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羽振村妖怪譚  作者: 支援BIS
第3話 ぶらり火
11/90

後編

14


 翌日、ぼくは転輪寺に呼び出された。

 なんと、これから成三さんの法要があるっていうんだ。

 昨日帰ったときは時間が遅かったので、今朝、耀蔵さんは成三さんのご遺骨を持って転輪寺に行った。未成さんも、成子さんも、達成さんも一緒だ。成仏するように法要をやってくれと頼んだところ、いつがいいかという話になった。

「今日じゃ、だめですか。うちの子たちも孫たちも、今日なら全員いるんですけど。大学に行ってる末娘もたまたま帰ってるし」

 そう未成さんが言ったそうだ。そういえば、今日は日曜日だ。家族が家にいる可能性は高い。そして、どこの家族も今日なら全員そろうという。今日がいいという話になり、和尚さんもそれでいいと返事したので、急遽法要が行われることになり、今、親族一同に声をかけてる最中だということだった。

 いや、ぼくは親族じゃないんですけど。

「天子さん。こういうときは、お香典をさせてもらったらいいのかな。それともご霊前? ご仏前?」

「何も持っていかんでよいと思うぞ」

「そういうわけにはいかないでしょ」

「おぬし。妙なところで律義じゃな。幣蔵に似ておる」

「え?」

 結局、ご霊前と表書きした金封に一万円を入れて持っていった。

 店にあった金封だ。こういうとき、支払いはどうなるんだろう。

 受付がなかったので、ご焼香のとき、仏前にそっとお供えした。

 意外に大勢の人がいた。そりゃそうだ。耀蔵さんは一人暮らしだけど、足川家も駒田家も新居家も、家族全員が列席してる。特に足川家は、こどもが六人と孫が十二人いた。ご主人の弟さんという人も二人来てた。

 法要の途中で、びっくりすることが起きた。

 お経をあげてる持言和尚さんの前方上空に、ぽわんとぶらり火が浮かんだんだ。

 成三さんだ。

 ふしぎなことに、ぶらり火は、怒っているように感じた。

 しばらくみてたけど、やっぱり怒ってる。

 しかも、その怒りは段々強まってる。

 ぼくは思わず、心のなかでぶらり火に話しかけた。

(成三さん。もしかして、怒ってませんか)

(怒っている。オレは怒っている)

(どうして怒ってるんです? みつけてほしかったんでしょ?)

(そうだ。オレはオレをみつけてほしかった)

(なら、みつけてもらったんだから、よかったじゃないですか)

(そうだ。よかった。でも、よくない)

(何がよくないんですか?)

(オレはほうっておかれた。長いあいだ。オレは長いあいだほうっておかれた)

(ほうってたんじゃありませんよ。みんな心配してたんです)

(心配してた?)

(そうですよ。お父さんの耀蔵さんも、叔母さんの未成さんも、お姉さんの成子さんも、弟さんの達成さんも、みんなみんな心配してたんですよ)

(未成叔母さんや、姉さんや達成が、心配してた?)

(みんな、ずっと成三さんのことを心にかけてたんですよ)

(それなら、どうして迎えに来てくれなかった。オレを冷たい場所にほうっておいた)

(行ったじゃないですか。知らせがいったらすぐに駆け付けたじゃないですか。すべてを放り出して、成三さんを迎えにいったじゃないですか!)

(すべてを放り出して、オレを迎えに来た?)

(そうですよ)

(……なら、どうして、みんな幸せそうなんだ?)

(えっ?)

(オレは死んでしまったのに。オレは冷たくなったのに。どうしてみんなは幸せそうなんだ)

(幸せでいいじゃないですか)

(なにい?)

(成三さんは、小さいとき、未成さんに幸せにしてもらったんじゃないんですか?)

(未成叔母さんに、オレが?)

(未成さんとの思い出があるんじゃないんですか?)

(思い出? ……ああ、そういえば、よく歌を歌ってくれたなあ)

(歌を歌ってくれたんですか? 未成さんに歌を歌ってもらったんですか?)

(叔母さんは、とっても歌がうまいんだ。いい声をしてるんだ)

(いい声ってどんな声なんですか)

(つややかで、なめらかで、りきまないけど存在感のある、素晴らしいアルトなんだ)

(歌がお上手だったんですね)

(関西二期会の正会員だった)

(プロか!)

(そういえば、オレは叔母さんの歌を聞いて音楽が好きになり、ペットを始めたんだった)

(いい叔母さんだったんですね)

(自慢の叔母だ)

(成子さんはどうなんですか? 達成さんはどうなんですか? いい思い出があるんじゃないんですか?)

(もちろんだ。もちろん、いい思い出がある。いい思い出ばっかりだ)

(なら、未成さんや、成子さんや、達成さんが幸せになったら、成三さんも幸せですよね?)

