五章:廻り始める歯車
「じゃあ……」
フィルが二人を入れようと振り返り、手招きをするがすぐに門番が立ちふさがる。
「隊章のないものは中に入らせるなというお達しを……」
「だれが言った?」
門番の言葉に途端に冷えるサナンの声。
フィルが意外そうに目を見開いてから、にやりと笑ってサナンに彼らの正面を譲った。
「……え、えと……?」
軍服を着た、威厳のあるたたずまいをした、だが、見かけたことのない男の姿に門番の目に困惑の色が見え始める。
助け舟を求めるように目を泳がせた門番の一人は、もう一人に何度もあごでしゃくってみせる。
「え。やですよ、俺」
シオンの雰囲気に圧された門番が一歩一歩と下がっていく。その時だった。
「サナン!」
門の奥にある扉が勢いよく開かれて、一人の男性が駆け出してきた。扉の奥にはきょとんとした少年が飛ばないように書類を押さえている。
見事なロマンスグレーの髪を後ろに撫で付け、タバコをくわえている初老すぎの男性が扉から全速力で走ってくる。
「お? おっさん」
門番は男性が駆け出してくるのを見て顔色を変えて左右によけ、道を開けて面を伏せる。
フィルとテオが、標的になっているサナンから数歩離れて駆けてくる彼を見る。
「おっさんじゃねえ! 大佐だろ!」
と叫びながらシオンの前で走ってきた力を利用して、一発、シオンの頬を殴った。
「いってえ」
体重と速度が加わった一発に横に吹っ飛んだシオンが頬に手を当てて顔をしかめた。
フィルが吹き出しながらもそれを隠し、額に手を当てて顔を背ける。
「痛えじゃねえ。この馬鹿やろう。さっさと部屋に上がれ。そこからだ」
「へいへい」
じんじんとする頬に手を当てながら不機嫌そうな顔を隠さないシオンは、おとなしく男性のあとについていく。
そんなシオンにおろおろとしたテオが、正面に立った、フィルとシオンとグイードの三人の担当上官の、キースを見る。
「あいっかわらず手が早いですね? 大佐?」
「憎まれ口を叩くな。いい加減にしろ。フィル」
「はーい」
「……お前たちはロビーで待っていろ。これだけ貸せ」
「殺さないように、っていうか、僕の仕事増やさないでくださいね?」
「ああ、わかっている」
低くうめくように言われる言葉にフィルは、ちらりと自分の執務室、すなわち医務室がある方向を見てため息をついた。
テオがサナンの後ろについてキースの大きな背中を見る。
「大佐」
「セオリア。聞いてくれ」
「……、はい」
一歩下がって深々と一礼したテオを見てキースは、そっと肩の力を抜いて、シオンの腕をがしっとつかんで、さっさと中に入った。
残された二人と、危機がすぎさった門番を冷たい風が撫でる。
「……なんか話があるみたいですね」
「ちとオフレコで、みたいですね。……ヤられなきゃいいですが」
テオがいった『や』の意味が違うなと判断しながら、フィルはずれてもないメガネのブリッジを押してメガネを上げた。
「私の仕事増やさないでくださいよ。まったく」
そんなことをぼやきながら二人も、建物の中に入って清潔な印象を持たせるロビーに入り、そして、待合に使うソファーに腰をかけた。
しばらく訪れる沈黙。
忙しそうな足音と帰宅するために重たい荷物を運んでいる足音が響く。
夜警に向かおうとする軍人の何人かがフィルを見て軽く頭を下げる。
フィルは片手を上げてそれに応じるとそっと目を伏せた。
「……どうでした? 長旅は」
フィルの問いにテオが浅く息を吸ってそして長く吐き出した。
目を伏せてそっと口を開く。
「すさんだ心を癒すのは時ではなく結局人でしたよ」
テオの報告にフィルがうれしそうな笑みを小さく浮かべて目を細める。
「それは、今回のことで?」
「ええ。彼女とかかわってから見違えるように、いや、本当に人が変わりました。……元のとまではいきませんが、年をとった程度で済まされるぐらいに」
「えぐみが出てきた?」
うなずいたテオに、フィルは笑ったままうなずいて、物憂げに目を伏せた。
「願わくば今回のヤマでまたならないように」
「大丈夫です。あの人は前に進みました。今回のことで落ちるようなことにはさせません」
確信をもったその言葉に目を伏せたまま笑ったフィルは、目を閉じてソファーの背もたれに深くその細い身を沈ませた。




