四章:約束
そして、それからの三日間はとても平和に過ごすことができた。テオも日を追うごとに回復しているようで、テオとリノが一緒に食事をする機会が増えていた。
「シオン……?」
「……外に出るか?」
宿についてからというもの忙しそうに外に出かけ続けているシオンが朝食をとるために戻ってきた時ことだった。
いきなり言われた言葉に目をぱちくりするといらだったように顔をしかめてシオンがそっぽを向いた。
「外って?」
「市場とか、見に行くぞ。お前にしたら良い社会勉強だ」
食後のコーヒーを飲みながらシオンが朝を迎えた外へ視線をめぐらせる。
「市場って……?」
「お前らが言う下賎な人々が生活をするために者を売り買いするところだ。行けばわかるだろう」
「なんか買ってくれる?」
「しらねえよ。ツケはお前の兄貴にでもしておけ。行くならさっさと行くぞ」
カップを置いてシオンが立ち上がる。
使い古されていない真新しい外套を羽織りかけたが、ふと思いなおしたようにリノのほうに放ってよこした。
「その格好で風邪ひかれた困る。着ておけ」
シオンがそう言ってボロの外套を羽織る。
リノもならって着て袖を折るとシオンの背中を追いかけて扉を出た。
「転ぶなよ」
「転びません」
ふいっとそっぽを向いたリノにシオンはそっとため息をついて宿を出て人の波に乗って歩き出した。
「はぐれるなよ」
「あんなことはもうごめんよ」
そっぽを向いたまま言うリノにシオンはすこし困った顔をして辺りを見回してちらりとリノに視線を持ってきた。
リノもじっと見つめていて、二人ははたと目が合うとぱっと目をそらしてそっぽを向いた。
気まずい空気に二人は黙ったまま、ただ隣を歩いていた。
不意に、リノが先を行く。
「おい」
慌ててシオンが一歩踏み出すがリノが振り返った。
優雅にその栗色の髪の毛が宙に舞う。
「……」
リノがなにかを訴えるように左手を出す。
市へと急ぐ人々は邪魔そうに二人を見たり、驚いたようにシオンを見たりとそれぞれの価値観に基づいて二人を見ている。
「……」
シオンがしかたないというように肩をすくめてから差し出された手と反対の手を左手でとった。
「サナンが妬くぞ」
「見てないもの。それに、手なんて減るもんじゃないわ。それと、なんで右手じゃないのよ」
「俺の右耳は役立たずだ。聞こえないから万一のことには対応できなくなる」
肩をすくめてそういう彼にリノはいぶかしげに眉を寄せていると、シオンは気にするなと鼻で笑って歩き出す。
「なにそれ……」
手を握って歩きはじめた二人はそんな会話をしながら、寒空の下、開かれた市場の一角へ足を踏み入れた。
聞こえるのは威勢の良い男の声。値切りをせびる元気な女性の声。
「え」
リノの足がふと止まる。
木の箱を片手に人ごみのあいだを通り抜ける屈強な男とぶつかりそうになってシオンに寄るとシオンはかすかに笑っている。
「なによ」
「いや、俺もそんなんだったなと思ってな。すごいだろ。人」
活気付いた人々の姿に圧倒されているリノにシオンは笑ったまま辺りを見回した。
「これがお前らの言う下賎な下級民の姿だ」
そういうシオンの声にはどこか誇っているような、そんな自慢げな響きがあった。
「貴族はこんな顔、しないわ」
「ああ。だって、決められた路線を行き来してる連中だろ? こういうやつらは自分で決めている。決められた中に生きがいを持って生活している。俺たち貴族は、決められた路線を外れずに、昇進のイスとりゲームをしている。そうだろ?」
「……う」
恨めしそうにシオンを見るリノは目を伏せて、うなずいた。イスとりゲームがしっくりするいいかただった。
「だから、有事の際は使えない。戦争の際なんて、上院の出のやつらの指示で死んだ人間が一番多かった。逆に下院から出て上官になったほうが生存率は高かった。なぜかわかるか?」
立ち止まっては邪魔になるとシオンは歩き出しながらリノを見た。




