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新しい風  作者: 吉川明人
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温かな存在


 次の日から、昨日までのことが嘘だったかのように思える生活が始まった。


 クラスのみんなが気安く話しかけてくれて、あの原樹さんたちとも今ではすっかり打ち解けている。

 もちろん、その中でいちばんの友だちは天凪くんたちとは、いつの間にか4人組みになっていた。

 私が無視されていた時、学校でのウワサのことを尋ねたけど、3人とも知らなかった……というより、確信の持てない他人の中傷やウワサは一切気にしないでいるらしい。

 正直なところ、そんな強い意志を持つことのできる彼らがうらやましかった。



 学校での送り迎えは入学の時から私が断わってしてもらってなかったので、いつも一緒に帰ることができた。


 通学には電車と家の最寄り駅から自転車で通っている。駅から遠く、帰りは上り坂になるので、少しキツイけどしょうがない。

 永瀧さんは危険だからと最後まで猛反対したけど、どうしてもと頼み込んで、しぶしぶ承知してもらっている。

 いつもどおり4人で帰る途中、話題が高校入試のことで盛り上がった。

 高校に入るために、天凪くんが鈴乃ちゃんにカンズメで勉強させられたおかげで、試験前日になって熱を出したことや、それが心配で自分の試験が手につかなかった鈴乃ちゃん。1人マイペースの磐拝くん……。

「……そういえば鈴乃ちゃんて、どうしてもっといい高校に進学しなかったの?」

 相変わらず全国トップの成績を守り続けている彼女に尋ねてみた。

「……うん。中学の時の進路指導でもいわれたけど……仁狼ちゃんや順崇ちゃんと離れるのがイヤだったの」

 少し首をかたむけて恥ずかしそうに答える。

「……それに進学校のペースについていけそうにないから……」

「あ、それ分かる」

 思わず同意する。

 彼女のことでいちばん驚いたのは、昼休みが始まるとすぐに、いつもの場所でお弁当を食べ始めていたこと。

 昼休み時間いっぱい使って、お弁当1つ食べ終われない鈴乃ちゃん……それだけじゃなくて、走ることが出来ない……本人は必死で走っているつもりの人というのは初めて見た。

 もし試験に体育があったら全国でも下からトップを争うことは間違いない。

「佳月ちゃんだってエレベーター式の学校だったんでしょ? どうしてここにきたの?」

「……うん。同じかな。私も鈴乃ちゃんと同じ。鈴乃ちゃんや天凪くん、磐拝くんに会いたかったから」

 そう、こんな友だちが欲しかった……本当に信用できる友だちを……。

「そんなこといっても、何も出ねぇぞ」

 天凪くんが笑いながら答える。

「別にそんなつもりじゃないけど……」

「冗談だ。それにしても今日は気が重いぜ」

「どうしたの? 仁狼ちゃん」

「数学の牛滑うしなめだよ。アイツ山ほど宿題出しやがって。あんなモンいち日でできるかよ」

「でも、やってかないと明日大変なんでしょ?」

「そりゃそうだけど……おまえらいいよなぁ倉安先生が担当で。牛滑のヤツ勘違いしてるからなあ」


 それは今日の数学の時間のこと。黒居さん……沙苗ちゃんが5分くらい遅刻した。

 ところが先生は急に問題集の広い範囲を指定して、『遅れる者がいると言うことは、このクラスに私の講義が必要ないと見なす。

 この範囲をすべて明日までの宿題とする。もし1人でも提出できなければ全員赤点だ』といって、あっけに取られている私たちを残して帰ってしまった。

 モンスターペアレントが問題にされている中で、悪い意味でこんなことができる先生がいるなんて。あの先生にはよくないウワサはあったけど、まさかこれほどとは思わなかった。

 クラスの子たちは沙苗ちゃんに詰め寄った。彼女は必死で謝ったけど、みんな興奮して感情的になっていた。

 止めないと……と思ったけど、どうしていいのか分からない。その時、机を大きく叩く音がして、みんなが動きを止めた。

 天凪くんだった。

 ニヤッと笑いながら、みんなの方を見ながらゆっくり立ち上がる。


「おう。沙苗を責めても始まらねぇぜ、牛滑の性格知ってるだろうが。俺は今からでも始めるぜ! うお! ぜんぜん分かんねぇ! 誰か早くやって俺に教えてくれ!」

 一瞬、あぜんとして見ていたクラスメイトたちは吹き出して、それぞれ席に戻り、問題集を教え合いながらやり始めた。

 沙苗ちゃんが天凪くんに視線を向けると、親指を立ててニヤッと笑ってた……。


「鈴乃、ちょっと教えてくれねぇか」

「だめだよ。自分のことは自分でやらないと……解く方法なら教えてあげられるけど……」

「分かってるぜ。だから解き方を教えてくれ、いつもどおり1度家に帰って、おまえの家にいくから頼むぜ。佳月も一緒にやろうぜ」

 家庭教師なんていないことを知っているので、私も誘ってくれる。

「……そうしたいけど時間どおりに帰らないとうるさいし、1度帰るとなかなか出してくれないの」

 心配症で仕事の鬼の永瀧さんの顔がチラつく。

「でも、あんだけのモン1人でやれるのか。まだ習ってねぇところだってあるし」

「家には電話しておけばいいんじゃないかな」

 神流原さんが提案してくれるけど、それはそれで迎えをよこすとか大げさなことになる……。

「じゃあ、俺たちの方がいくってのはどう?」

「佳月ちゃんさえよかったらそれでもいいけど」

 私の家……そういえばまだ呼んだことがなかった。

「でも私の家、いちばん遠いよ……」

「ジンバブエよりゃ近いだろ?」

「……それはそうだけど」

 そんな国名、どこから出てくるんだろう。

「じゃいこうぜ。順崇もいくだろ?」

 磐拝くんは黙ってうなずく。

 一緒にいるようになって分かったけど、彼はほとんど喋らないしほとんど表情を現わさない。でも身体が大きいことだけじゃなく、ちゃんと存在感がある

 ……近くにいるだけで、なぜか気持ちが温かくなる……。


 友だちを家に呼ぶなんて舞貴ちゃん以来のこと。

 電車で約25分。山の手の高級住宅が並ぶ駅に到着した。

 そこから自転車を押しながらゆるやかな坂道を4人で歩いてく……遠慮したけど、天凪くんが自転車を押してくれている。

「すげぇ家ばっかりだな……俺の家の30倍はあるぜ」

「ほんと。固定資産税高そう……」

 鈴乃ちゃんが変わった感想を洩らす。

 磐拝くんは、何もいわない。


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