三章:決別の言葉
「ま、簡単な話が組織に切り捨てられたんすよ、オレは。んで、やることもなくなっちまってそんな時に捕まっちまって……。あそこだけがオレの寄りどころだったのに、すぐに手を切られ……。失意の底にいたんす」
パン粥をすすりながら遠い過去に思いを馳せるように目を細めたシルヴは、ふっと優しく笑ってちらりと地下室を見た。
「捕まったオレに残されたのは知っている情報をついて楽に殺されるか、情報を吐かずに苦しんで死ぬか、自害するか。三つでした」
そんな過去をいとおしむように告げるシルヴの胸に、どんな感情が宿っているかはわからない。
だが、その過去が人に聞かせたくなるような経験だということはわかる。
「中佐は、背後関係もすべて調べ終えたあとに、オレに言ってくれたんすよ。
『俺に忠誠を誓い、そして、決して俺を裏切らないというのであれば、俺はお前を裏切らない。そして俺は君に居場所と職業を提供しよう。俺には君の力、その能力が必要だ』 と」
その言葉をテオは目を閉じて懐かしそうに聴いている。
シルヴは目に生き生きとした光を浮かべて熱弁をふるっている。
「殺し文句ですよ。空虚に漂っていたオレにそんな言葉はもったなく、でもとても欲していた言葉だった。……ま、そこにいる補佐官と、毒舌なお医者さんは反対してましたけどね? オレはなにがあってもあの人についていこうと思いましたね」
「あの医者と一緒にしないでください」
「それフィル中佐も言ってましたよ?」
うっと黙り込んだテオを楽しげに見て、シルヴはうれしくてたまらないといった表情を浮かべていた。
「拷問していた相手にスカウトかけるなんてありえないっすよ。わかりますよね? もし、屈服していなければ二重スパイになる」
「だったらそんなに根を持つな」
「あん時は根に持ってましたが今は、まあ、気持ちはわからんでもないっすね。でも、行き場を失ったオレに生きる場所を与えてくれたあの人に報いたい。これがあの時から変わらないオレの偽らざる本心っす」
「中佐が聞けば耳まで真っ赤にしてそんなこといきなり言うなって怒りますよ?」
「照れ隠しでもいいっすよ。あのうぶな中佐、いつ戻ってくるんですかね?」
「さあ? あの人の気分次第さ。今にも帰ってくるかもしれないし、へそ曲がりだからほんとに俺たちが忘れた頃に帰ってくるかもしれないさ」
肩をすくめて言うテオはどこかすねた表情にも見えた。
そんな顔を見てシルヴがくすりと笑った。
「ええ。そうですね。オレたちにできるのは、あの人がいつ帰ってきても良いように体と勘を鈍らせないようにしておくこと? ですね?」
「ああ」
パン粥を平らげたテオはキッチンに片付けて、そしてリノが食べ終わった食器を片付け、シルヴになにかを耳打ちをして外に出ていった。
「どこに?」
「変装用の服を買いに行くみたいっす。ここらに多いのは上流と中流のあいだの人たちですから、旅人の装束はすこし立つんですよ」
「でも、なにをきるの?」
上流でしか生きてこなかったリノにはその中間的な服がいまいちわからなかった。
第一、上流階級はこんな街中でも馬車に乗り自分で歩くことはしなかった。
「まあ、コートとシャツとタイを基本に帽子を買ってくるかも知れませんすね。テオさんのほうはバンダナを取ってすこし髪を整えるだけで周りに紛れ込めるんですけど、やっぱ中佐の頭が目立つんすよね」
「あの灰色の汚らしい頭?」
「色が薄いと遠目で、はっきりわかるんすよ。ここ、ほとんど色素が濃い人種じゃないですか。だから、それを隠すための、まあ、トップハットかな。すぐに帰ってきますよ」
その言葉を待っていたかのように扉が開いた。
暖炉で暖められていた空気と外の空気がすこしだけ入れ替わる。
「え?」
「隣が服屋。融通の利く奥さんでね」
ふっと笑って片目をつぶってみせたテオの手には、二着の一式そろった男物の服だった。




