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陰謀だらけの魔法合戦(私立クリスティ学園シリーズ 魔法使いの生徒会編6)  作者: 月森琴美


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16

 体育祭当日になった。

「おはようございます」

 いつもより一時間早く登校した英司は、クラスに鞄を置くとすぐ生徒会室に向かう。

 9時に開会式が始まる予定で、その前に準備や打ち合わせが多々あった。

 ほとんどの運営に関する活動は実行委員がしているが、それでも生徒会がまったく動かないというわけにはいかない。

「おはよう。こんなに秋晴れでさわやかな朝になるなんて。天も僕達の味方をしてくれているみたいじゃないか。今日は僕の華麗なる勇姿をたっぷりと全校及びご来賓の皆様に披露して楽しんでもらわないと。さあ、英司君。僕の分身たる君の活躍を、みんなが待っている。僕のデザインした天使の羽つきTシャツで、君は今日大空を飛ぶ天使になるのだ」

「天使はがらじゃないんで遠慮します。それより雅人先輩、きちんと段取り通りにやってくださいよ。いくらなんでもいきなり俺が体育祭を無断欠席とか、無断で早退とかそんな事にならないようにしてください」

 英司はテンションが上がりすぎて、この先輩こそ天高く舞い上がってしまうのではないかと思いながら、返事をする。

 今日は雅人に変身して彼の代わりに競技に参加することになっている。

 自分の出る種目もやらないといけないので、目まぐるしい一日になりそうだった。

「おはよう」

『おはようございます』

 直樹と斎が姿を見せる。

 直樹のTシャツは緑色でプルンプルン揺れるゼリーのような生地で、見るからに涼しそうだ。

「おはようございます。やっぱりそれ、着て来たんですね」

「当然だ。今日の動きはわかっているな」

「はい」

 英司はうなずいた。

「帝が来たら、最終打ち合わせを行う。そのあとで斎、悪いがお前に頼みがある」

 直樹は斎の方を向く。

「念には念を入れておきたい。倒れないように入場門と退場門をお前の土魔法でしっかりと固定化してくれ。土台の部分だけじゃなく、左右の門柱全体を石のように硬くしておいて欲しい」

「今日はそんなに風が強くないですけど」

 不思議そうに聞く英司に、直樹は表情を変えずに言った。

「風じゃなくて、あの騒音攻撃だ。あれは人の精神にだけ作用するんじゃない。空気を異常に震わせるから、建物や何やらヤワな物は震動で崩れたり折れたりするぞ。ご来賓のテントや朝礼台は職員の方に強化魔法をかけてくれるよう頼んでおいた。門は斎、お前にまかせる。一回も入退場してないのに門が倒れるなんて、始まる前から縁起が悪そうだしな」

『わかりました』

 斎はうなずく。

「あー、アレですか。そういえば耳栓、昨日のうちに各クラスの学級委員に配っておきました。入場の前にクラス全員に配布してくれるはずです」

「本当に迷惑だよねえ。前座としてやる歌劇団のお姉様たちのダンスは素晴らしいのにさ。最後のプリマドンナはいただけない。いつまでやるつもりなんだろうね」

 雅人がおおっぴらに顔をしかめた。

「僕の美意識に反するよ。音楽に対する冒涜だ。やはり音楽は人々の心を癒し、聴くだけで幸せな気分になるもののことだよ。なのにアレは音楽ですらない。モンスターの雄たけび、魔獣の咆哮だ」

