第一話 海辺
穏やかな気分だった。
昼下がり。波打ち際で子供達が戯れている。
後ろ手に触る砂が温い。
本当に穏やかな気分だった。まるで全てに砂を被せてしまったような――
「……ああ、ああ。あの子達びしょ濡れね、あれじゃ」
隣で話す彼女の声が僕の心をすり抜けていく。ただ懐かしく響いていく。
「乾かして帰らないとまたおばさんに叱られちゃうわ」
彼女は子供達を見つめている。確か……リーンといった。
「ミサスもあれ位の頃はやんちゃだったわよ。すぐ私やアノ君にちょっかい出してきて」
「そう」
僕は知る。
「そうよ、口ばっかり達者だったんだから。
昔、剣の稽古合宿で行った先の海で……ふふふ」
彼女のキャラメル色の髪が潮風になびいている。
「地元の子供達にいじめられて。半べそかいて私の背中に隠れちゃってさ。あははは」
僕も少し口角を上げてみた。それを見た彼女は不意に笑うのを止める。そして誰にでもなく呟いた。
「懐かしいな……。何年前だろ」
僕は子供達に視線を戻す。
しばらくして男の子が一人、走ってこちらへやってくると僕の腕を強く掴んだ。
「ミサにい! 一緒に遊ぼうよっ」
この子の名前は……キル、だったと思う。
「あ……ああ」
リーンが釘をさす。
「アンタまでびしょ濡れにならないでよね。ミサス」
僕は頷いてみせると少し前かがみになり、キルに引っ張られていった。砂粒を両の裸足が掴まえていく。
「ミサスーッ」
再び背後でリーンの大きな声が聞こえた。
「次の日曜にでもまたお見舞いに行こうっ。アノ君の!」
僕は振り返り、もう一度頷いてみせる。彼女は少し寂しそうに笑い返した。