序章
それは暦の上では夏の終わり。
でもまだ暑さが残る8月最後の夜中の事だった。
あと数分で日付が変わり、次の月になる瞬間がやってくる。
XX市郊外の森崎総合病院。
その屋上に、二人の少年がいた。
少年とは名ばかりの大人びた二人は、ひと気のない屋上で夜風に吹かれている。
黒眼鏡をかけた方が、手に持つものを見せた。
「お前にも来たか?」
それはごく普通の郵便はがきで、残暑お見舞い申し上げます、の文字がワープロ字で打ってある。
「もちろん来たよ」
金色の髪を風に揺らしながら、もう一人の少年は指に挟んだはがきを見せた。
どちらも同じ残暑見舞い。
差出人は伊集院雷導。
ただ文章はまったく定型の残暑見舞い文だが、はがきに描かれた挿絵は大きく違っている。
黒眼鏡の持つはがきには、夏定番のカキ氷の挿絵。
芸術的な筆で描かれた器には紫の小花が房となったものが一番下に盛られ、その上に削った氷がたっぷりとのっている。シロップは真っ赤な色をしたものがかかっており、それが下段の紫の小花をも赤く濡らし、見ようによっては不気味なカキ氷である。
金髪の方のはがきには、お盆の夜、火を点して『大』の文字を赤々と見せる日本の有名な山の絵が入っている。
しかし黒い夜の山で燃え上がっているのは、『大』ではなく何故か『藤』の漢字であった。
「めずらしいこともあるものだよね。おじいさまは日本の風物詩にはあまり関心がないと思ってたのにさ」
「まったくだ。去年も一昨年も残暑どころか暑中見舞いも来なかったのにな」
そこで二人の言葉は途切れ、ただ風にしばらく身をゆらす。
「……で、どうする」
再び口を開いたのは、黒眼鏡の方だ。
「どうするも何も」
愉快そうに金の髪をかき上げ、薔薇の香りを振りまきながら、もう一人の少年は笑う。
「こんなの来ちゃったら、やるしかないでしょ」
「そうだな」
黒眼鏡をきらりと光らせ、彼は同意する。
「ちなみに方法は? 軍師殿」
「丁度体育祭がある。そこで片付けよう」
彼の発言に、金髪が反応した。
「えーっ、体育祭はあっちの件をやるんじゃなかったの? もうあの子たちに通達しちゃったんだけど」
「面倒ごとは一気に済ませた方がいい。両方やってしまおう」
「二ついっぺんに? そんなに出来るかな」
「いや、むしろ好都合だ。あっちの件を進めることで、こっちの件からあいつらの目をそらすことが出来る。この件の真相は、俺とお前、二人だけの秘密としよう」
「わかってるよ。可愛い弟たちに汚れ仕事は似合わないものね」
金の髪の少年は、愉快そうに笑う。
「で、僕は何をすればいいのかな」
「お前には今回かなりがんばってもらうぞ」
眼鏡の奥に煌く、策士の鋭い瞳の光。
(これはしばらく退屈しないで済みそうかな)
金の髪の少年はそう思いながら、満足げに笑んだ。
静かに、密やかに、二人だけの密談は続く。
そこで交わされた言葉たちを知るものは、ただ深まる夜の闇と下弦の月だけだった。