(オレが、幸せ?)

(成三さんを幸せにしてくれた人が幸せになれたら、成三さんも幸せに決まってるじゃないですか)

(そうか。決まってるのか。オレは、幸せなのか)

(そうですよ。幸せな人生だったんですよ)

(そうなのか。オレの人生は幸せだったのか)

(ええ)

(なら、オレはもう消えていいのか?)

(ええ。……いや! まだだめです。まだすることがあります)

(何を、オレは何をすればいい?)

(お礼を言わなくちゃ)

(お礼?)

(ありがとう、ってお礼を言うんです。オレを幸せにしてくれてありがとうって)

(ありがとうって言うのか。誰に?)

(未成さんに。成子さんに。達成さんに。そしてお父さんに)

(おやじ? おやじに礼を言うのか? オレが)

(そうです。お父さんをみてごらんなさい)

(おやじを? おやじの何をみる?)

(うなだれているでしょう。がっくりしているでしょう。あなたが死んで、残念で残念でたまらないんです。そんなお父さんをそのままにして、あなたは消えてしまうつもりですか?)

(おやじをそのままに? うなだれたままに? いや、だめだ。そんなのはおやじじゃない)

(だったら、言うんです)

(何を? オレは何を言えばいい?)

(ありがとう。おれはおやじの息子に生まれて幸せだった。ありがとう。そう言うんです)

(そう言えばいいんだな?)

(はい)

(そうか。そうする。お前もありがとうな)

(どういたしまして)

 強く燃えていたぶらり火は、やさしい色の炎になって、そしてふわりと消えた。


15


 翌日、足川未成さんが訪ねてきた。足のぐあいは、だいぶいいみたいだ。

「昨日は、ほんとうにありがとう。いえ、昨日だけじゃない。今回のことでは、あなたにはどんなに感謝しても感謝しきれない。ありがとうござました」

「いや、そんな。頭を上げてください」

「これからますます、この店をひいきにするわ」

「毎度ありがとうございます」

「あら、ふふ。ところで、あなた」

「はい?」

「みえてたんでしょう?」

「何がですか?」

「火の玉、みえていたんでしょう?」

「えっ」

「何か、話してたわよね?」

「いえ、あの」

「話してたでしょう。けっこう長いあいだ」

「は、はあ」

「そのあと、火の玉は、やさしい色になって、そして消えた」

「き、消えたんですか」

「消えたわよね」

「消えましたね」

「何を話してたの?」

「いや、それは」

「教えてくれるわね」

 結局ごまかしきることができず、ぼくは正直に成三さんとのやりとりを伝えた。

 そのあとが大変だった。

 いきなり店先で号泣しはじめちゃったんだよ!

 通行人の白い視線がぼくに突き刺さること、突き刺さること。痛い、痛いってば。もう、どうしていいかわからない。

 でも、しばらくすると落ち着いて、ぼくが差し出したティッシュボックスから、次々ティッシュを抜いては鼻をかみながら、教えてくれたんだ。

 あの夜、成三さんが、夢に現れたんだそうだ。笑顔で。

「叔母さん、歌を歌ってくれてありがとう、オレを幸せにしてくれてありがとう」

 そう言って、トランペットで得意な曲を一曲演奏して、そして手を振って消えたんだそうだ。

 成三さんて人、意外と義理堅いな、と思った。


16


 その二日後、今度はなんと佐々耀蔵さんが来た。

大師堂(たいしどう)、世話になった。この通りだ」

「い、いや、そんな。頭を上げてください」

「未成の次男を養子にもらうことになった。それに佐々家を継がせる」

「あっ、そうなんですね。おめでとうございます」

「ふん。めでたくもねえけどな。まあ、それだけ伝えとく。和尚にもよろしく言っといてくれ」

「はい」

 耀蔵さんは立ち去りかけて立ち止まり、顔だけ振り返って、何かを言いかけた。

「あの晩な」

「はい?」

「夢に……いや。何でもねえ」

 そして結局続きは言わないまま帰っていった。

 それにしても、〈大師堂〉って、いったい何なんだろう?

