第1章伝説の奇術師と呼ばれた男
「ただマジ」いよいよ本編スタートです!
ゆっくり更新してきます!
――男は言った。自分に出来ないマジックはないと。
――男は言った。不可能を可能にするのが仕事だと。
――男は言った。人々に夢と希望を与えるのが使命なのだと。
――男は嘆いた。しかしながら、運命だけは『誤魔化す』ことはできないのだと。
* * *
体を貫くような冬の寒さに凍えながら男は念入りに舞台のチェックをしていた。
「ここのセットだけど、もう少しこの位置に移動させてくれ」
「わかりました!」
(……今回だけは、いや、今回も失敗できない)
闇夜を映したような黒髪が風に吹かれる。この会場は屋根が観客席にしかついてお
らず、いつも使うマジックが使えないので、この会場のみの特別なマジックを考えた。
今では大部分が老朽化してしまい、ここで大規模なイベントが行われることはほとんどなくなってしまった。
新人のころはかなり苦労させられたこの思い出深いステージもそろそろ自分が買い取って建て直したほうがいいかもしれないな、と新たな計画を企んでいた。
(む、最近また髪が伸びたか……さすがに肩まで伸ばしてるとまたあいつに文句を言われそうだな……)
この時々女に見間違われる顔も、自分のマジックの雰囲気の一部になっていて、これほど自分がマジシャンに向いていると実感させられることはなかった。
毎回美容院で他の客に性別を間違えられるのは御免だが。
この日は毎年春・夏・秋・冬の時期に開催しているマジックショーの中の一つを控え、団員全員にいつにもまして緊迫した空気が漂っていた。
なぜならばこのショーは彼が世界で初めて、『完全密閉空間からの脱出』のマジックを成功させた思い入れが深いもので、彼が世界にマジシャンとして認知してもらえた、いわば“第2の誕生の地”であった。
そんなショーに全力を尽くすのはマジシャンとして至極当然のことであり、いつまでも初心を忘れまい、と自分を戒める部分もあったのだろうか。
そして彼には絶対に失敗できない理由が2つあった。
1つはこのショーを成功させて“あいつ”の誕生日をショーの途中にサプライズで祝ってやろうと企んでいるからだ。
一ヵ月以上前から“あいつ”にはショーに来るよう念には念を入れて招待状も出した上についこの前もショーの話題を出して忘れさせないようにしていた。
(“あいつ”はかなりマイペースだからな……寝坊したりしてないだろうな……?)
しかし自分はそういう部分を好きになってしまった。
羨ましかったのかもしれない。自分とは違って他人に影響されないところが。
* * *
「準備は終わったな? これから本番だ! 前日のリハを忘れてないだろうな?」
「「「はいっ!」」」
「今回のショーは最初のツカミの空中浮遊にかかっている!」
「「「はいっ!」」」
「ステージの中央に視線を集め、その間に次のマジックの準備を頼む!」
「精一杯、がんばります!」
「あの伝説のマジックを間近で見られて感激です!! ありがとうございます!!」
「あたしにまかせなさい! 一緒に何年やってきたと思ってんのよ!」
「……失敗は許されない。全力を尽くそう!」
『皆様、お待たせいたしました。これよりWinter Magic Showの開幕です!』
――もう1つの理由はマジシャンとしての心構えからだ。
失敗するということはすなわち観客の夢や希望を潰してしまうことと同じだ。
マジシャンにとって最も必要なものはテクニックや演出ではない。
『誰かを笑顔にすること』だ。
病は心から、という言葉があるように、人間という生き物は感情や気分によって直
接関わりのない身体に様々な症状が出てしまう。
誰だって毎日笑顔で生きていたいものだ。
しかしながら、現実はそう甘いものではない。
毎日家族のために身を削って働き、理不尽な上司に頭を下げ、ほぼ毎日のように終電で帰宅し、家族との時間すらとることがままならない社会人。
両親から大きすぎる期待を背負わされ、自分自身に鞭を打ちながら必死に勉強に取り組む受験生。
周りの友達に合わせて、目立たないように心の中で怯えながら笑顔を作り続ける女子高生。
例を挙げればキリがない。誰だって必死に生きている。
自分だってその中の一人だ。
だからこそ自分は――そうすること以外に方法はないのだが――マジシャンとして人を笑顔にしなければならないのだ。
自分に手品を教えてくれた“あの人”のように。
――「これより披露させていただくのは魔法や夢の世界ではありません。れっきとした手品でございます。どうぞ目を凝らしてご覧くださいませ……」
男は観客に挑発ともとれるような――マジックを暴けないのが当たり前であるかのように――台詞を吐いたのだった。
男の名は掛札瑛枢。
若干19歳にして世界進出を果たし、
『神秘の魔法使い(エンペラーオブマジック)』とも称されるプロのマジシャンである。
* * *
ショーは滞りなく進行していった。
普段の公演よりも団長である掛札瑛枢の気迫に押され、団員達は普段よりもレベルの高いマジックを披露することができていた。
(よし、いいぞ……このまま順調に進んでくれ……)
瑛枢はショーの完成度に満足しつつも、心の片隅にある強い不安感を拭えずにいた。
顔面は蒼白で、指先は震えており、数々の世界の舞台で活躍してきた一流の奇術師とは思えない状態にあった。
もし彼女が来てくれなかったとしたら……?
