第十二話『天気予報』
俺は今、ゆっくりと一段、一段確実にかつ悩みながら上っている。たまに下がったりもしている。まさか地獄が上にあるだなんて思いもしなかったさ。
はて、さて。
何故に俺はわざわざ地獄に脚を踏み入れようとしているのだろうか。止めれば良いじゃないか。
……否。止めるも地獄、行くも地獄とまさに生き地獄。
「さっきから何やってるんだぁしゅうへぇ?」
「うおわっ!? ……ってお前か」
「階段を上ったり降りたりして、変だぞ?」
確かに変な行動をっていたかもしれないが、お前に変人扱いされてしまったらもう世間の目がある場所で生きていける自信がないな。
「なぁ、どこに行こうとしてるんだぁ? いつもの場所で一緒に飯食おうぜぇい!」
はぁ、もうすでにお前にとってもうあの場所は『いつもの場所』になってしまっているんだな。まぁもう良いさ。
「いや、ちょっと用事があるからさ。先に行っててくれないか」
「おうっ! わかった……でも修平、用事ってなんだ?」
「いや、えっと、あっあれだよ。ちょっとさっきの授業でわからなかったところがあったから先生に聞こうと思ってな」
何故にこういう時に限って感が良いんだろうか? まさかこれからお前の大好きなマドンナに会いに行きます。だなんて口が裂けても言えないしな。しかもあの子は他の世界から来た魔法少女なんだ。なんていったら好奇心のパロメーターが振り切ってどんな行動を起こすかわからないからな。
「……そうかぁ、でも屋上には先生いないぞ? 職員室は下だろぉ?」
確かにその通り。この階段を上に上っても普段は硬く閉ざされているはずの無駄にでかいトビラがあるだけだ。職員室は一階にしかない。しかし、何故だ? 何故こういうときに限って鋭いんだお前は。
「わかってるって、ただちょっと階段を上ってみたい時期だっただけだよ。そういう年頃なんだ」
階段の角にこめかみをぶつけて死にたくなるな。我ながら人生で1番下手な誤魔化し方だっただろう。
「あっわかるわかる!そうか修平は今そういう時期なんだな?うん、ならしょうがない、しょうがない」
俺の人生、最大の馬鹿野郎はお前に決定だ。
「そんじゃ、早く用事済ませて早く来いよぉ~! それと一つアドバイス。『階段は上って、初めて降りることができる』だぁ~これをいつも胸にいぃ~……」
わけのわからないことを大声で叫びながらが走り去っていく。無論、途中から他人モードに切り替えていたのはいうまでも無い。
「さってと……」
邪魔者もいなくなったし、さぁ無謀な戦いに挑むとするか。RPGのラスボスに素手で立ち向かってるようなもんだ。しかも相手は強大で凶悪。たまったもんじゃない。
恐る恐る階段を上る。目の前に鉄の扉が立ちはだかる。ドアノブを握りひねってみる。普通だったらこのまま押しても開かないはずなんだが、少し力を入れてみると少しだけ開く。太陽の光がほんの少しだけ入り込んでくる。ゆっくりまた閉める。
「……よし、帰るか!」
挑むどころかすでに心が折れてしまいそうだ。この扉を開けたらどんな地獄が待ち受けているのか考えるだけでも恐ろしい。先日のあの光景が思い浮かぶ。あんなのいきなりくらったらトラウマになってもおかしくないだろう?
俺は、ゆっくりと深呼吸をする。
まぁ、よく考えてもみろ。ひょっとしたら中に入れば、無駄にでかく『どっきり!』と書かれたプラカードを持ったクラスの連中が居て、『じゃじゃーんっ!どっきりでしたぁ!』みたいな、微笑ましい現実が待っているに違いない。あの魔法やらなんやらは全部、映研(映画研究部)から借りてきたハイテクな機材で見せた、CGだったんだろう。そう、映研の奴らネタが無いからって俺をダシにして無駄に金をかけたドッキリ映画を撮って楽しんでいたんだ。あいつら(実際、顔も見たこともない)金持ち集団だって噂を聞いたことがあるしな。うん、そうだ。絶対にそうに違いない。
「どうかいたしましたか?」
「うわぁぁっ!?」
いつの間にか、目の前にはビシッと決まっている執事スタイルの爺が立っていた。不自然なくらい目の前に。
「近いって!? じゃなくていきなり現れるのだけは止めてくれ」
明らかに心臓によろしくない。
「それは、申し訳ありませんでした……それでは、どうぞ」
そう言うと、にっこり笑って、あの重い鉄の扉を軽々と開き、俺を招き入れる。心なしかその笑顔が怖く見えたのは何故だろうか?
