三章:決別の言葉
「……ねえ」
「なんだ?」
「どうするの? これから」
「さっき話しただろう。ベルグの街に行く」
「いけなかったら?」
「軍に飛び込んでぶっ飛ばす」
しれっと言われた無謀なその言葉に目を剥いて手にしていたカップを置いて、シオンのほうに身を乗り出していた。
「ちょ、なに考えてんのよ」
「そのことを考えていた。逃げ回るより俺たちにとって効率的だ」
「そう、なの?」
「テオが言っていただろう? 俺は、休職中であれ、中佐だ」
中間管理職よりは下っ端だが、それでも上の動き方はわかっているつもりだといったシオンの顔には、冷静な指揮官の表情が浮かんでいた。
「お前はヴィストラート家に引き渡しになると思うが、それ以外の事はあまり気にするな。聞くだけ酷だぞ」
楽しげに笑うシオンに、リノは想像もできないようなやり方で軍にいる敵を懲らしめるらしいと思いながら、深くため息をついてソファーに体を預けた。
「……疲れたか?」
その言葉に首を横に振ったが、すぐに眠気が襲ってくる。意外に疲れていたらしい。
「昼前だが、寝てろ。ここには誰も近寄らん」
そんなシオンの声をききながら、リノの意識は闇に呑まれていってしまった。
そして、リノが目を覚ますと、外が明るかった。
体を起こして目をこすると、上にかけられていた毛布がずり落ちて、羽織ったままのコートが脱げかける。ひんやりとした空気が素肌を撫でて、慌ててコートを着込む。
「あ、起きました?」
穏やかな男の声にキッチンの方向を見ると、水が入ったコップを手に穏やかに微笑むテオがいた。
「え、もう」
「ええ。一日寝ましたから」
「一日?」
「ええ。いま、朝ですよ?」
やわらかく整ったその顔をまじまじ見ていると片手で窓を指された。
「ほら、朝日」
窓に顔を向けると確かに東側から登ってくる太陽があった。
「嘘」
「ほんと。なにか食べますか? その様子だと夜はなにも食べなかったようですね。先輩は食ってたみたいですけど」
片付けられていないドライフルーツの皿と紅茶のカップを見てテオが言う。
「なんで起こしてくんないのよ」
「そりゃ、気持ちよさそうに眠っていましたからね」
テオがふふふと笑いながら皿を片付け、リノの隣に座って白湯をリノに差し出した。
「これですこし目を覚ましてください」
カップに入った白湯を飲み、テオにつき返すとリノは窓の側によって遠くを見た。
「朝、ね」
「ええ。こんなときじゃなかったら気持ちが良いほどのね?」
テオがリノの隣に立って同じように遠くを見た。
「寒くないです? って、その格好だったら風邪引きますね」
シオンのコートを羽織ったままのリノの姿に苦笑してテオはリノの肩に手を回した。
「着替えを」
「あるの?」
「男物、っていうか、シオン、あー、えと……」
「あいつの元カノ?」
「そうそう。てことは……」
「シルヴに詳しいこと、きいて、あいつからも……」
「あなたに聞かせたんですか?」
目を剥いたテオにうなずいて、リノはそっと顔を伏せた。
あの時のなにもかもが抜け落ちた悲しい顔がちらつく。
「……そう、ですか」
テオはそう言ってため息混じりに目を伏せて、リノの肩に手を回したまま廊下に出て、とある部屋にリノを入れた。
そこには小さめの男物のシャツとコート、ズボンがきちんとたたまれた状態で置いてあった。
手早くそれに着替える。
ひんやりとした綿の感触が肌を粟立たせるが、清潔なその感触にリノはふっと笑っていた。
「すみましたかー?」
「うん」
扉を開けるとテオが靴を持って待機していた。
ヒールのすこし高い黒いブーツだった。
「どうぞ」
差し出されたブーツに足を通したリノの背に手を回して、テオは慣れた様子でリビングにエスコートした。
「サナンさまの短剣を」
テオの言葉に、手に持っていた短剣を渡すとリノの腰のあたりに膝のなにかをいじりはじめた。
「ちょ、なにを」
「つけてるんです。いざとなったらここから抜いてヤってくださいね?」
やの意味が違うような気がすると思いながらリノはすこし赤らんだ顔でうなずいた。




