四章:約束
冷たい風が彼のやわらかそうな髪を撫で回すようになぶり過ぎ去る。
「それに、大佐もサナンさまも爵位を賜っていたりするのに、みんなに親しみのある人として好かれているんです。サナンさまは身分が知られれば敬われる、大佐の男爵であったもそうでしょう。あの人達はそれが嫌なんです。肩書きだけで人を判断されることは」
「俺を見て、といいそうね。サナンさまは」
「そのとおり。実際、軍なんて貴族のゴミ捨て場なんだから、俺はそのゴミの一つでしかないんだと話していました」
「貴族のゴミ捨て場?」
「ええ、当主になれなかった貴族の次男坊、三男坊、私生児の再就職の場が軍ですから。上に行けば行くほど実力のない、ただ家の肩書きにしがみついた図体のでかい赤ちゃんが一杯いるとも言ってましたよ」
「図体のでかい赤ちゃん?」
目を丸くして首をかしげたリノにテオはいたずらっぽく笑って周りを見回してからそっとリノの耳元に口を近づけた。
「ええ。たとえば、最近就任した大佐、マルス侯爵家の三男坊、バルタザール君とか? あの子、確か二十始めでしたね。まあサナンさまより年下で、なおかつ上院のハイスクールの落ちこぼれの超問題児だった……。まあ、サナンさまも下院の超問題児でしたが、成績は優秀で……、そこからして問題児だったんですが」
「え?」
「まあ、そんな馬鹿でも家のお名前で偉くなれるのが今の軍の姿なんですよ。さすがにびっくりしましたがサナンさまが帰ってくるとなると更迭でもされんのかな」
馬は並足で走り続けている。
流れていく景色にだんだん畑が目立ちはじめ遠くには建物が見えるようになっていた。いつの間にか日は傾き、オレンジ色の光が見えていた。
「もうそろそろ?」
「ええ。さて、すこし急ぎましょうか」
テオが鐙にある足を軽く馬の腹に当てたようだった。
「え」
途端馬は走り始め、思わずリノはテオにしがみついた。
テオも片手で手綱を握ってもう片手をリノの肩に添えた。
「しっかりつかまっていてくださいね」
テオはどこからともなく馬鞭を取り出して馬の腰を叩き、さらに速度を上げさせる。
ぐんぐんと景色が伸びていく。
冷たい風が頬を撫でて指先にぬくもりを奪っていく。
さりげなくテオの手がリノの指先に添えられ、かぶせられる。
「冷えましたね」
「寒いのは苦手なの」
「この時期は屋敷に?」
「そうよ」
「そうですか。それも良い過ごし方だと思いますよ。お屋敷からは海が?」
通りぬける風の中にテオの言葉がよく聞こえる。
リノはテオに寄り添いながらテオを見上げてうなずいた。
「たまに雷が落ちるわ」
「怖いですか?」
「きれいよ。真っ暗な水面に紫銀の光が落ちては砕けるの。音も壁を揺るがすぐらいだけれども、小さい頃からだから」
「慣れっこで?」
「ええ」
テオの黒い髪が冬の冷たい風に流され、乱れる。
夕暮れに近づいていく光が彼の白い頬を染めている。
「同じことをサナンさまが言っていましたよ」
しみじみとつぶやかれたその言葉にテオを、目を見開いて見上げる。
テオはさびしそうに微笑んで見せて前をまっすぐと見た。
「さあ、もうすぐつきます」
たそがれの光に照らされたさびしそうな微笑をすっと消してみせて、テオはにっこりと笑った。
目の前には敬礼をする軍人と開かれた関所がある。
「ご苦労」
「はっ。フィル中佐にただいま……」
「よろしく頼むよ」
テオが馬をとめて敬礼する軍人を馬上から見下ろしうなずいた。
そして、馬を下りてリノを降ろして馬を軍人に渡すと、他の軍人に早口になにかを話し始めた。
「ああ、だからあとは頼む」
「了解しました」
ぴっと敬礼を返す軍人に微笑んだテオはリノの肩に腕を回して肩を抱いた。
「さあ、行きましょう」
早足のテオについて、人通りの少ない路地を歩いていく。
「王都、だよね?」
「ええ。ちょっと圧力かけて通りに進入する人を制限しました。まあ、工事と銘打ってありますけど」
人目につかないようにと手配した彼の手際に驚いていると、遠くにある一つの屋敷から一人黒い髪の軍人が出てきて手を振った。




