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Da sein―待ち人お嬢とやさぐれ貴族―  作者: 霜月美由梨
序章:出会いはいつも突然に
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序章:出会いはいつも突然に

 深い闇が広がっている――。

 かすかな青みがある夜空に、白い蒸気が地上に軌跡を描いて走る。走る。

 汽笛は心なしか夜に遠慮して小さく響き、その存在を知らしめていた。

 ――夜の汽車。

 夜行列車の室内は旅人の疲れた体を休める一時的な暖かな場所になっている。

 そしてその座席の上、一人の青年は閉じていた目をふっと開いた。

 眠っていたらしいぼんやりとした目で辺りを見回してもう一度目を閉じる。

『……』

 なにかが、右耳で聞こえた。

 耳鳴りだろうか。――――耳鳴りしか聞こえないはずだ。

 そう自己完結して、もう一度意識に闇を鎮めようと呼吸を緩めた。

『……すけて』

 ――また聞こえた。

 また聞こえない右耳がオトを捉える。

 聴力というものを持つ唯一の左耳は汽車がうごめく音と、優しげな夜のささやきしか捉えていない。

『助けて』

 はっきりとその声が右耳に届いたのと同時に、夜闇の安息を取っ払うように乱暴に開かれたドアの音が左耳を殴りつけた。

「この汽車は俺たちが乗っ取らせてもらった。言うことを聞いてもらう」

 そういった田舎なまりのひどい男は、手に持った銃をおもちゃのように軽々上げて一発かき鳴らす。

 乗客の怯える声。

 ざわめき。

「言うこときかねえと、こいつの餌食になるぜ」

 格好をつけているが、格好がついていない。

 ぼろをまとっている時点で格好をつけても意味がないとわからないのだろうか。

 その姿はまるで道化のようで、彼が銃を持ってさえいなければ、人々は手を打って笑っていただろう。

 青年は、そんな男の声を聞きながら目を閉じた。もちろん知らない振りだ。

「おい、そこの男、寝てないで起きろ」

 その様子を見て、だろうか。

男は、青年に声をかけて銃を向け、そして、ためらいなく引き金を引く。

 頭上すれすれに着弾。

 今度は顔を狙われるだろうか。

 べつにいい。その前にやれる。

 そう思いながら、青年はふっと目を開いて銃を持った黒尽くめの男を見た。

 まだ、耳鳴りのようなか細い声は響いている。

「なんだ? 田舎者がチャカ持ってはしゃいでるのか。はしゃぐ場所を間違ったな」

 だるそうに立ち上がって外套の前を開けて肩にかけるだけにした。左手は右腰にあるものにおいて、さりげなく構える。

「あ? なんだその大口は?」

「なんだろうね」

 大げさに肩をすくめてみせて、笑った。

 不敵な笑みが鋭く整った顔を彩る。

 切れ長で釣り目がちな目尻。瞳の色は冬の空のような青。冷たい光を宿し、薄氷のような瞳だ。

 すっと高く通った鼻梁に薄く形のいい唇。

 滑らかな頬にかかるのはすすけた灰色の髪。

 全体的に色素の薄い顔立ちをしているが、それ以上に抜けているのは情だというのが村々に評判の旅人だった。

「さあ」

 楽しげにそうつぶやいて青年は抜き様に左手のものを放った。

 銃声が聞こえる前に結果が見えた。

黒ずくめの銃を持った手が赤くはじけたのだ。

 至近距離からの発砲。

 それでもちいさな的に当てるのは困難だ。

 大口は叩いているが、腕は確か。

 そして、青年の不敵な笑みを宿したままのカオは、そのまま残酷な死神の笑顔となった。

「じゃあな」

 なにも言わせずにもう一度発砲。

 今度は男の顔が爆ぜる番だった。

 彼の身体はよろめくように後ろに下がって、両と両のあいだに挟まるようにして倒れこんだ。

「お前さん」

 その至近距離の銃撃戦に怯えながら見届けた一人の老紳士が青年に顔を向ける。

 青年は煙を上げている自分の銃を見つめ目を細めた。

 そしてふっと顔に張り付いた笑みをかき消し、元の無表情に戻って老紳士をちらりと見た。

「悪いことはいわねえ。爺さん。俺のことは黙ってろよ。黙ってなければ俺がその老い先短い人生終らせてやっからよ」

 同じ両にいた老紳士にそう笑いながら言ったあと、付け足して「座席で伏せているといい」と言った。

 老紳士も老いに頭をやられていなかった。 青年の適切な忠告にしたがって座席に移動してちいさな体をさらに小さくした。

「助けて、か」

 右耳にそっと触れて後ろの両に向かった。 声ははるか後ろの両から聞こえている。


 やがて列車は銃声と硝煙に包まれることになる――。

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