「安心しろ。今日が彼女のラストステージだ。俺達がやりとげれば、二度とうちの学園の体育祭に魔獣の咆哮が響き渡ることはないだろう」

 直樹の言葉に、その場にいた四人は顔を引き締める。

「雅人、お前しくじるなよ」

「そういう君こそ大丈夫なのかい? 加減を間違って、負けるどころか勝ってしまったらまずいんだよ」

「問題ない。すでに方法は考えてある。俺のシュミレート通りの戦闘になったら、大盛り上がり間違いなしだ」

「僕達の場合、勝つよりも難しいよね、負けるのって」

 はあっと雅人は憂いを帯びたため息をつく。

「なんでそこで雅人先輩がため息つくんですか。結局実行するのは俺なんですからね」

 俺の方がため息をつきたいです、と英司はつぶやいた。

「おはよう。全員そろっているな」

 彼らの中心、帝が生徒会室に姿を現す。

「おはよう。僕の可愛いみ、か、ど。真っ赤なTシャツがなんてよく似合うんだ。今日は一緒に頑張ろうね」

 雅人からの上機嫌な挨拶に彼は顔をしかめ、いつもの自分の席に着く。

 それを合図に全員がそれぞれ円卓の席に座った。

「では今日の段取りを打ち合わせよう。基本的に運営は実行委員が動くから、俺達は特にすることはない。自分達のやるべき事に集中するだけだ」

 帝は一同をぐるりとみまわすと、続ける。

「最初の開会式だが、英司が雅人、雅人は英司に変化してそれぞれ参加だ」

「はい」

「わかってるよ」

 二人はそれぞれ返事を返した。

「開会式が終わったら、すぐにクラス種目が始まる。まずは徒競走。三年生からだ。英司はそのまま雅人として参加し、三年生が終わったらすぐ変化を解いて自分の番を走れ。雅人は三年生が終わったら、物陰まで瞬間移動して変化を解け。人前でやるなよ」

「わかってるよ。もし誰から僕の美しい姿が見られでもしたら、歓喜の声を浴びて蛙になってしまうものね」

「三年生は徒競走が終わったら退場する。クラス席に来たら、斎、お前が身代わり人形を発動させて、雅人の席に座らせておけ。そのまま三年生の障害物競走まで維持だ。出来るな」

 斎は静かにうなずいた。

 帝は次々に今日のプログラムの流れを説明し、全員の動きを確認していく。

「――以上だ。何か意見のある者は」

「ありません」

「ないよ」

「大丈夫だ」

『頑張ります』

 それぞれ返事をした。

 帝はゆっくりと全員の顔を見て、では行くぞと言い、席を立つ。

 4人も立ち上がり、帝に続いて生徒会室を出た。




 学園から徒歩で15分。

 緑に囲まれた静かな住宅地の一軒家から、明るい声が聞こえてくる。

「いってきまーす」

「いってきます」

 元気に玄関を飛び出したのは、赤毛の少年。

 後ろから静かに歩いてくるのは、黒髪の少年だ。

 二人は途中まで歩くと、そっと塀の陰に隠れる。

「もう変身するの? もうちょっと先でもいいんじゃない?」

 瑠衣がそう言うと、怜は首を横に振った。

「今日は父兄もいるし、通学路の人目も多い。早めにやっておこう」

 そう言うと彼はパチンと指を鳴らす。

 一瞬空気が揺らぎ、少年の姿は溶け込むように消えた。

 次の瞬間、少年ではなく長い黒髪をツインテールにした美少女が出現する。

 白い半そでのブラウスと深いえんじ色のプリーツスカート。

 襟の真ん中にはスカートと同系色のリボンタイ。

 私立クリスティ学園初等部女子の制服だ。

「おおっ、れいちゃん、可愛いっ」

「茶化すな。お前も早くしろ」

「はいはい」

 そう言って、今度は瑠衣が指を弾く。

 赤毛の少年ではなく、赤い長髪を左右二つに分けて結んだ可愛い少女が現れる。

 服は怜と同じく制服で、黒い革靴から伸びた足には白いソックスを履いていた。

 こちらもかなり人目を引くアイドルのように可愛い女の子である。

「ふふっ、今日も見事な美少女ぶりですわ」

 すっかり女の子になりきって、るいは笑った。

「じゃあ行くぞ」

「駄目ですわよ、れい。言葉使いがなってませんわ」

 るいは人差し指でビシッと黒髪の少女を指差す。

「やるなら完璧に。それがあなたのモットーでしょ」

 ウインクまでされ、れいはため息と共に言いなおした。

「行きましょう、るい」

「はい、合格。行きますわよ、れい」

 二人は同時に瞬間移動魔法を使う。

 あっという間に中等部の職員室前に来た。

「失礼します」

「失礼しまーす」

 二人はがらがらと職員室の扉を開け、きょろきょろと目当ての教師を探す。

「ああ、来たね」

 受け付け係担当の1年E組担任香坂夢吉(こうさかむきち)先生が、向こうから気付いて声をかけてくれた。

「北原るいです。今日はよろしくお願いします」

「北原れいです。よろしくお願いします」

 二人はぺこりと頭を下げる。

「伊集院雅人様から聞いてるよ。君達も大変だね」

 親しげな笑みを浮かべて、香坂先生は言った。

「今日は僕が君達に全面的に協力するようにと、理事長からも言われてる。同じ第二の分家同士、何かあったら遠慮なく言ってくれ」

「はい」

 るいは明るい声で返事をし、美少女スマイルで応じる。

「では教科準備室に案内しよう。後野さんもそこに来るはずだ」

 二人を連れて香坂先生は長い廊下を通り、教科準備室まで連れていった。

「ここで待っていてくれ。あとは事前の打ち合わせどおりにすればいいんだな」

「ええ。後野さんをわたしたちにご紹介いただいたあとは、受け付けの持ち場にお戻りください。水のペットボトルとバスケット、くまのぬいぐるみが立つ場所の確保はお願いします」

