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四章:約束

 そんなリノをよそに男たちは下で冷静な話を進めている。

「行くだけ無駄だな」

「ええ、そうですね」

「まあ、天候が回復次第、連絡をつけるぞ」

「はーい」

 なんとなく不機嫌なテオにシオンが鼻で笑って海沿いを歩く。

 強い潮風が髪を、体をなぶる。

「どこに泊まるんです?」

「いざとなったら逃げやすいところだ。そうだな、通りぞいの角の宿、あそこでどうだ?」

 指差したところには一つの宿屋。

 シンプルな木造立てと思われる漆喰建ての宿は暖かなオレンジの光を道に投げていた。

 シオンはリノを片手で背負って古びた巾着袋をテオに預けて、あごで宿屋にしゃくってみせた。

 一つうなずいて小走り気味に宿へ入るテオの背中を見ながら、シオンはため息混じりにゆっくり歩きはじめた。

「肩、すこし傾いているだろう?」

 まっすぐ走っているテオの肩が若干右に傾いていることを指したシオンは、肩越しにリノを見やって目を伏せた。

 リノはぱっと手を離して首をかしげた。

「めまいをこらえているんだ。些細な動作だが隠しきれていない」

「めまいをこらえて……って」

「まだ抜けてないんだ。あの状態で激しい運動なんかすると、頭、脳みそがイカれて死ぬんだ」

 その言葉に目を瞠ってシオンの横顔に目を向けると、シオンは目を伏せたままため息をついたようだった。

「だから、休ませたい」

「でも、あの調子じゃ……」

 言葉もなくうなずいたシオンは宿の中に入って、部屋を取り終えたテオが駆け寄ってくるのを見て眉を寄せたようだった。

 テオの顔がとぼけた色を見せる。

「なんです?」

「部屋は?」

「ツインしか取れませんでした」

「じゃあいい。お前と、こいつが使え」

「でも……」

「俺はソファーで寝る。いい加減しないと暇出すぞ」

 完全な脅しに入ったシオンにテオは困った顔をして頬を掻いた。

「それは困りますね……」

「だったら素直に言うこと聞け」

 降参というように両手を挙げたテオにシオンは、それ以上なにも言わずに、借りた部屋まで歩き、二つあるうちのベッドの一つにリノを降ろし、どこかに行ってしまった。

「どこに?」

「たぶん外ですね。素直じゃないんで大方オレのために氷でも買ってきてくれるんじゃないですか?」

「素直じゃないって……確かにそうだけど」

「主と従の関係ですよ。あの人とオレは主と従。従者は主人をおいて休むことなんてできません。命令だとしても、ね」

「それでも、主人が悲しむことはするべきではないわ」

 リノは体のだるさを感じながら、隣に立つテオの指先に手を伸ばして握った。

 細いその指は冷え切っている。

 そんなリノにテオは驚いたように見下ろしふっと笑って、リノの前に膝をついた。

「もったいないです。そんな言葉」

「でも、私はそう思うわ」

 ため息混じりに背中を見つめていたシオンの顔を思い出す。

 あれは心配している顔だった。

 相変わらずの無表情でもそんな感情の機微を読むことができるようになっていた。

「……まあ、そうですね」

 テオはリノのはっきりした言葉にうなずいてうつむいた。

「でも、恐れ多いんです」

「どうして?」

「執事、という立場でなければあの人とかかわることがなかった。あの人は、いや、あのお方はオレを友人として扱っていらっしゃる。でも、出自もわからないオレは……」

「そんなに高貴だって思わなければ言いじゃない。貴族も人よ」

 リノのその言葉に目を丸くしてテオがリノを見る。

 リノは震えているテオの手を握りながらにこりと笑った。

「それに、主従の関係を結んだならば、自分にとって執事は家族みたいなものよ。友人として扱って当然だわ」

 笑みを浮かべながら目線をすこし下げたリノの表情に、テオは指先にあるちいさなリノの手を包み込んでぐっと握り締めた。

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