七章 思い出すあの日、あの言葉
中に入ってきたテオは辺りをさっと見回して、冷静に総帥の隣について銃を突きつけている。
「無理だ」
そんな絶望の声がフィルの唇から漏れる。その言葉にサナンがフィルをにらむように見る。
「無理って」
「……だめだ。これは重すぎる。肩甲骨は砕けてるだけだろうが、背中から腹に入った弾が確実に中身を……」
言葉は視線で表された。
倒れ伏したグイードの腹からはおびただしい量の血が流れ、唇からも流していた。
「お前」
「……すまん、な」
途切れがちの声が小さく笑う。
あの瞬間、グイードは、サナンに向けた銃を後ろに向けて、総帥を撃ち、壁に隠れていた暗殺者の弾をその体を持って防いでいたのだ。
「なんで……」
言葉をなくすサナンにグイードは痛みにゆがみながらも、どこか穏やかな表情をしていた。
「…………だれも、お前を直接慕っているやつだけが、お前を認めているわけじゃないんだ」
唇をゆがめてそうつぶやくグイードに、サナンは唇をわななかせて、震える吐息を漏らすだけだった。
「お前は」
「俺、だって、できるなら、お前の手を、とりたかった」
うまく力の入らない腕を伸ばしてこぶしを握ったままのサナンの右手に触れる。
「だったら」
「でもな……。お前の考えている以上に、総帥の手は、腕は、息はかかっている」
「だが」
「俺じゃ、火の粉を払うぐらいのことしか、できなかったよ」
「え……?」
絶句したサナンにグイードは含み笑いをして、そして、血の混じったせきをした。
苦しげな嗚咽の声にフィルがぐっとこぶしを握る。
「最初から、お前だけを殺すために、こんな密室に呼んだんだ」
「じゃあなんで、お前は俺を」
「俺はお前を殺せるほど、強くないから。……それは総帥にはお見通しだ。だから、暗殺者なんてのを、そこに置いた。よしんばお前を殺したとしても、すぐに、俺も殺される」
「グイード」
「だから、……俺が生き残るより」
「ふざけんじゃねえよ!」
サナンの怒声が狭い部屋に響き渡る。
びりびりと空気を震わせるその声に、ろうそくの炎もゆらゆらと動く。
「……お前なら、そういうと、おもったよ」
途切れがちなその声に、サナンが、手に乗せられた手を振り解いて強く、握り締めた。
「どうして。……なんで」
「お前なら、大丈夫だ」
顔を引きつらせて、一生懸命に笑おうとしながらグイードがつぶやく。
その表情をじっと見つめてサナンが、なにかを言いたげに口を開いて、そして閉じた。
「おまえなあ」
その語尾が震える。
フィルは、今自分にできる処置をしていたが、それでも出血は止まることはなかった。
「……」
フィルは黙りこくったまま、蒼白くなっていくグイードの顔を見つめていた。
「ずっと、お前は、ぶれてない。……官より民。どこぞの生まれかもわからない、スラム出身の俺にも、話しかけてくれて」
「……当たり前だろう、そんなこと」
「世の中はそんな当たり前がまかり通らない。それでも、お前は巻き込んで人々を変えてしまう。……俺は、そんなお前に、憧れていた」
「グイード?」
「……お前は、お前のままで…………。俺の憧れた、サナン・ハワード・ジュノー・ヴィストラートの、ままで。公爵、伯爵云々はどうでも良い。お前は、ずっと……忘れないで」
「おい……」
ゆすろうと動いたサナンをフィルがとめる。
その表情はひどく、平らなものがあった。




