六章 みとめるおもい。
「サナン」
ガーネットが帰ったのを見計らってフィルがまたひょっこりと顔をのぞかせる。それに振り返ってサナンは窓に背中を預けた。
「聞いてたか?」
「本気ですか?」
いそいそと床穴から出てきたフィルが穴に腰掛けるような格好をとってサナンを見上げる。
「ああ。大真面目だ」
「先生はどうなるんですか?」
もっともな問いにサナンは窓を開けてタバコの灰を外に落とす。
鋭さをはらむ風が締め切った部屋の空気を切り裂く。
そんな風に髪をもてあそばれながらうつむいたサナンはにやりと笑った。
「さあ? どうしようかねと思ってる」
「考えているくせに」
恨みがましそうな目にサナンはまた小さく笑って開け放った窓に向かった。
タバコの煙が部屋の中に入ってくる。
「フィル」
サナンの声の質が変わった。
感じ取ったフィルはメガネのずれを直してサナンをまっすぐ見上げた。
「俺は、俺たちはなにをしているんだろうな」
遠く物思いにふけっているらしいその声に、フィルは深くため息をついた。
「いまさら迷っているんですか?」
「……迷ってんじゃねえよ。ただ、……うまい方法はなかったのかなと思ってな」
「あちらがこうしてきた以上、これが最善の方法だと思います」
「……ああ。そうだよ、な」
「なにか引っかかる点でも?」
「いや、そうじゃない。ただ、……辛いな」
ポツリとつぶやかれた言葉に、フィルは息を呑んだ。
サナンは、大掃除と称して総帥を告発しようとしているが、大本は、リノの救出という目的がある。
だが、それを阻むのは――。
「グイードですか?」
「……」
無言の肯定に、フィルは深くため息をついて、立ち上がってサナンのとなりに立つとその肩に腕を回した。
「それを覚悟の上で付き合ってきたんだろう?」
「ああ。そのつもりだった」
「……つもりって?」
「俺は、あいつにこの死神の右腕を振るわねばならないだろう」
肩に回ったフィルの腕を感じながら、サナンがポツリポツリと言葉をつむぐ。
「それでも、万一のことがある」
その言葉に、フィルの耳には風が耳をなぶる音が聞こえなくなった。
否、――世界中の音が消えた。
「そのときは、お前が……。ということを頼めるか?」
お前がやってくれ。
そう言いたいのだろう。
フィルはゆっくりサナンの顔を見た。思いつめた顔をしたサナンがそこにはいた。
昔、休職する前には見られなかった表情だ。
「……」
フィルはふっと笑って思い切りサナンの頭を叩いて笑った。
「バカいうなよ。これから大佐になるってやつが、弱気なこと言ってていいのか?」
そう言うとサナンは叩かれたことを不服そうに見ながら、そっぽを向いた。
「なるに決まっているだろう。あいつは俺の好敵手だ。俺が死ぬならあいつの手にかかって死にたいと思うし、あいつを殺さねばならないなら俺が手を下したいと思っている」
「それがかなうんだろ?」
「ああ。そうだ。だから俺も最善を尽くす。それでも万一のときがある。どうせ、お前は死なせてくれないだろ?」
首を傾けてフィルを見るサナンに、フィルはその額に指弾をくれてやった。
「当たり前だ。バカ。……まあ、わかりましたよ。ですがグイードもお前ととんとんだから、凡人の僕じゃ太刀打ちできませんよ」
「仲良く果てるのもまた一興か。それでこそ戦友だ」
額を押さえながら顔を背けて言うサナンに、フィルは深くため息をついて回した腕を解いて、軽くその背を叩いた。
「さだめは回っている。もう僕らの手じゃどうにも直せない」
「ああ。……一人を助けるために一人を犠牲にしなければならないのか。いや、何十人を殺して、一人を守るんだな」
「その恨みや、憎しみ、もろもろの心を受け入れることのできる人物でなければ、一人を守れない」
「懐かしいな」
「……ああ」
キースの教えを暗唱してみせたフィルに笑いかけると、サナンは右手を見つめ、そしてぐっと握り締めた。
「俺は、そんな強い人間じゃないかもしれない」
「僕らがいます。僕らだけじゃなくあなたを慕う、部下。シルやテオ、リエン、セルジュなどね」
「……ああ」
ふっと表情を緩めて優しくうなずいたサナンに、フィルはくるりと背中を向けて机に広げられた調書を見た。
「いよいよですね」
「ああ。さっき言ったように夕暮れにやつらが集まってくる。遅れるなよ」
「作戦実行は?」
「明後日、夜明けと同時だ」
タバコの火を窓枠に押し付けて消し、きっぱりといってフィルを振り返ったサナンの目には迷いは立ち消えていた。
その目をまっすぐ見つめ、フィルはサナンに敬礼を返していた。