 冷静な声でれいが言うと、わかったと香坂先生はうなずき、職員の打ち合わせにちょっと行ってくるからと、二人を残して立ち去った。

 教科準備室の奥には倉庫代わりの小部屋が付属しており、れいはそのドアを開けて中の状態を確認する。

「せまいけど、人一人着替える分には問題ないね。じゃ、着ぐるみ出して」

 れいの言葉で、るいはパチンと指を弾き、大きな頭を持つモコモコしたくまの着ぐるみを出した。

 れいはそれを小部屋にある小さな机に広げる。

「準備は完了。じゃあ姫が来るまでに作戦の打ち合わせをしよう」

「わたくしたちの着替えは?」

「姫がくまの着ぐるみ装着している時に、僕達も着替えればいい。初対面からあの衣装じゃ、びっくりされるかもしれないしな。第一印象は大事だよ」

 今日はくまの着ぐるみの横でパフォーマンスをするために、白いうさぎ風の衣装を準備していた。

 白いフワフワのミニドレスに白い靴と白いタイツ。ドレスの後ろにはフワフワした丸い尻尾をつけ、長いうさ耳のついたカチューシャを髪につける予定である。

 小部屋のドアを閉めて、れいは続けた。

「まず最初にすることは姫にきちんと挨拶して、好印象を持ってもらう。まあ、いつもどおりやれば大丈夫だろう。そのあと着ぐるみを装着してもらい、るいは着ぐるみに外部遮断と視野拡大、重量軽量化の魔法を付与する。そのあとで僕が魔法で王子服の装飾をほどこす」

「了解。次は受け付けのパフォーマンスだよね」

「姫の立ち位置は香坂先生に指定してある。通り道から一番目に入りやすい場所。藤ゆり子様が来たら、お辞儀をして――と、最初の口上は覚えてるか」

「我らの太陽にして華麗なる希望の花ゆりこ女王陛下、あーあ、面倒よねえ。何なの、この敬称」

 るいはあきれた顔で返事を返す。

「かげき一家内での彼女の呼び名だ。まったく女王陛下にも困ったものだが、これを言わないと僕達の計画は頓挫する。なんとかしてあの妖怪婆に、くまを気に入ってもらわないとな」

「いくら王様でも来賓席に押しかけて、理事がお気に入りで抱きしめているくまのぬいぐるみを取り上げるわけにはいかないものね」

「もし中身が姫だとばれても、この方法なら簡単に奪うことは出来ない。午前中はこれでごまかせるだろう」

 れいは確信に満ちた声で言った。

「るい、お前は午前中は姫に張り付いてろ。参加種目が始まる前に、上手いこと言ってゆり子理事からくまを引きはがせ。そして教科準備室まで移動したら、ここで姫に着替えてもらって、クラス種目に参加させろ。競技が終わったら、すぐ姫をこの準備室まで僕が瞬間移動させる。姫が来たら、着ぐるみに着替えさせて妖怪婆の側に送り込め」

「了解。茉理お姉様は困った人を見捨てられないお人よしだったわよね。そっちの方面で言葉がけして、なんとかくまの着ぐるみを着続けてもらうわ」

「僕はその間、変身魔法で姫に化け、あいつらの目をごまかす」

 れいは男っぽい口調とはうらはら、女の子らしい仕草で指に綺麗な黒髪の先端をくるくると巻き、いじって遊ぶ。

「王様チームが姫を探すのは、競技が終わってクラス席に移動、席で待機している時間か、競技参加のために門に移動している時間のみだ。つまり校庭内では、彼らは基本的に姫の姿を見ても手は出せない。だが僕達は違う。僕達に化せられたルールは、姫を競技に必ず参加させることだ。姫が競技中、自分の番が終わり、校庭で他の生徒が終わるまで待機している時間も、僕達は姫の護衛行動を取ることが許されている。この時間を使って、瞬間移動の魔法で姫を隠す。いいな」

