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第十三話『メロンパン』


 朝に見た天気予報で確かこんな事を言っていたような気がする。『本日は曇りのうち雨。所により晴れるところがあるでしょう』と。

確かにその通りだよ、ちくしょー。

 辺りは梅雨真っ只中の雨天真っ盛りのはずなのに、今俺は不自然に晴れた空の下にいる。

 最近の天気予報士はこんな天気まで言い当てるんだから凄い。それかただ単に今朝、テレビで見かけた奴がかなりの腕だったのかもしれない。

 そして、そんな空の下で、某ゲームのどうみても変質者にしか見えないだろう、赤い帽子をかぶったひげ面の配管工のおっさんが繰り出すような炎の玉を、今まさに、連発されている。こんなサイケデリックな体験そうそうできたものじゃない。


「待てっ!落ち着け、お前がメロンパンを食べたいのはわかったから」


 悲痛な叫びをもらすもお構いなしに、無制限に連発してくる。某ゲームの敵キャラ達の気持ちが少しがわかった気がする。今度から、全てひと思いに踏んでやることにしよう。

 ゴウゴウと唸るような音を立てながら、ひっきりなしに飛んでくる炎の玉を必死にかわし続ける。昔から、ドッヂボールをかわすのが何故か得意だった(そしていつの間にか残り一人になる)が、これだけ無制限に連発すれば当たるに決まっている。実際に何度か当たったが、いや、実際には当たるはずだったが、体に触れる瞬間に綺麗に消えていってしまうのだ。まるで、自分の体の回りに密着した薄いバリアが張っているように。だから熱くもなければ、コゲもしない。どうやら、これが例の『アンチ体質』って奴なんだろう。本当なら死ぬかも知れないような大やけどをするんだろうが、全て打ち消してくれるらしい。

 嬉しいんだが嬉しくないんだか、わけのわからないこの感情は一体何なんだろうか。


「お嬢様」


「あん? 何よ爺、せっかく楽しんでたのに」


「そろそろ本題の方に戻られた方が……」


「あぁ、それもそうね、そんなとこでうずくまってないで早く買って来なさいよあんた」


 どこの口がそんなことを言えるんだろうか? つい先ほどまで平然と炎の玉を連発でドッヂボールをする(悪魔で当てるだけの)なんて凶行を繰り返していたのはどこのどいつだ? というか、楽しんでる、なんて聞こえたのはどういうことだ? 不思議を通り越して、もう変態なんだな?


「なんか言った?」


「いいや、何も」


だから、読むなっての。


「ふぁぁ……あ、爺。私眠くなってきたから、そいつが買ってきたら起こしなさい」


「はい、かしこまりました」


 大きなあくびをしたかと思うと、次の瞬間にはサクラの姿は消えていた。どこまで身勝手なやろうなんだ。家に帰ったのか、それともどこか彼女専用の仮眠専用の異空間とかにテレポートしたのか、なんて、いくらでも馬鹿げた仮説が生まれてくる。あんな能力があれば、旅行会社は確実に倒産するだろうな……じゃなくて。


「もう、なんでもありだな。はぁ……」


 大きなため息が出る。最近ため息の数が増えているような気がするのは単なる気のせいなんかではないのはわかっている。そうじゃなくても、天才馬鹿野郎の松岡のせいで、嫌でも搾り出すように出てくるってのに、これ以上出せば、命の支障をきたすんじゃないか? なんてわけのわからないことを考えてしまうのは末期症状かなんかだろうか?


