冷たい家
住宅街を通り過ぎようやく私の家……左右にどこまでも続く高い壁に囲まれて、中が見えないようになっている大きな門の前に到着する。
通用門の横についている装置に電子キーを差し込んで指先を置き、正面のレンズを見る。
指紋と網膜パターンを確認してようやくロックが解除される。すごく面倒。
「おう! すげぇ厳重。SFみたいだ」
「ホラ、ここにもあそこにもカメラがあるよ」
2人が騒ぎながら門をくぐった。
「……な、なあ、佳月。1つ質問していいか?」
「うん?」
「これが……家か?」
「え? う、うん。そうだけど……」
天凪くんと鈴乃ちゃんが口を半分開けて家を見ている。磐拝くんまでほんの少し驚いているような顔になっている
「……こういうのは城っていうんだろうが」
そういわれてみれば、そんな感じがしないでもない。
地上12階、地下3階の近代建築物に外観を和風に仕上げた建物。そして、それを中心にいくつもの別荘が視界いっぱいに点在している。
「あ……で、でも私のじゃないから……」
確かに立派だけど私はこの家が好きじゃない。家の中に暖かさが感じられないし、落ち着けるのは自分の部屋くらいだから……。
「……ま、いいか。いこうぜ」
天凪くんが先に歩きだし、私もそれに続く。
「あ! 待って」
鈴乃ちゃんと磐拝くんもついてくる。
門からの長い道を歩いて、やっと玄関先に着いた。
「佳月、自転車はどこに置いておくんだ?」
「そのへんでいいよ」
天凪くん以外は、緊張気味な面持ちでゾロゾロと中に入る。
「おかえりなさいませ。お嬢様」
いきなり永瀧さん。
その後ろには、メイドさんたちがズラリと並んでいる。
玄関や庭のあちこちに設置してある監視カメラで確認して、毎日わざわざ集まってくる。実は恥ずかしくてしょうがない。
「今日はお帰りが遅いので心配しておりました」
「……友だちと一緒だったから……」
永瀧さんがチラリと3人の方を見る。
鈴乃ちゃんが引きつりながら笑う、磐拝くんはいつもどおり。天凪くんは周りをもの珍しそうにキョロキョロ見ている。
「お嬢様には、あまり似つかわしくない方々とお見受けしますが」
3人にもはっきり聞こえるくらいの声でいった。
「な、永瀧さん! 何てこというの!」
生まれて初めて永瀧さんに怒った。
「し……失礼しました」
永瀧さんだけじゃない、後ろに並ぶメイドさんたちも含めてこれまで家で働いてもらっている人たちに怒ったことは1度もなかったのに。
「いいよ、佳月ちゃん。ほんとにそうなんだから気にしてないよ……ねぇ仁狼ちゃん」
「おう? 何が」
キョトンとして天凪くんがこっちを見る。
「あ、いいのいいの。ねぇ佳月ちゃん」
「え? う、うん……」
鈴乃ちゃんがフォローしてくれる。
磐拝くんは『気にしてないよ』というようにかすかに微笑んでくれた。
「わ、私の部屋、向こうなの……」
とにかくこの場から逃げ出したかった。
玄関から部屋までの長い廊下を歩く。
間接照明の光と窓から差し込む陽の光が、壁や床の絨緞に反射して、廊下全体を豪華に荘厳なイメージを演出している。
何でも有名な建築家が設計したらしい。
「おう、足が沈む。歩きづれぇ」
「そうかな。フカフカしてて、寝ころんだら気持ち良さそうだけど…」
相変わらずの2人。
「……」
磐拝くんが何か感心したように息をもらす。
「どうしたの?」
「いいものだ」
そういいながら壁に掛けてある絵や、置いてある壷なんかを興味深そうに眺めている。
「私にはぜんぜん分からないけど、磐拝くんは分かるの?」
「少し」
「順崇はそういうの詳しいぜ。爺さんが古美術商やってて、小さい頃から店に出入りしているから見慣れてるんだ」
「そうだったね。昔みんなで遊びにいった時、仁狼ちゃん置いてあったつぼ割っちゃって、すごく怒られたもんね」
「よけいなこと思い出さすんじゃねぇ!」
「きゃああ!」
部屋に着いた。
「入って」
「おう、広い! 俺の部屋の5倍はあるぜ」
「明るーい! あ、すごい窓から池が見えるんだ」
2人が歓声を上げる。
「何か飲む?」
「俺と鈴乃は緑茶、順崇は紅茶。みんなホットで」
天凪くんが答え、鈴乃ちゃんと磐拝くんもうなずく。インターホンでキッチンルームに電話をかけた。
「すいません佳月ですが、あたたかい緑茶と紅茶を2つずつお願いします」
「へぇ便利だなぁ、お茶運んでもらえるのか」
「仁狼ちゃんにもいつも入れてあげてるでしょ」
「そうだったか?」
頭の後ろをポリポリ掻きながら笑う。
「それにしても佳月の部屋って、ほかに比べて地味だな。鈴乃の部屋より、ものが少ないんじゃねぇか」
「そうなの?」
「そうだよ。これだけ広いのに使ってない場所の方が多いよね。
これだったら仁狼ちゃんの部屋の荷物の半分にも満たないよ。いらないものまで残してあるんだから」
「まだ使えるのに、捨てるのはもったいないだろうが」
……いわれてみれば、そうなのかも知れない。机とベッド、ドレッサーと小物の棚が1つ。
棚の上には小さなミーアキャットのぬいぐるみが置いてあるだけ。それと棚に本が何冊か。
部屋の真ん中に小さいテーブルがぽつんとあってどれもシンプルなデザインのもの。
他の部屋のように特注品なんて1つもない。これでもやっと永瀧さんの監視つきで、お店で自分で選べたものばかり。
派手なガラやキャラクターの類のものもなく、淡いピンクを基調にしていなければ女の子らしくない部屋といえるかも。
「そ、それより宿題始めようよ。あれだけの量だと、かなりかかりそうだし」
「そうだったな。なあ、もっと大きなテーブルはねぇのか?」
「うん、あることはあるけど…みんな大き過ぎると思う…」
思い当たるテーブルや机はどれも何10万、何100万円とする大きくて重いものばかり。とても持ち運びできそうにない。
「失礼します、お嬢様。お茶をお持ちしました」
ノックとともに声がした。
「どうぞ」
入って来たのは、3週間前から住み込みで働いてもらっている八嶌弓香さん。
「こちらでよろしいでしょうか」
テーブルにお茶を並べてくれる。
「ありがとう、弓香さん。あの……4人で使えるくらいのテーブルって余ってないかな?」
「4人でですか? そうですね……旦那さまのお部屋にあるものとか応接室、客間のテーブル。あとはお客様用の寝室のものくらいですけど」
どれもさっき考えたものばかりだった。
「何に使われるんでしょうか?」
「ぷっ、あははは」
彼女がまじめな顔で答えているのに耐えられなくなって、思わず吹き出した。




