七章 思い出すあの日、あの言葉
事務的なフィルの表情に目を見開いて、サナンはグイードの顔を見た。
「……ほんとは、俺、あの時、うれしかったんだ。初めて、教室で、話しかけてくれたとき」
ずっと一人だった。ずっと一人で、自分という人格を見てくれる人なんていなかった。
そう語りながらも、微笑を絶やさないグイードに、サナンは唇をかみ締めた。
その表情はいつになく、優しい。
死に向かっているからこその表情だろうか。
そう思いながら、フィルは血に凝り、頬にかかったままのグイードの髪を横に流してやる。
「俺は、ここで、終わるんだ」
その声には確かな満足があった。
思い出に浸っているらしいその瞳には郷愁の光がある。
「……お前と、フィルと、シオンとで過ごした、この場所で。お前を守って、……そして、お前たちに見取られて」
隣に膝をつく大の男二人を見つめて、笑うグイードに、笑いかけられるわけもなく、それでもフィルは笑おうと顔を引きつらせた。
「まあ、死ぬ前に、昔の自分を思い出させてくれた人に出会えただけ、……俺は、幸せだったのかも……な」
「おい、グイード」
サナンがぐっと右手を握り締める。
グイードの手にはもう、力が入ってなかった。
「……ああ、シオン」
グイードの、湖の色を移したような水色の瞳から、急速に焦点が失われていく。
「なんで、……そんなとこに、いんだよ。……なんで、笑ってんだよ。俺のせいで、死んだ、のに」
とつとつとしゃべられるその内容にサナンの目が見開かれていき、そして、グイードの表情を食い入るように見つめていた。
「そんなこと、したら……サナンが、妬くぞ?」
本当に楽しそうに笑って、まるで、そこにだれかがいるように手を伸ばして、なにかを、つかむ。
「……あり、がと……な」
途切れがちな、ちいさなつぶやきは、確かに二人の耳に届いた。
伸ばされた腕がぱたりと石畳の上に落ちる。
フィルがぐっと唇をかみ締めて、サナンは、力を失った手を、きしむほどに握り締めて目を閉じる。
ちろちろと、ろうそくが燃える音が、静寂に満たされた部屋に広がっていく。
「サナン」
フィルの静かな声に、サナンは一つうなずいて、深く息をすいこんで、震える息を吐き出す。
そして、冷えはじめた指先をそっと床に置いて、サナンは立ち上がった。
「まだ、仕事だ。テオ」
「はい」
とりあえず総帥を無力化したテオが、汚物を見るような目で痛みに震えている総帥を視線で示して、サナンを見る。
「とりあえず上の連中と話をつけて来い。回れるやつはこっちに来させて、担架二枚と、あと……」
「私の部下を三名、指切断の応急処置ができる程度のものをもってこいと。それと担架は三枚で」
「だれのだよ」
「お前と、これと、リノさんのですよ。そこの古だぬきは大丈夫でしょう。現に、腕を切り落とされて普通に動いていた人がそこにいることですし」
「年の問題じゃないか?」
「知りませんよ。これぐらいのことは許されると思いますよ」
肩をすくめてしれっというフィルにすこしだけ吹き出して、そして、サナンは、ぐらりと視界がゆがむのを感じた。
思わずしゃがみこんだサナンだったが、駆け寄ったテオがそれを支えてくれた。
「リノは……」
「そこです」
テオが半分サナンを抱えながら、リノが眠っているベッドに向かい、サナンをベッドに腰掛けさせる。
「……元気そうだな」
すやすやと、この部屋で起こった惨劇を知らずに眠るあどけない彼女の寝顔に苦笑をして、サナンはほっと肩の力を抜いた。
「中佐」
「……すまん。もう」
そうつぶやいて、サナンの意識は途切れてしまった。
ぐったりとしたサナンにさすがに焦った顔をしたフィルが駆け寄って、ただ意識を失っただけだと判断して深くため息をついた。
「まったく」
ため息交じりのその声にテオは苦笑して、一礼してからあわただしく入り口から抜け道を通り、外に控えている部下に指示を通しはじめた。




