五章:廻り始める歯車
「あの……」
グイードが出ていってしばらくしてやわらかい女の声が聞こえた。
ハッと顔を上げると、群青色の上着にタイトなスカートの女物の軍服に身を包んだ一人の女性が歩いてくる。
「あの、お呼びで?」
「え。ああ。お茶の相手をして欲しかったのよ」
「中佐まためんどくさいって逃げたんですか?」
「いや、そうじゃないわ。男の人と飲むのは……」
「……いつも女官と一緒に飲んでいたんですか?」
優しく問いかけられリノはうっと黙り込んでうなずいた。
女性は手馴れた手つきでお茶を淹れていく。
「困らせたかったのよ」
「中佐は最近はいつも困ってますよ」
「え?」
「あなたをここに連れてきてからずっと外じゃむっつり黙ったまま。今まで女性と戯れたことがないから」
苦笑交じりにそう言ってポットにお湯を注ぐ。
お茶菓子をリノの前に差し出してニコリと笑う。明るめの髪の色が彼女の微笑みに色を添える。
「ありがとう」
「いえ。仕事ですから」
そう言ってバスケットを机において適当に蒸らしたお茶がカップに注ぐ。
「名は?」
「あ、すいません。わたしの名はエナと申します。以後お見知り起きを」
にこりと笑ってカップを手渡したエナに、反射的に微笑み返したリノは温かいカップに口をつけた。
「よくお茶を?」
「ええ。中佐に淹れたり……。中佐はコーヒーのほうが好きな人なんですけれど、これは別だっていってたまに飲みますよ」
ふわりと香る紅茶の匂いにエナが優しい顔をした。
「この紅茶は……?」
「サナン中佐から勧められたそうです」
そういったエナに軽く納得して、サナンも、そして自分も好きな紅茶の香りを胸一杯に吸い込んでそっと目を閉じた。
「お嬢様もお気に入りに?」
「ええ好きよ」
つんとしたリノの口調がやわらかくなったのを感じてか、エナはニコニコとしながら自分の分のお茶を淹れてイスに座った。
「サナン中佐が好きなものでしょうけど、フィル中佐も好きなんでしょうね。なんだかんだ言ったってあの三人は似たもの同士だってシオンさんが言ってましたし」
「シオンさんが?」
意外な人の名前に目を丸くしていると、エナは自分の紅茶を入れたスプーンでくるりくるりとかき回した。
「ええ。胸の中に秘めている、根底のものがとても似ているといっていた。……さびしがりやだってました」
「え?」
固まったリノにエナは優しく笑ったまま、そっとうなずいてなにかを思い出すように遠い目をした。
「サナン中佐は特にそうだからあんなに馬鹿をやらかすんだって。……だから、部下を、自分を慕ってくれる人を裏切ることができない。フィル中佐は家庭崩壊した家にいたといってましたね。サナン中佐曰く、人の痛みを知っているから医者なんてできるんだって。あと……グイード中佐は」
そこで一度言葉を切ったエナはお茶に口をつけてそっとうつむいた。
「グイード中佐は捨て子だったから、さびしいけどそう言えない人だって、シオンさんはいっていました」
落ちた声音にリノは首をかしげながらエナをずっと見ていた。
エナもずいぶんとさびしそうな顔をして語っている。
なんとなく触れてはいけないことであったような表情をするエナに、リノは目を伏せて、そして、バスケットの中にあるクッキーに手を伸ばして放り込んだ。
「これは手作り?」
話題を切り替えるように明るい声でそう言うと、エナはその表情を消してニコリと笑った。
「ええ。わたしが焼きました。中佐が焼けって命令してきたんで、中佐の分とお嬢様の分を作りました」
柔らかなエナの声にリノはそう、とだけ返して温かい紅茶に口をつけた。
程よい甘さに紅茶のかすかな渋さがほどけていく。
「意外に中佐、甘いもの苦手じゃないみたいで、それだったらいろいろ焼いてきたんだけど」
「好きなの?」
「え。わっ、だれを?」
「焼くのが」
慌てはじめたエナに首をかしげ、付け足すと一瞬にして赤くなった顔が、ほっとした色を見せて目を伏せてうなずいた。




