでしかない。

 まちがいない。

 こいつは、関わってはならない相手だ。

 さて、ペダルをこいで、と。

 うわっ。

「こらっ。危ないだろっ! タイヤに抱きつくなよ!」

「やっぱりみえてるです! あちしがみえてるです!」

 ぼくは自転車から降りてスタンドを立て、女の子の両腕を前部タイヤから引きはがし、女の子を石の上にちょこんと載せた。そして自転車にまたがった。

「こらーーーっ。何事もなかったように出発しようとするなです!」

 そんな声は聞こえない。

 聞こえないったら聞こえない。

 自転車をこぐ。

 心地よいかぜが頬に当たる。

「いい天気だなあ」

「ぁぁぁぁぁぁっ」

 かすかに悲鳴のような声が聞こえた。

 あんまり悲しい響きだったので、つい後ろを振り返ってしまった。

 そこには、地面に両膝と片手を突き、片手をぼくのほうに差し出してふるふると震えながら、飼い主に捨てられて絶望したヨークシャーテリアみたいな顔で、ぼろぼろ涙をこぼしている、小さな女の子がいた。

 ぼくは両手でブレーキをかけると、ひとつため息をついてから、自転車の向きを変えて、バス停に戻った。

「やった。やっぱり泣き落としに弱いやつだったですね! ああ! 行くな! 行かないでなのですっ」

「お前、こんなとこで何してんだ?」

「あちしは日本中を旅してるですよ」

「じゃあ、早く次の観光地に行け。じゃあな」

「ちょ、ちょっと待つです! お前、聞こえてるですか?」

「何が?」

「声です。あちしの声です」

 しまった。

 この声は、聞こえてないことにできてたはずだったのか。

 今からじゃ遅いよなあ。

「ちっ」

「舌打ち? 舌打ちしたですね?」

「うるさいな。それでぼくに何か用か?」

「あ、あちしを運ぶです」

「何だって?」

「あちしを連れて行くです」

「お前みたいなのを連れて、どこに行けと?」

「できれば雨風のしのげる場所がいいです」

「埋めてやろうか?」

「地面の下は、もうこりごりなのです」

 すでにやったやつがいるようだ。

 その気持はわかる、と思った。

「運ぶのは、あちしではなく、あちしのお社なのです」

「お社?」

「これなのです」

 そういえば、ベンチの横に二十センチぐらいの石が置いてあるんだが、お社のような形にみえなくもない。

「おい、大師堂。何、独り言をしゃべってるんでい」

 すごくドスの利いた声で話しかけられた。

 鳥居、じゃなくて佐々耀蔵さんだ。そういえば、ここは耀蔵さんの家の前だった。

「あ、いや。こんにちは」

「おう」

 親の仇をみるような目つきでにらまないでください、お願いだから。

 わかってます。地顔なんですよね。

「この石、いつからあるんですか?」

「ああん、この石か? 昨日、松谷がバスから降ろしてたなあ」

 あなた、いつもバス停を見張ってるんですか?

「ちょっと調べたいことがあるんで、持って行ってもいいですか?」

「べつに俺に断る必要はねえよ。そんな石、持って行きたきゃ持って行きゃいい。俺だって……いや、何でもねえ」

「ありがとうございますです」

 童女妖怪が盛んにぼくを拝んでる。

 だけどぼくは、情にほだされたわけじゃない。

 あることを思いついたんだ。

 このままこいつを地守神社に連れていけば、和尚さんと天子さんがいる。

 悪い妖怪だったら、和尚さんに退治してもらおう。


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