緊張で変な表情になって笑われたりしないだろうか……?
そんなことに気を取られてうちに自分が緊張のあまり失敗してしまわないだろうか……?
舞台に上がっていないにも関わらず、瑛枢の緊張は最高潮に達していた。
「瑛枢、あんた大丈夫なの?」
「ああ……優衣か……」
こいつは虎姫優衣。
小学校の時からの知り合いで、12年間の学校生活を共にしてきた。
つまるところの腐れ縁というやつである。
昔、俺が県内で1、2を争う進学校に進路を決め、ついにこいつと別の学校だと喜んでいたのだが、こいつはなんと自分と同じ高校に進学してきた。
ああ、こいつはよほどの負けず嫌いなんだなと確信した瞬間だった。
そこまでして同じ高校にいきたい理由は他にないはずだ。
……正直なところ、こいつは自分があまり得意ではないタイプの人間で、やる気の塊というか、熱意に満ちているところが苦手だ。
「あんたさぁ……人様が気にかけてあげてるのになんなのよその態度!」
あとすぐキレるからめんどくさい。面白いけど。
「なんか暑い……暑くない?」
「えっ……? むしろ寒いけど?」
「違えよ!! お前が暑苦しいんだよ!! 察せよ!!」
「うるさいわね! 本番中でしょ! シャキッとしなさいよ!」
「あー、はいはい、わかりましたっと」
「……さっき見かけたわよ、あの子なら」
「本当か!?」
「ええ、ショーが始まるちょっと前にね」
「よかった……来てくれたか……」
「そろそろ出番でしょ? ……まぁ、せいぜい頑張りなさい」
「あぁ、行ってくるよ」
「――諦めなきゃダメなのにね……やっぱり羨ましいな……」
「ん? なんか言ったか?」
「言ってないわよ! 早く行ってきなさいよ!」
「おう! んじゃ、そっちも頑張れよ」
そう言って彼は私のほうを見ずに手を振りながら舞台へと行ってしまった。
……全く、あの鈍感な態度と人を小馬鹿にしたような物言いはどうにかならないものか。
でも私は彼のそういう部分に惹かれてしまった。
いつも彼と接していると不思議と張りつめていたものが消えてなくなってしまう。
きっと彼には人を楽しませる天賦の才能があるのだろう。
しかし、そんな彼の才能のせいではない――厳密に言えば彼の才能だが――この胸の高鳴りは止まってくれない。
いったいいつになれば私のこの想いは消えてなくなってくれるのだろう。
どれほど努力したって手に入らないものを追いかけるのは無駄だ。
当たり前のことだ。理解はしている。
でも、未だに私はこの想いを捨てることができずにいる。
だからこそ……私は彼の背中を押す。
いや、押さなければならない。
それだけが私の想いを消し去る唯一の方法だから。
* * *
今日は瑛栖が久々にショーに来てほしいと言っていた気がする。
彼がはしゃぐのはわかりやすくて隠しきれておらず、いつも隠したつもりになっているのが微笑ましい。
サプライズで何かあるのはわかりきっているので見て見ぬフリでもしようか。
とりあえずそろそろ家を出ないと間に合わなそうなのでベッドから起き上がることにした。
彼のことだ、きっと私のために緊張でもしているに違いないだろう。
第一章いかがでしたか?
次章ではついにもう一人のヒロインが登場します!お楽しみに!
「ただマジ」感想お待ちしております!




