四章:約束
冷たい潮風があたりに吹き荒れている。
「さすがに風が強いですね」
「冬だから仕方あるまい。……にしても寒いが」
コートなしで歩くシオンがそうつぶやいた。シオンのコートはリノにかけられている。
そして、そのリノと言えば今はシオンの背に揺られて眠っていた。
「よく見抜けましたね」
「なんの話だ?」
そうとぼけるシオンにテオはふっと笑ってリノの栗色の髪の毛をそっと撫でた。
「この子の体調」
「当たり前だろう。いつもの威勢がない」
ずり落ちたリノを背負いなおして風が吹き荒れる港町、ベルグに二人は入った。
「……ここは?」
寒かったのだろう。
目を覚ましたリノは体を起こしてあたりをきょろきょろとして首をかしげる。
「起きましたか? お嬢様」
「テオ、それでは目立つ」
「そうですか?」
「下働き共が多い。聞きなれない呼ばれ方をしている女はすぐに覚えるぞ」
「はい。気をつけます」
「ここは?」
「ベルグです。道半ばからふらついていたので薬をかがせて眠ってもらってました」
にこやかに言うテオに顔を強張らせたリノは、ふと、自分を背負っているのがシオンだということに気づいて、強張らせた顔をさらに引きつらせた。
「なんで……?」
「テオはまだ昨日の脳震盪が取れてない。背負わせるだけ危ない」
「すいませんね」
苦笑交じりに肩をすくめるテオの足取りはそうは見えないものの、目の焦点は危ないものだった。
「体の平衡感覚がすこし狂ってしまっているようで。もうちょっと安静にしないと……」
「確か一週間ぐらいじゃないか?」
「そんなにですか?」
「ああ。一週間ないし一ヶ月。俺の場合は一ヶ月ぐらい安静にしてろってフィルに怒鳴られたが」
「一ヶ月も休んでられませんよ」
「だから、三日で治せ」
無茶を言うシオンにテオは苦笑だけを返してあたりを見回して肩をすくめた。
周りは、海鮮物の店と、荷物を降ろして保管しておく倉庫。また、宿などが所狭しと並び、冬の潮風につかれきった船乗り達が酒を求めて歩いている。
「まあ、軍はこんな所来ませんしねえ」
「ああ。……いざとなれば俺がおとりになる」
「先輩」
とがめるように眉を寄せて声を上げたテオにシオンは立ち止まってテオに向き直った。
通りを行く人が迷惑そうに顔をゆがめて脇を通り過ぎる。
「部下と俺の保身を考えるのであれば、俺は迷わずに部下をとる人間だとわかっているだろう?」
「オレもあなたと同じように、自分の体と唯一の上司を考えるのであれば、あなたをとるっていうのは……」
「命令だ。聞いてくれ」
穏やかにそういうシオンにテオは、目を見開いてぐっと唇をかみ締めてうなだれた。
「戻ってくると、そうなんですね……」
「いつものことだ。だから、俺はフィルにどやされる。大丈夫だ。軍に捕まってもフィルに連絡が行くはずだから、助けてくれる」
「でも……」
「あいつも俺と同じだ。……最悪のことを考えても埒が明かない。お前は、自分の体を考えていろ」
テオにむかっていうとシオンはまた歩き出した。
どこに向かっているのだろうか。
そう思ってリノはテオに目を向けたが、テオは唇をかみ締めてうなだれたままシオンに着いていっている。
なんとなく話しかけるのをためらっていると、シオンがため息混じりに口を開いた。
「船を出せるか聞く。それから宿だ」
「船って。あんた本気で?」
「ああ。港に積み荷と一緒に降ろしてもらえればべつに良いが……。この波じゃ出せないな」
海に面した道に出たシオンがぼそりとつぶやいた。
リノがシオンの頭に手をやって身を乗り出して海を見て顔を引きつらせた。
波は高く潮はうねっている。
こんな状況で出れば確実に沈没するだろう。
頭を押さえつけられて不機嫌そうにシオンが首をめぐらせるが、無視をしてリノは海を見ていた。
久々の潮風をもうすこしだけ感じていたかった。




