三章:決別の言葉
リノはそんな瞳をまっすぐと見つめて言う。
「だって、大事なところなんでしょ? なら……」
「いや、来い」
リノの肩をつかんでシオンが言った。
なぜだろう。
シオンの瞳の色が、濃く、深くなっているようだった。その色はまるで――。
「え?」
「さ、行きましょう?」
満足げなテオの声に催促されて、はっと我を取り戻すと、シオンは四歩ほど先を行っていた。
慌てて駆け寄ると、そっと肩に手を回された。
なぜ、こんなに優しいのだろうか。
そう思いながらシオンを見上げると、彼はそんな視線から逃れるようにそっぽを向いて鼻を鳴らした。
「寒くないか?」
「寒い」
「俺のコート、どうした?」
「あ」
テオに持たせっぱなしだろう。
テオを振り返るとなにを要求されているかわかっているようにシオンのコートをリノの肩にかけた。
「良い執事ね」
「当たり前だ」
きっぱりというシオンに照れくさそうにテオは頬を掻いてそっぽを向く。
こんな仕草が二人ともそっくりだと、今更ながらリノは思って小さく笑い、顔を伏せた。
ふと、目を向けると、真っ白な大輪の花を咲かせたブーケが丘の上、ぽつんと置かれていた。
シオンを見ると、シオンはその花々に目を向けてかすかに微笑んでいた。
「……ユリ?」
「ああ。あいつが好きだった花だ」
やがて丘を登り終えると、白亜で作られた十字架がぽつんと立っていた。
悲しげにたたずむ十字架は、冬のかれた大地の上、花を手向けられてひっそりと。
「ここに?」
「ああ」
十字架の正面には半分灰になったタバコと大輪のユリが束ねられた花束が供えられていた。
ただ、それだけだった。
「このユリは……?」
「グイードだ。笑えるだろう?」
「ぐ、グイードが?」
目を剥いたテオをさもおかしそうに鼻先で笑いながらシオンが見て、そして暖かい目でユリに目を向けふっと小さく笑った。
「ああ。あいつが好きだった花と覚えていてくれたそうだ」
「でも、時期が?」
「執務室で隠れて育てていたんだと」
絶句しているテオに首をかしげると、シオンは悲しそうに笑って十字架の前にしゃがみこんだ。
「もう、いいんだよな? シオン」
そういとおしげに話しかけるシオンの低い声に、リノは我知らずにシオンの脇に立っていた。
「先輩……」
「……こたえるわけない、か。死人に口はない。でも、お前は良いと言ってくれると思う。それだけじゃ、だめかな?」
優しいその声に、リノはシオンを見下ろして首をかしげた。
ふわりと優しい空気が風と共に流れる。
「……歩くよ。俺は」
きっぱりとしたその言葉と共に、シオンの雰囲気ががらりと変わった。
老成した、低く落ち着いた雰囲気が、若返ったように明るさと快活さを取り戻した雰囲気に変わっていく――。
「先輩?」
「……行こう」
立ち上がって前を見据えたシオンの表情はどこか決意が見え隠れした。
その片手が強く握り締められていることに気づいてリノはそっとその手に、両手を添えていた。
「リノ……?」
不思議そうなシオンの声。
リノは、自分のしたことに気がついて包んでいた彼の手をぱっと離してうつむいた。
「……ふっ」
シオンの吹き出す声。
顔を真っ赤にしながらリノが縮こまってシオンに背を向けようとすると軽い感触が髪の上に置かれた。
「え?」
きょとんと見上げると、やわらかく微笑んだシオンがそこにいた。
「ありがとう」
優しいその声にリノは、目を見開いたまま動けずにいた。
すると、春の日の暖かさをはらんだ風があたりに吹き荒れた。
まるで強く、背中を押しているように。
「……この気配」
テオが信じられないように真っ白な十字架を見つめる。
シオンは、すっとリノの頭から手を離して十字架を振り返った。
「ああ。そうだな」
シオンはそう言って、首元から一つの革紐を引きちぎって、そして、墓に向かって放り投げた。
「あ……」
朝日にきらめくのは二つの銀色。
柔らかな色合いをした対のピンキーリング。
月の光より柔らかな銀色で、ぱっと見にでも高いとわかる、細やかな装飾のなされたもの。
決然と十字架に背を向けたシオンは、そのままなにも言わずにリノの隣をすぎ、テオの隣をすぎていく。
「行くぞ」
力強いシオンの声に促されて、リノは、十字架に一礼してから先を行く男たちについていった。




