四章:約束
その視線にリノは首を横に振ってシオンを見上げる。
「切迫感、っていうのかな。ここにしたってそうだ。生き残るために競争をしているだろう?」
その言葉にリノは辺りを見回して納得したように何度もうなずいた。
「まあ、貴族にそんなもの求めるほうがおかしいが、貴族は軍に介入して欲しくない。どうしても入りたいのであれば下院から入ればどうにかつかえる……。お前の兄貴だって、下院出身だからな?」
「え?」
「それにサナンも」
「嘘」
「選択できるんだよ。まあ、サナンの場合は選択できない地位だから名前を偽って入ったと聞いたが……」
意外な過去にぽかんとしているとシオンはふっとさびしそうに笑って目を細めた。
「あの頃は楽しかったな。毎日教官にどやされてバカやって……。知ってるか? 軍なんて単位さえ取れれば出席日数なんて関係ないんだぞ」
豆知識と言いたげなシオンの得意げな顔にリノはあきれた表情を浮かべた。
「それはあんたの体験談?」
「もちろん。オレとフィルとグイード、の三人の体験だな」
「グイードってあの?」
「ああ。あいつ総帥の養子だけどオレが悪い方向に目覚めさせてね。それで総帥と折り合いが悪いし、まあ、貴族の立場的なことも絡んでかなり仲が悪い」
軽い口調で言うが、相当なものなのだろう。
リノは複雑な表情を浮かべているとシオンがぱっと手を離してリノの頭に手をやった。
「そんな顔するな。お前には関係ない」
そういったシオンにうなずいたリノはふと市場の店の商品に目が吸いつけられた。
「あれ……」
「ん? ああ、見るか?」
人ごみを掻き分けてその商品のところに向かう。
「きれい……」
「……ああ」
雨ざらしになっているらしい朽ちかけたテーブルに並べられたのは、丁寧な細工物のバレッタや、精巧に彫られた紫水晶のペンダントなどアクセサリーだった。
「…………なんか」
「え?」
「なんか、欲しいのか?」
顔を背けて視線まで下げてそう聞いてくるシオンに、リノはきょとんと見上げて首をかしげた。
「熱ある?」
「微熱ある」
「嘘」
「ほんと」
そう言われてようやくリノはシオンの顔色が悪いことに気づいた。
疲れているのか白い目元にはくっきりと隈がある。
「お? 兄ちゃん、具合悪いのに娘子さんの笑顔を見たくて連れてきたのかー。えらいねー」
そう言って笑う恰幅の良い女性はリノを優しい目で見てにやりと笑う。
「きれいな子。いいね、気に入った。さ、なにが欲しい?」
少し屈んで女性はリノの目を見てうなずいた。
突然のことに目をぱちくりさせながらリノはさっと目を走らせて一つの商品を指差した。
深く澄んだ光を放つ蒼い石が中心についたクロスのネックレス。
「お? やっぱりお目が高い。今朝出来立ての傑作さ。あんちゃんのほうは?」
一つのネックレスに目をやった女性は片目をつぶってシオンを見る。
「うん、兄ちゃんのほうもきれいな顔だ。惚れちまうよ」
「そりゃ、ありがとう。でも俺にも許婚がいる」
「えっ?」
「ほう、いいねいいね。断言できるなんて、なんて愛が深いんだろうね。家なんて気の弱い夫しかいないよ」
「でもあなたはいい顔しているよ。夫さん、大切にしてくれてんだろ?」
その言葉に女性はまあねと誇らしげにむだに大きな胸を張った。
シオンはその様子に微笑んで、商品に目を向けるとシンプルながら細やかな彫刻をなされた銀に朱い石のついた指輪、明らかにシオンの指には細すぎる指輪を手にとった。
「これをもらえるか?」
「ええ。婚約者さんにか。……ちょっと待ってね。この値札、とるから」
リノの分とシオンの分を手にとって女性は露店の奥にある工房に入っていった。
「すごい人……」
「あれが商人の才だよ。垣根無く人の心に入り込める。それに、あれは恐ろしくセンスが良い。人の似合うものを真剣に見ていた」
「え?」
たとえばと指差された金色の豪奢なネックレスを見て、あれをえらぼうとしていたらとめていただろうとシオンが言った。
「まあ、外見だけ飾り立てる貴族のやりそうなことだが、あの人は、かなり反対するね」
「なんで?」
「あの人なりのポリシーじゃないか? きれいなものをきれいな状態でつけててもらいたい。商品への愛だな。これらは彼女にとって子供なんだろう」
そっと売り物のネックレスを優しく撫でてシオンが笑う。
「はいはい、おまたせー」
小さい紙袋にそれぞれ分けられて二人に渡した女性はシオンからお金を受け取ってにっと笑った。
「じゃ、がんばってねー」
シオンが愛想よく微笑んで振り返って片手を振ってリノの手をひったくって人ごみの中に入った。
「なにをがんばるんだよ。風邪っぴきにこれ以上求めんじゃねえよ」
そういうシオンに吹きだしてリノが小さく笑う。




