第一話 空っぽ生徒との出会い
しばらく、短編を投稿します。どうかお付き合いください。
「え、夏野それマジで?」
「まぁ、マジかな。ほら、何事も経験って言うだろ?」
「いやいや、夏野だけだろそんなの」
クラスメイトと当たり障りのない会話をしている、どこか飄々とした黒髪の少年。……彼は名を夏野シュウマという。人当たりの良い笑顔に平均より少し高い身長、特にセットしているわけでもないのに整った黒髪。どこにでもいるような十把一絡げの男子高校生だ。
「つーか、次霧谷センセーじゃん。だっる」
「それなー。いつも目ぇ厳しいし、寝てたら無言で見つめてくるんだよな。宿題やってなかったら「何故やってこなかったのですか」って皆の前で聞いてくるしよー」
突然会話の流れをきって陰口を叩き出したクラスメイトに、シュウマは内心肩をすくめる。――彼らが話題に挙げた、霧谷センセーという人物。正式な名前は「霧谷レイカ」といい、シュウマ達の担任教師でもある。人物像に関しては、陰口を叩いたクラスメイトの言う通りである。無口で無表情、意図の読みにくい行動に、口を開けば小言ばかり。顔立ちはかなり整っているほうであるが、前者の要素の方が強くて男子高校生からしたら「怖くて厳しい」という印象が強い。
「まぁまぁ、そんなことより、さっきの話の続きしようぜ。三鷹、宿題やってないなら後で見せてやるからさ」
「マジ?サンキュな、夏野!」
シュウマはそんな彼女への陰口に参加する気になれず、表面上は平静を装いながら片方のクラスメイトをその話題から逸らす。なんて単純な奴なんだ、とシュウマは思った。
「夏野、俺も後で見ていい?」
「全然良いよ、芝田。ただし、合ってるかどうかは責任持てないぞ」
「別にいいって、やってれば文句言われないしな」
便乗してきたもう一人のクラスメイトにも、宿題を見せる約束を取り付ける。こうして元の流れに戻ってきた会話に安堵の息を吐きながら、シュウマはその後も二人と会話を続けた。
――――
――昼。弁当を片手に持ったシュウマは、とある場所に向かうために一人階段を登っていた。
「……相変わらず人気のないところだな」
ボソリと呟きながら、特に急ぐ事もせずにのんびりと階段を登る。シュウマの登っている階段は、校舎の端っこにあるせいか昼は全く使う生徒がいないのだ。
(……一人になるにはうってつけの場所だ)
シュウマは先程の人当たりの良い笑顔を消し、驚くほどの無表情になっている。思考もかなりドライで「今日暑いから世界滅びないかな」とでも言いそうな陰鬱なオーラを纏っていた。――これは、彼の裏の顔。普段の人当たりの良い少年は仮初の姿。今このシュウマこそが、素のシュウマだった。
「さーて、ついたついた」
無感動にそういいながら、シュウマはその場に腰を下ろした。――彼の目的地……それは、屋上への扉の前にある階段だった。人の全く寄りつかないその場所は、一人を好むシュウマにとってはまさしくうってつけの場所だったのだ。シュウマは疲れたように息を吐きながら、いつも通り弁当の封を開いて――
「……夏野君?」
「うわっ!?」
いきなり聞こえた声に、思いっきり叫び声をあげた。思わず振り返って見てみると、そこにはシュウマより数段高い位置に座っていた黒髪の女性の姿があった。……見覚えのあるその女性に、シュウマは驚きながらも首を傾げた。
「霧谷先生……?」
――そこにいたのは、シュウマの担任教師……霧谷レイカだった。
――――
どうしてこうなった、とシュウマは内心思う。弁当に入っていた卵焼きを乱暴に口にかき込むと、ふと、視線を左に向ける。
「…………」
そこには黒髪の美人な女教師……霧谷レイカが無言で弁当を食べている姿があった。夢でも見てるのではないかと、シュウマは彼女をマジマジと見てみる。――首まで伸びた艷やかな黒髪に、どこか幼い印象を与える整った顔立ち。そして均整の取れたプロポーション。そんな美人が、階段に座って一人弁当を食べている。しかも、シュウマの隣で。
(……いや、どうしてこうなった?)
先程シュウマは、鉢合わせた気まずさをから「すいません、別のところ行きますね」と言ったはずなのだが、どういうわけか呼び止められて、レイカの隣に座らされている。年上の、しかもこんな美人に呼び止められて悪い気はしない――と言いたいところだが、レイカ相手となるとそうも言っていられない。普段の冷たくて厳しい様子を知っているシュウマからすれば「これ叱られる時のやつじゃん」と思わざるをえなかった。ドキドキなシチュエーションが別の意味を孕んでしまっている。
「……夏野君、私の顔に何か付いていますか?」
「あ……いえ、何も」
「そうですか。すいません、随分と熱心に見つめている様子に見えたので」
「あ、はい……」
……再び、レイカが弁当を食べる作業に戻ったのを見て、とりあえずシュウマも弁当を食べることにした。甘辛いきんぴらが、疲れた脳に染み渡るかのようだった。
(……なんだ、この状況)
隣に自分の担任の教師が座っていて、弁当を無心に食べている。周りに人の気配はないので、シュウマはまるで二者面談を受けているような気まずさを感じていた。まぁその会話も随分と素っ気ないものだが。
「あー……霧谷先生は、どうしてこんな所で弁当食べてるんですか?」
沈黙に耐えられなかったシュウマは箸を止め、ふと、気になっていた事を聞いてみた。レイカはシュウマの言葉に箸を止めると、淡々とこう述べた。
「静かな所が、好きなので」
「そうなんですね。俺もこういう所のほうが好きなんですよ」
「え、意外ですね。普段、あれだけ賑やかに誰かと喋っているのに」
「まぁ、いろいろあるんですよ、いろいろ」
「いろいろですか……」
「そうですそうです」
シュウマは人当たりの良い笑みを浮かべながら、適当にはぐらかす。幸いにも納得してくれたのか、レイカがこれ以上追及してくることはなかった。
(……やりにくいなぁ)
どうもこの無口な教師相手には、シュウマのやり方が通用しにくい。相手の懐に入って当たり障りのない会話をしようとしても、どこまで踏み込んでいいものかと距離感が掴みにくい。いっそ、レイカがぐいぐい迫ってくるタイプのギャルであれば、適当に生返事をするだけで十分なのだが……そんな事は天地がひっくり返ってもあり得なさそうだった。
「……俺、そろそろ戻りますね。昼休み終わるんで」
「え?まだ、お弁当が残っているようですが……」
「適当に時間見つけて食うんで大丈夫です。気にしないでください」
怪訝な様子で言葉を発したレイカの言葉を遮り、シュウマはこれ以上付き合ってられないとばかりにその場を後にするのだった。




