五章:廻り始める歯車
そんなちいさな言葉を背中で聞きながらグイードは外に出て一息つくと、すっと冷徹な中佐の顔に表情を変えて執務室を出ていった。
「失礼します」
そして五階奥のとある執務室を訪れたグイードは背筋を伸ばして返事を待った。
「中に」
「は」
お付きの人がグイードを中に通して、そして、机に向かっている初老の男性の前へグイードを向かわせた。
「なにか、御用でしょうか、総帥殿」
「養父で良い。ここにはだれれもいない」
「は。なにか御用ですか? 養父上」
若干砕けた物言いに直したグイードに初老の男性は視線だけを上げてグイードに応じた。
「令嬢は?」
「ただいま、私の執務室にて管理しております」
「そうか。あやつはどうするつもりだ。かぎまわっているようだが」
「結びつく決定的な証拠を握らない限り慎重な行動をせざるをえないでしょう」
「お前はいつもそう言って期を逃す」
重い口調にグイードは口を閉じた。直立不動の状態で初老の男性の言葉を待つ。
「今回は時間制限を設けよう。そうだ、五日後がちょうど良いだろう。それまでに、完全にあやつから令嬢を奪い取れ」
「というと、ヤツを?」
「当たり前だ。殺せ」
はっきりとした口調にグイードは静かに息を吸ってそっとついた。
「できぬというか?」
その言葉と共に気配がざわりと動いたのを感じた。
ちらりとそっちに目を向けながらグイードは口の端だけを上げて笑った。
「滅相もございません。必ずや、成功させてみせましょう」
「今度こそな」
鼻を鳴らして言う彼にグイードは一礼して、背を向けた。
「グイード」
「はい」
部屋を出る一歩直前呼ばれたのに気づき振り返る。
「失敗したらどうなるかわかっているんだろうな」
「……ええ」
思いのほかやわらかい声がでたのにグイード自身驚いていた。
そんな内面の動揺を噛み殺して、総帥を見るとそれ以上話しかけることなく書類にサインを書くという単純な作業を再開していた。
そっとため息をついて一礼し、退出する。
扉に背を向けて歩いていく。階段を降りて、自分の執務室へ戻ろうときびすを返しかける。
「……」
遠くから来る動く物体についとつられて視線を上げると、廊下の先から銀髪の男が歩いて来ていた。
「サナン」
「よう。久しぶりだな」
「復職したのか」
「ああ。ま、早々やらかしたからお小言もらってきてたんだ。じゃ、俺忙しいから」
懐かしい軽い彼の言葉に、グイードはぐっとこぶしを握りながら、表面上はそうかと淡々とした様子を作って彼とすれ違った。
「五日後だ」
そう耳打ちをして、それを聞いたらしいシオンが振り返るのを感じながら、グイードは今度こそきびすを返してまっすぐ廊下を歩いていった。
「どういうことか聞いていいか」
「どういうことかといってもな」
振り返らずにグイードは応じた。
正面だけを見据えてうかつなことをしゃべらないようにと腹に力を込めた。
「……しいて言うのであれば、かくれんぼの決着をつけよう。五日後に見つけられたら、あの子をかけて決闘しよう。見つけられなければお前を始末しに行く」
いつもどおりの声を装うがそれでもすこしだけ声が震えるのを感じていた。
沈黙が降り立つ。
聞こえるのは二人分の呼吸の音。
「……」
しばらくしてシオンの深いため息が聞こえて肩越しに振り返る。
「わかった。全力で探し出してやる」
了承の声。グイードはそれを聞き届けて廊下の先へと歩いていった。
「頼むぜ」
ちいさなつぶやきが聞こえたか否か。
グイードは一人ごちたまま小さく苦笑した。