「大師堂というのは、羽振家の屋号じゃな」

「あ、天子さん。ぼくの心を読んだの? やごう、って何?」

「屋根のやに、号令のごうで、屋号。家のニックネームじゃな」

「へえ?」

「この里の古くからの家には屋号がある。名乗れるのは本家だけじゃがのう」

「そうなんだ。じゃあ、屋号でぼくを呼んだんだ」

「そういうことじゃ」

「どうして名前でなく屋号で呼んだんだろう?」

「一つには、おぬしを羽振家の当主と認めたということじゃ。もう一つには、敬意を表したのじゃな」

「敬意?」

「佐々家の屋号は〈南廼家(みなみのや)〉という。南側の家じゃな。この村のしきたりでは、屋号は〈堂〉が一番格上で、〈屋〉がその次、〈家〉がその次となっておる。お前を〈大師堂〉と呼んだのは、格上の家の当主として扱うたわけで、あの男の精いっぱいの敬意の表現なのじゃ」

「ふうん?」

「よくわかっておらんようじゃの」

「うん。でも、佐々さんの機嫌が悪くないのはわかるよ」

「それがわかっておればよい」


17


「法師どの。いや、このたびは驚かされた」

「ほう? それだけ長生きして、まだ驚くことがあるんか」

「法師どののほうが、少し年上であろうに。鈴太について東京に行ったのじゃ」

「やっぱりか。そうじゃないかとは思っとった」

「四日ばかり成三を探して歩き回り見つからず、通りがかったところに手がかりがあった。じゃが鈴太はそれに気づかず、通り過ぎるところじゃった」

「ふむふむ」

「そのとき、鈴が鳴ったのじゃ」

「鈴? 〈(にぎ)びの鈴〉か?」

「そうじゃ。かのおかたの鈴じゃ」

「かのおかたの鈴を、東京に持って行ったのか?」

「いや。鈴はこの里に置いたままじゃ」

「なんとのう」

「しかも、鈴太のほうで働きかけたのではないのに鳴った。鈴のほうが勝手に鳴ったのじゃ」

「ということは守護霊の働きか」

「あるいは、鈴太の霊力がよほど高く、鈴が強く感応しておるからかもしれぬ」

「これは、いよいよ本物じゃなあ」

「本物じゃ」

「ならば、この里の秘密を教えるか」

「教えてよいと思う。が、今少しようすをみる」

「そうか」

「そうじゃ」

「こちらも鈴太には驚かされた」

「ほう。言うてみよ」

「成三の法事をやった。まあ事実上葬儀みたいなものじゃ」

「知っておる」

「読経の最中、ぶらり火が現れおった」

「なに? 転輪寺にか? しかも法師どのの目の前に?」

「そういうことじゃ。かなり力を持ったぶらり火じゃった。しかも悪念にとらわれかけておった」

「そうなってしもうたか。ならば法師どのが祓うたか」

「いや。鈴太が言い聞かせた」

「は?」

「言葉で道理を説いて聞かせ、荒御霊となりかけておったぶらり火に、お前は幸せなのだと納得させた」

「言葉だけでか? そんなばかな」

「そして、消える前に、叔母と妹と弟と父に、自分を幸せにしてくれてありがとうと礼を言え、と説き聞かせた」

「……まことの話か?」

「あんなのははじめてみたわい。鈴太は、格別の力は何も持ち合わせておらんし、あやかしを調伏するわざも学んでおらん。じゃが、言葉の力であやかしを鎮めることができる」

「驚いた」

「一つ思ったことがあるんじゃ」

「言うてみよ」

「鈴太は、その気になれば、とてつもないプレーボーイになれるかもしれん」

「それは勘違いであろう」

「それにしても、あのぶらり火の妖気の強さは尋常ではなかった」

「たかがぶらり火が?」

「たたがぶらり火がじゃ」

「そのようなことが、あるものなのであろうか」

「あったのじゃ」

「するとこの前の幽谷響(やまびこ)も、やはり強い妖力を持ったまま結界を通り抜けたのかもしれぬな」

「そうかもしれぬ」

「結界の力が弱まっておるのか?」

「それはおぬしのほうが得意な方面の術じゃないか。どうなのじゃ?」

「弱まっておるようには感じぬ」

「そうじゃろうなあ。わしもじゃ。満願成就も近いというのに、いったい何が起きておるのか」

「何かが起きておる」

「こんなときに、〈はふり〉の血を引く鈴太が帰って来てくれたというのは、どういうことなのかのう」

「鈴太に多くを求めすぎるでない」

「天狐よ」

「何かな、法師どの」

「かのおかたのお徳は広大じゃ。われらは長生きはしておっても、その知恵は知れたもの」

「いうまでもない」

「起こることには意味があるのじゃ。その意味をねじ曲げてはなるまいぞ」

「聞いておこう。じゃが、鈴太の身に危難が迫るようなら、わらわはその意味とやらに逆ろうても、鈴太を守る」

「よきかな。それでこそ天狐よ」

「いつ終わるのであろうかのう」

「明日かもしれんぞ」

「明日かもしれぬ。来年かもしれぬ」

「油断するまいぞ」

「うむ。油断するまいぞ」

「おう」


「第3話 ぶらり火」完/次回「第4話 こなきじじい」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公の鈴太が気持ちのいい青年で読みやすいです。 [一言] 後編が中編よりさらに良く、うるっと来ました。
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