「……あれ?」
雨が止んでいる。いつの間に止んでしまったんだろうか。空を見上げてみると、それはそれは不思議な光景が目に入った。
空は晴れていた。そこは何も可笑しくない。可笑しいのは、屋上の形に切り取るかのように、その部分だけ晴れていることだ。周りを見てみると、今朝、登校しているときに見た空と同じ様に、どんよりとした雨雲が空を埋め尽くし、小さな雫を降らしていた。
あまりにもおかしな光景に、俺の目の辺りからも小さな雫が零れ落ちてしまいそうだった。
「おそいっ!」
「ぐはぁっ!?」
突然、背中に強い衝撃が走り、俺の体は前につんのめる。かすかに甘い香りが鼻のなかを泳ぎだす。
「いっつっ、いきなり何すんだよ!?」
振り返ってみると、そこには鬼のような表情をした美少女が……いや、もう鬼で良いだろう。腕組みをして、俺のことをにらみ付けていた。
「あんた、どんだけノロマなのよ?私が、呼んだら、餌を求めるハイエナのごとく死ぬ気で急ぎなさいっ」
とりあえず、餌を求めるハイエナのごとくって、そのたとえわかりづらいっての。
「なんか言った」
「いいえ」
心まで読めるんじゃないか、こいつ。
「それじゃ、とりあえず買って来なさい」
「……はい?」
「だから、そのバカ面はどうにかなんないの?魔法で少しはましな顔に……ってそうか」
そういうと、地面を蹴って、にらみつけられる。勝手にご機嫌ななめになられても。
「あーもうどうでも良いわ。どうせ元がこれだからどうにもならないでしょ、良いから買ってきなさい」
いちいちむかつくが、下手なこと言って、顔を変形されても困るので、ぐっとこらえる。
「……買って来い、って一体何を」
無言。
「おい、だから何を買ってくれば……」
その刹那、するどい閃光が走るように
「ぐはぁっ!?」
見事な回し蹴りが腹に突き刺さる。
「なっ何故に……!?」
わけのわからないバイオレンスな攻撃をくらわされた俺は、痛みでうずくまる。
「……ン」
うつむきながら、小さな声で何かくちずさむ。あの馬鹿でかい声はどこにいってしまったのだろうか?
「あのーよく聞き取れないのですが……」
その瞬間、またもや閃光が
「うおっ!?」
さすがに俺の反射神経はそこまで鈍っちゃいない。同じ攻撃を何度も受けるほど俺はマゾヒストではな
「うぐはぁっ!?」
強烈な蹴りが寸分違わぬ場所にクリーンヒット。わざわざもう一回転してくれるとは、なんともサディスティック。
「……メロンパン」
「は?」
「だから、メロンパンよっ!メロンパンっ!まったくどこまで耳が腐ってればいいわけ?」
今にも高速の蹴りを繰り出しそうなのを察知した俺は、ギリギリ射程距離外にまで距離を置いてから考える。
メロンパン? あの、パン生地の上に甘いビスケット生地をのせて焼くのが特徴の、主に紡錘形のタイプと円形のタイプが有名なあの菓子パンか?
「いや、なんでそんなもの?」
「決まってんでしょ?私が食べたいのよ」
何がどう決まっていたのかどうかはいいとして
「なんで俺が行かなきゃいけないん……」
といい終える前に、いつの間にかサクラの手にはドッヂボールで使われるボールくらいの大きさの火の玉が握り締められていた。火の玉が握り締められていた、なんて可笑しい表現だと思うだろうが、本当になんてことのないゴムで出来たボールのように握りしめているのだ。
「だ、か、ら」
そして、当たり前のように
「この私が食べたいからって言ってるでしょうがあぁぁっ!」
「それをドッチボールのように投げつけるのは勘弁してくれえぇぇぇぇっ」