五章:廻り始める歯車
屋敷の中は、不思議な沈黙が漂っていた。
「……大丈夫ですよ。テオ」
そういいながらきれいに丸く青あざができた広い背中に湿布を張る一人の青年。
いかにも医務室のお医者さんといった風貌の彼は、四角いふちのメガネをかけ、白衣を着ている姿が様になっている。
だが、そんな彼の柔らかな面立ちの中に、今はすこしだけ厳しさをのぞかせている。
「ですが……」
「サナンが聞いてもあなたを責めることはありませんよ。それぐらいわかっているでしょう?」
穏やかに言いながら彼は、テオの肩を叩いて、暖炉で木が爆ぜる音を聞きながらそっと目を閉じた。
外からあわただしい音が聞こえる。
「フィル中佐」
「はい?」
「……令嬢はどこに連れられたと思いますか?」
「そこに潜入するつもりですか?」
質問を質問で返した彼、フィルはすっと目を開いてテオを見下ろした。
メガネの奥で琥珀色の瞳が厳しい光をテオに向け、束ねられた長い黒髪がその背中でかすかに動く。
「そんなことをすれば、いくら公爵家の執事とは雖も刑は免れません。……おそらく、ミルフォード男爵か、総帥の屋敷のどちらかに連れられたんだと思いますよ? 男爵程度ならばどうにもなると言え、総帥は、あなた方を敵視しているのですよ? やれる時に叩くでしょう」
過激な言動をとるフィルに、テオは青あざの手当てをしてもらったままうつむいて唇をかみ締めた。
「門の衛兵を通してサナンには前もって情報を入れておきます。あいつのことだから、これぐらい予想してそうですけど」
その言葉にテオはなにも言えずにうつむいたままでいた。
「……」
テオの表情に、フィルは眉尻を下げてそっと目を閉じてため息をついた。
「フィルさん」
「はい? だれか着ましたか」
「ええ。あの、銀髪の……」
「ああ、通してください。彼がサナンですよ」
部下にそう教えて、フィルはすっと息を鋭く吸って目を開いた。
「さあ、中佐の到着です」
そう言ってフィルは扉に体を向けた。
扉の前に二人の人が立つ気配。
テオはうつむいたままこぶしを握っている。
「どうぞ」
「ご苦労様。……話は聞いた」
扉から入ってきた銀髪を乱した青年、シオンは穏やかに言って、口調と不釣合いな不敵な笑みを浮かべた。
「ずいぶん素敵な宣戦布告をしてくれたようだね。やつらは」
「ええ。ということで令嬢は」
「たぶん、グイードの私室か、執務室の隠し部屋だろうな。忍び入って、っていうことはできない」
断定的な彼の言葉にテオのこぶしに一層力がこもる。
「テオ」
静かな呼び声にテオが恐る恐るといったように顔を上げた。握られたこぶしはぶるぶると震えている。
顔を上げるとテオの正面にシオンがいた。
旅の途中の無表情はどこへやら。今は精悍な表情がその整った面に浮かんでいる。
「先輩……、いや、サナンさま……」
泣きそうな顔をしているテオにシオンはふっと深い顔をして、軽く頭を叩いてからその髪に指を絡ませた。
「バカ野郎。やりやがったな?」
「……はい」
顔を背けることもせずにシオンをまっすぐ見るテオの険しい顔に、シオンはふっと笑ってくしゃりと握るように髪を撫でてフィルを見た。
「こいつのけがの状態は?」
「平気ですよ。グイードの肘鉄を背中にもらって息が詰まったようですけれど、今はもう。まあ、青あざのはれが引けば大丈夫です」
「そうか。ならいい」
笑ってシオンがうなずくと、シオン見たさに集まってきた軍人を一瞥してそっとため息をついて肩をすくめた。
「さ、復職の挨拶代わりにいっちょやるか?」
不敵なその言葉にフィルがにこりと笑い、テオがハッと顔を上げ、声は聞こえなかったがフィルやシオンの表情を見た軍人が興味津々な目をする。