「小澤様、どうかいたしましたかな?」


 にっこり、と眩しいくらいのさわやか執事スマイルを見せて聞いてくる。


「どうかいたしましたか、って聞かれりゃ、どうかしてるんだがな」


 この現状が、な。


「まあ、いいや。……いや、決してよくはないんだが、これ以上何か言っても変わらないから面倒なだけで、だからといって別に俺は認めたわけじゃないわけで……」


 目の前の爺の顔にクエスチョンマークが浮かぶ。そりゃ俺、自身何を言っているのかどうかわからないんだから、他人にわかるはずもない。


「……お嬢様は」


「え?」


 俺が、わけのわからないことをペラペラと口走っていたのに痺れ切らしたのか、爺はにっこりと笑って、


「お嬢様は、心のお優しい方です。そのうち、あなたにもわかる日が来ますよ」


 そう言い終えるともう一度、にっこりと笑顔を見せる。

 その言葉に頭の先から足のつま先まで衝撃が走らんばかりだったが、その満たされた笑顔を見ていたら、なんだか自分がちっぽけに見えてきて、思い悩んでいたことなんてどうでもよく……なんてことはない。


「……とりあえず、いいや。もう考えるのが面倒臭い、とにかく今は自分の身が助かる最善の道を取ることにするよ。これ以上、火の玉漬けになるのはこりごりだからな」


 もう、あんな恐怖を(痛くも痒くもないが)味わうのは勘弁してもらいたい。また、夢に出てきそうだ。そんな俺の考えを全て理解したのかどうかはわからないが、爺は何事もないように


「はい、私もそれが一番の選択だと思いますよ」


 また、にっこりと笑顔になる。はぁ……その笑顔は反則だな。


「……で、メロンパンを買いにいけって言ってたけれど、なんでまたメロンパンなんだ?」


「お嬢様はメロンパンが好物なのです」


 ストレートにきたなおい。


「……で、なんで俺が買いにいかなきゃならないんだ?」


「それは……推測ですが、なかなか気軽に学校内を歩けないからだと思います」


「気軽に歩けないってのはどういうことなんだ?」


 てっきり俺は、買いにいくのが面倒くさいから、とかなんとか言って自分で買いに行きたくないだけだと思っていたんだが。何かちゃんとした理由でもあるのか?


「小澤様もご存知ではあると思いますが、お嬢様の知名度はこの学校では、それはそれは天にも昇るほどのもので、知らぬものは全学年の生徒、もちろん全教師いないでしょう。それは、つまり色々と自由が利かなくなるということなのです。見ての通りお優しい方なので、ご自分の時間を割いてでも周りの方たちに耳を傾けていると、いつの間にか時というのは過ぎていくもので、なかなかにもこれがお嬢様の買いに行くという衝動を抑えてしまうというなんとも……」


「まてまて、なんとなくわかったが(見ての通り優しいだのなんだの言ってるところは省いて)とりあえず、あいつは自分で買いに行くのが面倒くさいから買いに行きたくないって言いたいんだな?」


「……少し返答に誤りがあると思いますがおおよそは正解だと思います」


 なんのひねりなしもにやっぱりそうじゃねーか。というかあんたも「おおよそ正解だと思います」ってなんだ? もろ正解だろうが。この爺さんもかばうにしたってもう少しましなかばい方したらどうだ……ってそうじゃない、根本的に違う。


「はぁ……もういい、とりあえず面倒だが、買いに行ってやるよ」


 重い足取りで入り口に向かう俺に「いってらっしゃいませ」と機械的な言葉が耳に入る。


「あっ、そういえば」


 ふと浮かんだ疑問を口にだす。


「売り切れていた場合はどうすればいいんだ? というかあそこの食べ物全般、中休みの間にほとんど売り切れているから、多分ない確率の方が高いと思うんだが」


 商品のほとんどが、おばちゃんたちの手作りなので数が少ない上、かなりの人気なので売り切れるのはしょうがないことだろう。


「それは……答えかねます」


「何故にっ!?」


 絶対に買って来いと? 買ってこれなければ命の保障はないと、あんたはそう言いたいんだな? 終始笑顔の爺が、一瞬だけ顔をにごらせたように見えたのは、気のせいであってほしい。

 そして、やっぱりもう一度聞きたい。ここだけははっきりしておかなくては。


 「心のお優しい方」ってのは前言撤回でいいんだよな?

 


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