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三章:決別の言葉

「ちょ。待って」

「大丈夫」

 駆け出そうとしたリノの肩をつかんで、テオがシオンの姿が見えなくなってから二人で人ごみに入った。

「あのハットが目印なんです」

「でも」

「さすがに三人、男二人でお嬢様っていう組み合わせは目立つので。あの人だったらあの格好でも軍人に見えるので」

 高く黒いハットがすいすいと人ごみを掻き分けて進んでいく。

「何者なの、あんた達」

 思わず口にしたその言葉に、テオはいたずらっぽい笑みを浮かべて肩をすくめた。

「さあ? 一貴族の放蕩息子とその執事、ってところですね」

「どこの貴族よ。私は聞いたことないわ」

「それは言えません。命令ですから」

「私の命令も聞けないの?」

「はい」

 にっこりと笑いながら、しっかりとうなずいてテオはそれ以上の追求を跳ね除けた。

「……頑固ね」

「忠誠が堅いと言ってください」

 そういいながら目の端できちんとシオンの姿をとらえ、入っていった店を確認している。

 そして、周りに目をめぐらせて眉を寄せたテオはリノの片手をとって引いた。

「ちょっ、なにすんのよ!」

 顔を真っ赤にして手を振り払わんばかりに言うリノの唇に人差し指を当てたテオは、なにも言わずに路地裏に隠れるように入った。

「ちょっと」

「静かに」

 鋭く言われて黙らざるをえなくなったリノは、つかまれている手になるべく意識が行かないようにそっぽを向いていた。

「どうしたの?」

「追っ手がいます。俺たちか、先輩か……。先輩の追っ手ですね。急ぎます」

 テオの口調が緊迫してきた。

 リノは不安そうにテオを見上げたがそれに気づいたテオが手をぐっと強く握り締めた。

「大丈夫です」

 しっかりとした口調で言われる言葉にどれほど救われただろうか。

 こくりとうなずいたリノは詰めていた息をすこし吐いて前を見た。

「あそこに入ります」

 控えめに掲げられたちいさな旗。

 よく見ないと見落としそうになるその緑の旗の下には、人一人が身をかがめてようやく入れるほどの扉があった。

 テオがその扉にしゃがんで三回扉をノックした。

「入らないの?」

「ええ。こういう決まりなんです」

 そういうテオの額には汗がにじんでいる。

「テオか?」

「先輩、追っ手」

 扉からぬっとシオンが顔をのぞかせて後ろをちらりと見る。

 店主をうっとおしそうに見たようだった。中からはどら声が笑っている。

「わかっている。先に行け。軍ならばもしかするとシルの所は押さえられているかも知れん」

「外、ですか?」

「ああ。……そうだな。シオンの家。あそこで待っていてくれ」

「え?」

 面食らった顔をしたテオに、シオンはどこか凪いだ表情でじっとテオの顔を見た。

 その表情にテオは、目を見開いたあとに、強くうなずいてかすかに笑った。

「御武運を」

「バカ言え。これぐらいのヤマ、どうってことない」

 力強くにやりと笑う彼の表情には、軍人であった頃の名残が強く残っている。

「……女」

「女じゃないわ」

 ちらりとリノを見てシオンがつぶやくが、すぐに噛み付くリノに小さく笑ったようだった。中が暗すぎて表情がよく見えない。

「……サナンに会いたいか?」

 不意打ちのその質問。

 思わず息を呑んだリノに、シオンはそっと目をそらして小さくため息をついたようだった。

「俺は聞いているんだぞ、女」

「女じゃないって」

「リノ」

 ぴしゃりと言われたその言葉に、まっすぐとシオンの顔を見る。ぱっと日が差して薄暗い店内を照らし出す。

 シオンもまっすぐリノの瞳を見ていた。

 冬空の色の瞳がだんだん深みをたたえた蒼色になっていくのを間近に見ていた。

「どうだ?」

「……そんなの」

 言葉が詰まってしまう。

 店がにわかにあわただしくなる。シオンの顔に焦りが見える。

「時間がない」

「会いたいに決まってるでしょ!」

 叫ぶように言われたその言葉にシオンが笑ったようだった。

 店を振り返りながら、しゃがんだまま背を向けて腰から一つの銀色の短剣を落とした。

「サナンから預かっていた」

「これ……」

「あいつの短剣だ。お前が持っていると良い」

「どうしてこんなもの……」

「詳しいことは聞くな。時間がない。……テオ」

「はい」

 短剣を受け取ったリノを立たせてテオが最後にシオンをのぞく。

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