四章:約束
いたずらに成功した子供のような笑顔を浮かべて手をパタパタと振るシルヴが遠くなっていく。
「まったく、あとで覚えていろよ」
うなったテオはしがみついているリノに気づいて手綱を片手で握りそっとリノを抱き寄せた。
「怖いですか?」
「平気、いきなり走ったからびっくりして」
ぱっと体を離して手綱に手を添えたリノは深くため息をついてうつむいた。
「大丈夫です。シルも家、吹っ飛ばされたみたいなんですけど、ありゃ気にしてないな」
「え? 吹っ飛ばされたって?」
「ウェスナの街が今、大規模に爆破されて大変なんだそうです」
「爆破って、それじゃ」
「ええ。オレらが出てすぐの話ですね。おそらくベルグの街に入ってすぐぐらいのことでしょう。……それより、シルヴがわざわざあそこにいたのが気になりますね。フィル中佐、またなにかたくらんでいるのか」
ため息混じりのその言葉に首をかしげると、まだ知らなくて良いことですよとテオははぐらかすように笑った。
「外套かぶっててくださいね。このまま王都に入ります」
「大丈夫?」
「ええ。先輩もいないことですし軍にとめられることはないでしょう。それに、フィル中佐の部下が守っている関所から入るので安全です」
きっぱりというテオの言葉にほっと息を吐いて、テオに言われたように外套をかぶって駆ける景色を見ていた。
「殺伐としているでしょう」
テオの言葉に顔を上げるとテオは前を向きながらかすかに笑って肩をすくめた。
「王都近郊の中ではギルティアの次にひどかった戦場です。だから、空の薬きょうや、人骨がたまに落ちてますね。この白いのはたぶん骨です」
馬が踏みしだいた白い塊にそういうテオに、なにも言えないリノは遠くになっていく白い塊を見つめていた。
「回収、しないの?」
「していたらきりがないんですよ。シオンのように葬られた軍人のほうが少ない。こんなところで死んだ下っ端は軍の共同の墓地に名前が彫られているだけです」
「……じゃあ?」
「ええ。骨、皮、すべてこの大地に帰ったのです。服はさすがに追いはぎに盗られちゃいましたけど、軍服は戦後と戦前でデザインを変えたのでまぎれることは不可能ですが」
テオはそう言ってそっと目を伏せたようだった。
リノが顔を上げるとテオはかすかに笑ってゆっくりと首を振った。
「貴族はこんなところで死んだって野ざらしにはならないんですけどね」
その言葉にほっと息を吐いていたリノは、はっと目を見開いてテオを見た。
「そんなところも貴族と民衆の差が?」
「ええ。一見して軍は封建的な、上下の関係があるように思えますが、貴族の地位の次に上下関係があるので、下に自分より身分の高い貴族がいる場合どんなに横暴でも裁くことができないのです」
「じゃあ……」
「そう、結局は上官も貴族の権力に骨抜きにされているんですよ。ま、サナンさまの所属する部隊はそんなもんはなかったですけど」
「え?」
「サナンさまの、偽名を使ってまで上下の関係に従おうとしたその姿勢に上官が納得して俺は一切特別扱いしないと言ったんです。あの人ももともと豪傑で……」
「もしかしてキース大佐?」
やわらかく笑う柔和なおじ様というイメージの一人の大佐を思い出して、テオに問うとテオはにっこりと笑ってうなずいた。
「そう。わかりましたか?」
「兄様の担当上官だった方だわ。とても、感じの良いおじ様だったけれど……」
「感じの良いおじ様も戦場じゃ、豪快な将軍ですよ。部下を大事にして上官に煙たがられながらも認められている。……サナンさまはそんなキース大佐を憧れの人と置いているんでしょうね」
「サナンさまが?」
「ええ。だから上下関係に重きをおいて、また、自分の部下は大切にする……。キース大佐をまねているようにも、また、同類項にもみえますね。端から見ていると」
そう言ってテオは口元に微笑みをにじませて懐かしそうに目を細めた。
「それに、戦績のほうでも同じようにも見えます。キース大佐も、サナンさまも銃が達者で、サナンさまなんて神の右腕を持つ男とも呼ばれているんですよ」
「神の右腕?」
「そう。右腕で撃った弾は確実に敵を撃ち抜く。あの人両利きだから左と右も区別ないんですけどねえ。左手は若干慣れてないようで……。その分、キース大佐は右手で銃を構えて投げナイフなんて無茶なことするんですけどねえ」
苦笑をしつつテオはふっと前を見据えて目を細めた。