「わかったわ。ご心配なく」

 るいは勢いよく答えた。

「午前中はこれで何とかなる。姫が王様チームと一瞬でも接触したら面倒なことになるから、効率良く魔法をかけること。といってもあっちも魔法に関しては、僕達と同等ぐらいの実力者だ。万が一のときは、プランBの作戦に移行する。いいな」

「はーい」

 るいがまた元気よく返事をしたとき、準備室の扉の前に人の気配がする。

「おはようございます」

 二人はそこで会話を中断し、扉を開けて入ってきた少女、後野茉理を笑顔で出迎えた。

 ――魔法対決ゲーム開始である。




 体育祭開始時刻まで、あと15分となった。

 生徒達はみな入場門の前に列を作って並び、これから始まる競技への熱気と期待に満ちている。

 打ち合わせどおり英司は雅人に成りすまし、入場門の前で三年生の列に並んでいた。

「おはようございます、雅人様」

「やあ、おはよう。さわやかな朝だね」

 英司はせいいっぱい不自然にならないよう笑顔を作る。

(えーとさっき雅人先輩は何て言ってたっけ)

 生徒会室でかけられた挨拶を思い出し、それをまねて言った。

「こ、こんなに秋晴れでさわやかな朝になるなんて、えーっ、て、天も僕達の味方をしてくれているみたいじゃないか。きょ、今日はがんばろう」

「もちろんです、雅人様っ」

 拳を握って横にいた女子たちが気合の入った笑みを見せる。

「必ず勝ちましょう。C組ファイト」

「雅人様のいるC組が敗北するなんて考えられません。必ず優勝です」

「あ……ははは、そ、そうだね」

 内心冷や汗をかきながら、英司は一生懸命雅人を演じた。

 幸いみんな体育祭が始まる熱気に盛り上がっていて、多少の違和感には気付いていない。

(しかたないのはわかってるけど、競技よりもしんどいなあ。俺、今日一日大丈夫かな)

 始まる前から不安でしかたない英司であった。




 帝は自分のクラスの列に並び、入場の時を静かに待っていた。

 先程ちらりと茉理の姿を確認しようと一年生の列を覗いてみたが、何故か彼女らしい姿はない。

(どうしたんだ。今日はまさかの欠席とかいうんじゃないだろうな)

 開会式のあと、クラス席に来た茉理をさっさと捕まえて生徒会室に連れていく。

 帝は余裕だと思っていた。

(こんなのは勝負にもならん。一瞬で終了だ)

 そう考えていた彼は、ついでにどこかに北原兄弟らしき影がないか、父兄席にもちらりと目を走らせる。

 以前直樹から送られていた二人のデータは、すでに頭の中に入っていた。

(身長がやたら高かったな。それに髪も一人は目立つ赤毛だった)

 父兄の中には長身だったり、赤がかった髪の人もいる。

 それを目印に目で追っていくが、それらしい顔を見つけることは出来なかった。

(まあ、いい)

 オープニングセレモニーが始まり、帝は開会式に意識を切り替える。

 先程一年生の列を見たら、ちゃんと茉理は列に並んでいた。

 耳栓を不思議そうに受け取っている。

(すぐにお前を捕まえる。待っていろ)

 帝は余裕の笑みを浮かべて、目の前のセレモニーが終わるのを待った。




 時間になり、放送席から放送委員の軽やかな声がオープニングセレモニーの始まりを告げる。

 これは理事の一人である藤ゆり子が始めたもので、自身が理事長として運営している未婚の女性だけで構成されてる藤の宮歌劇団の団員たちを動員して、体育祭開始前に華やかなショーを校庭で見せるのだ。

(あーあ、今年も始まったか)

 自分の列に並んで、昇は内心ため息をついた。

(毎回毎回よくやるよなあ。まあ、うちの婆には観劇と仮装、コレぐらいしか娯楽がないし、気合入りまくりなのもわかるけどさ)

 他に何の楽しみもない老いた老女。

 それを思うと身内としては労わりたい気もするが、しかし人様に迷惑をかけるのはいただけない。

(もう少し自分一人で楽しめるものにしてくれよ。周りをこんなに巻き込みやがって)

