第32話 当然のように守られる
目を覚ましたとき、最初に感じたのは静けさだった。
王城の、あの絶え間ない物音とは違う。
人の気配はあるのに、急かされる感じがない。
「……ここは」
見慣れた天蓋。
第二王子の館、自分の部屋だ。
頭が、少し重い。
だが、嫌な痛みではなかった。
「お目覚めですか」
控えめな声とともに、エマがそっと近づいてくる。
「……私、どれくらい」
「半日ほど、休まれていました」
半日。
その言葉に、反射的に起き上がろうとして、
すぐに肩を押さえられた。
「まだです」
「でも――」
「殿下からの指示です」
その一言で、動きが止まる。
*
「仕事は?」
つい、口をついて出た問いだった。
「問題なく進んでいます」
エマは、迷いなく答える。
「ロイドが対応し、
殿下が最終確認をされています」
何事もなかったかのように。
胸の奥が、少しだけざわつく。
不安、ではない。
――本当に、回っている。
「……迷惑をかけてしまいましたね」
「いいえ」
エマは、はっきりと否定した。
「迷惑をかけたのではありません。
守られているだけです」
守られている。
その言葉を、レティシアは心の中で繰り返す。
*
昼過ぎ、扉がノックされた。
「入る」
アレクシスだった。
「具合は」
「……少し、楽になりました」
「そうか」
それだけで、十分だったらしい。
彼は、部屋の椅子に腰を下ろし、
書類を一枚だけ取り出す。
「これだけ確認してほしい」
「……はい」
差し出されたのは、
本当に簡単な確認事項だった。
無理をさせない。
だが、完全に切り離しもしない。
その距離感が、あまりにも自然で。
「……殿下」
確認を終えてから、
思わず口を開く。
「私が倒れたら、
計画が狂うのでは、と……」
「狂わない」
即答だった。
「多少、遅れるだけだ」
視線を逸らさずに続ける。
「君が無理をして壊れる方が、
よほど問題だ」
それは、
“能力”ではなく
“存在”を前提にした言葉だった。
レティシアは、何も言えなくなる。
*
夕方。
エマが温かい飲み物を運んでくる。
「今日は、もう何もしなくて大丈夫です」
「……はい」
従うことに、抵抗はなかった。
以前なら、
休むことは罪悪感だった。
今は。
休むことも、
役割の一部として扱われている。
「……不思議ですね」
ぽつりと、呟く。
「何がでしょう」
「何もしなくても、
私は、ここにいる」
エマは、少し微笑んだ。
「当然です」
その言葉が、
特別でも、劇的でもないのが、
何よりも救いだった。
*
夜。
窓の外を眺めながら、
レティシアは静かに息を吐いた。
体調を崩しても、
責められない。
役に立てなくても、
切り捨てられない。
それどころか、
予定は彼女を中心に組み替えられ、
誰も文句を言わない。
「……守られているんだわ」
ようやく、
その事実を、
言葉として受け止められた。
溺愛は、甘い言葉では始まらない。
こうして、
当然のように世界が調整されることから、
静かに形を持ち始める。
その中心に、自分がいることを。
レティシアは、まだ少しだけ戸惑いながらも、
確かに、受け取り始めていた。
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