一章:裏切りと誠実の境界
「ヴェルフさん」
低いシオンの声にびくりと反応したヴェルフは歩く速度を速めてシオンの隣を歩いた。
「なんでしょうか?」
「待ち合わせ場所はどこですか?」
脅しているとしか聞こえないほど低く、それでも丁寧な声音にヴェルフは顔を引きつらせながら案内しますと街の先を見据えた。
足を速めたヴェルフに着いていくと数分で待ち合わせらしい高級そうな宿に着いた。
国章であり、宿屋の玄関先に王族、貴族が宿泊しているときに掲げられるユリに十字蛇の旗がはためいている。
「……王族、貴族、軍幹部の御用達の宿」
「ええ。さあ、どうぞ」
そう案内されてシオンは会釈もせずにずかずかと中に入っていった。
「すいません、本当に愛想がなくて」
「いえ。お気にせずに。ささ」
テオを先に行かせてヴェルフはあとから入り、宿の人間にてきぱきと指示を出しはじめた。
「お荷物を」
「特にない」
「では、こちらに」
慣れた様子で案内する宿の者の物腰を見るようにシオンはあたりに目を向けていた。
「先輩?」
「俺たちは同じ部屋にしてもらおうか」
「そうですね」
「一部屋で?」
「ツインで頼む」
こちらも慣れた様子で注文するシオンにテオはふっと苦笑して、ちらりとヴェルフの背中にいるリノを見た。
案の定、不思議そうな顔をしてシオンを見ていた。
「テオ」
「はい」
リノに行っていた目を戻してシオンに持っていくと部屋に入っていった。
慌ててあとに続いたテオをヴェルフが頭を下げたままで見送った。
「テオ」
「なんですか?」
「……」
「ああ、紙?」
腰にあるかばんからペンと紙を取り出してシオンに手渡してテオは、やわらかいソファーに腰をかけて持っていたナイフと銃を机に広げた。
「きちんと手入れしておけよ」
「はいはい」
シオンが机に向かって紙になにかを書いている姿を見ながらテオは、ナイフを手にとって磨きはじめた。
「黒だな」
「だと思いますよ」
肩をすくめられたその言葉にそっとため息をついたシオンは、紙の最後にサインを入れてイスに座った。
「どこにお届けに?」
「……フィルの所に頼めるか?」
「了解しました」
軽く磨いただけで終わったナイフをしまい、銃もしまったテオは、シオンから書状を受け取って内容にさっと目を通して目を細めた。
「マジですか?」
「マジだ」
と、シオンから重ねてもう一枚紙が渡されていることに気づいて、後ろにある紙に目を通してそっとため息をついた。
「これ」
「だから王都に向かう。わかったな」
もう一枚のほうの紙には、軍章が刻まれ、とある人物の署名が入っている。
「これを、大佐に」
「……本気ですか?」
「行かなければなるまい。大佐の召喚であれば」
そっぽを向いて言うシオンの表情に、テオはなにか言いたそうに唇を開いたが、そっとため息をついて目を伏せた。
「変わりましたね」
「……?」
テオの言葉に目だけで応じたシオンは、うつむいたテオの片手がぎりぎりと握り締められているのを見て、眉を寄せた。
「テオ?」
「……先輩なら、自分の意に沿わない召喚は、命令はそっぽ向いて捨てろだったのに」
テオの言葉にシオンは深くため息をついて、くるりと背中を向けて紙とペンなどを片付けはじめた。
「当たり前だ。いつまでもそうしていられないだろう」
冷たく言い放たれた言葉にテオはそれ以上なにも言うことなく部屋を出ていった。
一人、部屋に残ったシオンはその背中をちらりと見て、閉まる扉に目をそらして自分の手に目を移した。
「……」
開いた自分の白い手を見つめ、それから手をぐっと握ったシオンは、しばらくそれを見ていた。
そして、それを解いて手を一閃させて、前をにらむようにすると、ソファーに身体を預けて眠りはじめた。