三章:決別の言葉
シオンは振り返らずにただ、親指だけを立ててみせて店の奥に入っていった。
「行きますよ」
テオの静かな声に促されて顔を上げると、テオの顔にはすこし焦った色が見えた。
「追っ手の数が一人に対し十五人近くいるんです。……。行きますよ。これでオレたちもばれたら意味がない」
そう口早に言われてリノの片手を引いて路地裏を走っていく。
「テオ」
「ここの角の家に入ります」
何回か曲がった路地の中にある一つのぼろ家に入ったテオは、手早く家具を移動し、床にはいつくばってなにかを探す。
「ここに立てこもるの?」
「いえ、この家に隠し通路があったはずなんですが、あ、あったあった。ここに入ります」
テオはそう言って床板を引き上げて、地下に続く階段を差すとマッチをすって、家具としておかれていたすすだらけのランプに火を入れた。
「ここから郊外に出ます。……軍の秘密通路で戦時中はよく使われたものです」
「でも、そんなところを使えば……」
ためらいなく地下通路に入ったテオを追ってリノが入る。ほこりっぽい空気が鼻にこもる。
「ここは王都近郊なのにもかかわらず、警備が手薄なんですよ。それに、この通路は戦争経験者しか知らない特務事項なんですよ」
「なぜ?」
「外に漏らしたぶん、悪用される可能性がある。ただ、それだけですよ。……ここ右に曲がりますよ」
そう言ってランプ片手に闇の中を探り歩く。
一寸先も見えない闇に心細さを感じているとテオが肩を抱いてくれた。
見上げるとランプに照らされた柔らかな微笑みがある。
「大丈夫。ここにいます」
優しいその言葉にうなずいて、リノは一歩一歩足を踏み出す。
すると、テオが急に止まった。
「どうしたの?」
「このさきから階段ですよ」
リノのつま先になにかがあたっている。このまま進めばつまずいていただろう。
「さあ、行きましょう」
一段一段足元を照らして歩くテオの心遣いに驚きながら、リノはゆっくりと階段を登っていた。まるでヴェルフとは違う。
「どうしました?」
「いや、その、ヴェルフとは違って」
「いやですか?」
「いや、そうじゃなくて。……本物の執事ってこうなんだって」
「……もしかして、あの人以外の執事にあったことは?」
「兄上のしか」
階段を登り終え頭上にある扉に手をかけ、古びた民家にたどり着いたリノとテオは、上がってきた道を隠して、外に出た。
その時だった。
「やあっと見つけたぜえ? 姫様よぉ?」
そんな声と共にリノとテオを複数の男達が囲んだ。
「中に」
テオの冷静な声にうなずいて、中に入ったリノだったが、先ほど通ってきた道から何人もの男達が上がってくるのを見て首を横に振った。
「はさまれた」
「……な」
テオが後ろを見た瞬間だった。
隙を狙った男がテオに襲い掛かり、ほぼ丸腰のリノに後ろから迫ってきていた男が飛び掛かった。
「きゃっ」
「クソ」
リノは捕まり、テオは短剣を抜いた格好のまま囲む男達をにらみつけた。
「さあ、それはおいて中に入ってもらおうか」
リノを捕まえた男がそう言うのを聞いて、テオはそっとため息をついて足元に短剣を置いておとなしく中に入った。
「おとなしいな?」
「オレがなにかをすればそこな姫になにがあるかわからない」
「それだけ守らなければならないものか?」
「ああ。唯一の宝だ」
そう言ってテオが抵抗しないというように両手を挙げて、リノを捕まえた男を見た。
「じゃあ、その男は縛っていろ」
テオがおとなしく縛られていく様を見ながら、リノは後ろ手でこぶしを男にぶつけていた。
「無駄な抵抗はよしなよ? お嬢さん」
「そうだそうだ。この男がどうなっても良いのかね?」
縛られたテオが転がされて頭を踏みつけられる。テオの顔がかすかにゆがむ。
「テオ」
「気にしないでください。お嬢様」
そう言ってリノに微笑みかけるテオの頬に容赦ない蹴りが突き刺さる。
「テオっ!」
「大丈夫、です」
口の中を切ったらしく血の唾を吐き出しながら、テオはそう言って目を細めた。




