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婚約破棄された悪役令嬢ですが、国が回らなくなったので第二王子に引き取られました  作者: 桐谷ルナ


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1/16

第1話 悪役令嬢は、評価されないことに慣れている

※本作は

「悪役令嬢」「婚約破棄」ものですが、

主人公は最初から派手なざまぁをしません。


静かに耐え、

静かに去り、

その結果、周囲が自滅していくタイプのお話です。


溺愛は後半から、

じっくり進行します。


ゆっくり積み上がる逆転を、

お楽しみいただければ幸いです。

 王城第三執務棟の廊下は、朝のこの時間帯だけひどく静かだった。

 窓から差し込む淡い光が、磨き上げられた床に反射している。


 レティシア・フォン・アルヴァレスは、その光の中を足早に歩いていた。腕に抱えた書類の束は、彼女の細い体にはやや重い。それでも足取りは乱れず、視線も前だけを見据えている。


 ――今日中に、これをまとめ直さなければ。


 先日の会議で提出された魔法予算案。表向きは第一王子エドワード殿下の提案ということになっているが、実際には数字も配分も穴だらけだった。

 このまま通せば、早ければ三か月で地方の魔法炉が一つ止まる。


 その事実を、殿下は知らない。

 あるいは、知ろうともしなかった。


 レティシアは小さく息を吐き、執務室の扉をノックした。


「失礼いたします」


 返事を待たずに扉を開けると、室内にはすでに数名の文官が集まっていた。中央の席に座るのは、王国第一王子エドワード。金髪に整った顔立ち、誰もが次期国王と認める人物だ。


 そして――彼の隣。


「おはようございます、レティシア様」


 柔らかな声で挨拶をしたのは、リリア・ノーランド。

 平民出身の少女で、最近になって殿下の側近のように扱われている存在だった。


「……おはようございます」


 レティシアは短く返し、視線を伏せる。

 リリアがにこりと微笑むと、周囲の空気がわずかに和らいだ。


 それを見て、胸の奥が少しだけ冷える。


「では始めよう」


 エドワードが言った。

 レティシアは黙って資料を配る。彼女が徹夜で修正した数値が、そこには並んでいた。


「……ふむ」


 文官の一人が目を通し、驚いたように顔を上げる。


「殿下、この配分ですと、魔力供給の安定性が格段に――」


「ああ、それは俺が指示した」


 エドワードは即座に答えた。

 レティシアの名は、どこにも出ない。


「さすがですわ、殿下」


 リリアが感心したように言う。

 その声に、エドワードは満足げに頷いた。


 レティシアは何も言わなかった。

 今さら、慣れている。


 会議が終わり、文官たちが退出していく。

 最後に残ったのは、レティシアとエドワード、それからリリアだけだった。


「……レティシア」


 名を呼ばれ、彼女は足を止める。


「君は、もう少し愛想というものを覚えたらどうだ」


 唐突な言葉だった。


「リリアは、皆から慕われている。君も見習うべきだろう」


 レティシアは一瞬、何と答えるべきか考えた。

 だが、結局口に出たのは定型文だった。


「申し訳ございません。以後、気をつけます」


 それ以上の言葉は、許されていない。


「……怖い人だって、噂になってますし」


 リリアが、困ったように言った。

 あくまで“心配している”という体裁で。


「皆さん、緊張してしまうみたいで……」


 レティシアは何も言わなかった。

 否定しても、信じてもらえないことを知っている。


 エドワードは小さくため息をついた。


「君は、本当に変わらないな」


 その言葉が、胸に落ちる。


 ――変わらない。

 努力しても、支えても、結果を出しても。


 評価されないことには、慣れていた。


 執務室を出た後、レティシアは一人で中庭に立った。

 春の風が、長いスカートを揺らす。


「……私がいなくても」


 誰に聞かせるでもなく、呟く。


「きっと、回るのよね」


 そう思おうとした。

 そう思わなければ、ここには立っていられなかった。


 遠くで、エドワードとリリアの笑い声が聞こえる。

 その音を背に、レティシアは静かに歩き出した。


 自分が“悪役令嬢”と呼ばれていることを、

 彼女はまだ、知らない。

ここまでご覧いただきありがとうございます。


当面の間は、1日に3話を投稿予定です。


ブックマークをして、続きを楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。

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