五章:廻り始める歯車
「ええ。休みの日には必ず焼いて自分で食べてます。菓子って、一度高温で熱してあるから日持ちするので従軍するときは非常食として持っていったりしてました」
「戦争に?」
意外そうな顔をするリノに、得意げに人差し指を立てて説明したエナはふっと遠い目をする。
「ええ。六年前の戦争のときとか……。私はまだ士官学校の訓練生で事実上の下っ端でしたけど、そういう心がけは良いことだと言われて」
「グイードさんに?」
「え? ああ、はい。その時は小麦粉が高くて大変でしたけど、持っていってよかったと思いましたよ」
はにかみながらうなずくエナに、ふうんと気のない返事をしながら、リノはくすりと笑って紅茶に口をつけた。
「なにか?」
今度はエナが首をかしげてリノを覗き込んだ。
リノはなんでもないといってくすくすと笑ってバスケットの中身を食べていた。
「……」
エナが物言いたげにリノを見ていたが、ふっと肩の力を抜いて笑うと同じようにバスケットのクッキーを一つまみして食べた。
「中佐が許可をくれたら、お菓子を一緒に作りますか?」
はっとその言葉に顔を上げると、優しい表情をしたエナがそこにいた。
その顔にリノはぱっと顔を輝かせてにっこり笑って何度もうなずいた。
「ぜひ!」
「今度中佐に会ったときにいっておきます。そうそう、この本」
机に積み上げられた本の中から一番下になっていた本を抜くとぱらぱらとめくってみせた。
「後ろのほう、お菓子の作り方のページになっているので、読んでみてくださいね」
「え? 本当?」
興味津々に覗き込むリノに微笑んだエナは、リノのほうに本のページを向けた。
「中佐が持ってきた本の中じゃ一番女の子らしいものです。あの人もかなり苦労したみたいだから……」
「だれが苦労したんだ?」
無感動なその声にエナの表情が強張った。
瞬時に焦った顔をして振り返ると、グイードが壁に手をついて首をかしげた。
「ユルクが呼んでいる」
外を指差したグイードに目を瞬かせて、そして、うなずいたエナはリノににこりと微笑みかけて出ていった。
「……空気読んでよ」
むくれた顔を見せたリノにグイードはそっとため息をついて、バスケットの中にあるちいさなクッキーをつまんで口の中に放り込んで、すこし考えるように目を閉じた。
不思議な沈黙が降りる。
なにも言えずにリノはすこしだけ冷めた紅茶に口をつけて目を伏せた。
「……俺はいつものことだ」
「え」
グイードに顔を向けると、グイードはリノの手にある本を見てばつの悪そうな顔をした。
「やっぱりばれていたか……」
苦々しいつぶやきに、危うくお茶を吹き出しかけたリノはむせながらそれを飲み込むと、物憂げな表情をするグイードに首をかしげた。
「さすがにばれないかと思ったが、だてに書物庫担当じゃないな」
「書物庫担当?」
「ああ。昔はテオが担当していましたが、サナンに着いていくことになって入れ替わりにエナになったんです」
「へえ。……テオ?」
「わたしが肘鉄したあれですよ。聞いてませんか?」
「……いや、そんなこといってたかも。サナンさまっていうことは聞いてないけど」
「さま……。そうか、スウェリア嬢はサナンの正室になる予定でしたね」
「いまさら?」
思わず聞いていたその言葉にグイードはさして気にも留めた様子もなく肩をひょいとすくめた。
「なんせ、あなた方よりは低い立場にいるのでね」
自虐的なその語尾にエナの言葉を思い出した。
『グイード中佐は捨て子だったから……』
「なにか欲しいものがありますか?」
床に片膝をついて顔を覗き込むグイードの言葉に、はっと我を取り戻して眉を寄せた。
「欲しいもの?」
「食べ物でも、なにでも。できる限り用意しますよ」
「部下に言って?」
「いえ、そこまでこき使いませんよ。サナンじゃあるまいし。……そうですね、チェス板とか……?」
「チェスはいやだわ。……こんな感じの」
開いているお菓子の作り方のページを指すと、グイードが露骨に嫌な顔をして眉を寄せた。
「本気ですか?」
「できるでしょう?」
にっこりと笑うリノに、グイードはしばらくその顔を見ていたがあきらめたように深くため息をついてうなずいた。
「わかりました。今度来る時までに用意しましょう。……では」
「え?」
さっききたばかりじゃないと言いたげなリノの顔に、グイードは口の端だけを上げた笑みを作って、軽くリノの頭に手を置いた。
「すこしお呼び出しがかかっているので失礼します」
小さく頭を下げてグイードが出ていく。その背中を見送ってリノは小さくつぶやいていた。
「なんなのあいつ」