 歌劇団の団員たちにも不評なのだ。

 理事長命令だから仕方なく特別に練習し、校庭まで瞬間移動して歌い踊ってくれるわけだが、彼女たちにしてみればこんな催しより自分達の舞台に集中したいはず。

 シンバルの音が鳴り響き、校庭いっぱいに黒い燕尾服を着た女性団員たちが現れた。

 皆、美しく化粧をし、優雅な動きで音楽に合わせて踊りだす。

 朝礼台の横のマイクの前には、団員と思しき女性歌手が立ち、美しいソプラノを響かせた。

「あーっ、我らの誇れる学び屋よ、クリスティ、クリスティ、クリスティがーくえーんっ」

 毎年恒例のクリスティ学園賛歌が歌われる。

 曲に合わせて団員たちは一糸乱れぬ美しさでくるくると回り、手足を伸ばして華麗なダンスを見せた。

 どこからか魔法で薔薇の花びらまで降り注ぎ、父兄も来賓も全校生徒も皆幻想的なショーに目を奪われる。

 一瞬ここが校庭ではなくて、どこかの劇場なのではないかと錯覚してしまうほど見事なものであった。

 歌が終わると、彼女たちはさっと左右に分かれて道を開き、校庭中央に細長いレッドカーペットがサアッと現れる。

(さすが穂積さん、タイミングばっちりだな)

 団員たちの瞬間移動や薔薇の花吹雪、カーペット出現などはすべて藤家筆頭執事である穂積の魔法である。

 そしてついにレッドカーペットの上に、黄金のドレスを身にまとう藤ゆり子が登場した。

 左右に分かれた団員たちは皆、カーペットの方を向いて跪き、ゆり子女王陛下をうやうやしく迎える。

 曲が変わり、ゆり子はゆっくりとカーペットの上を朝礼台の前まで歩いてきた。

(うっ、相変わらずひどい顔だな)

 白いドウランと濃い紫のアイシャドウ。

 真っ赤なルージュに金髪の巻貝みたいなかつら。

 そして極めつけは背中に背負う大羽だ。

 孔雀の羽のように大きな羽をいくつも束ねて作られたそれは、彼女を異様な羽魔人のように見せている。

 もし美しい舞台衣装を身にまとった若い女性があれをつけるのなら、きっと華やかで素敵だと思っただろうが、ベタベタとお化けのような化粧をした婆があれを背中にしょって趣味の悪いドレスを引きずり、ずるずると歩いていけば、もはや妖怪変化のたぐいとしか思えない。

 そして彼女が一番前まで移動する間に、全校生徒は配られた耳栓を耳に差し込んだ。

(来るぞ)

 昇は心の準備をして、一撃に備える。

 ゆり子は優雅にお辞儀をすると、手に持つ扇をかまえて真っ赤な口を開いた。

「あ゛あ゛あ゛あーっ、ららららー、あ゛―っ、はあーっ」

(ううっ、今年も凄まじいな)

 昇は耳栓をしても聞こえてくるスペシャル音痴のダミ声に、両手で耳を塞ぐ。

「きょうーはあーっ、せーいてーんっ、おひがらもっ、よーくてーっ」

 ゆり子はかまわず得意げに歌い続けるが、すでに校庭にいる父兄や生徒たちの中には精神にまで響く攻撃に脳の神経を麻痺させて気絶する者が出始めた。

「わーこうど、よよよおーっ。いざあーっ、せいせいっどうどうっ、きそいあいーっ」

(早く終われーっ、まさか一番だけじゃなく、二番も三番もあるんじゃないだろうな)

 しゃがんで耳を塞ぎながら、頭の中をかけめぐる不快な旋律に精神を壊されないよう、昇は必死に耐える。

「たーがーいを、たたえーてえーっ、いざ、きそえーよ、わ、こ、う、ど、よよよよーっ、ああああっ、おおおおーっ」

 耐えること数分、幸いなことに歌は一番だけで終了した。

 やっと騒音としか言えない歌曲が終わると、ゆり子は朝礼台に上る。

 そして扇で凄まじいメイク顔を半分隠しながら、動きだけはしゃなりと気品ある女王のように立った。

(またあそこか。いい加減来賓席に行って座ってくれればいいものを)

 昇は舌打ちしながら、列を整えて並ぶ。

 これからいよいよ入場門から行進だ。

 またちらりと朝礼台の方を見ると、ゆっくりと扇を動かしながらゆり子は満足そうに校庭を見下ろしている。

(ほんとにうちの婆は、何考えてるのかわからないよな)

 そんな風に思いながら、順番が来たので昇は前の生徒に続いて行進を始めた。

 軽快な行進曲が校庭中に鳴り響き、父兄の拍手に迎えられて生徒達は朝礼台の前に整列する。

 ――クリスティ学園中等部、体育祭が始まった。


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