赤い悪魔
「ボオッ!」
面をした男の右手から、大きな火の玉が飛んできた。
「くっ!」
ルーナは両腕で頭を防御しながら、後ろに飛びのいた。
「はあっ!」
「!!」
「ここじゃ!」
ロンは素早い動きで、面をした男の懐に潜り込んだ。
「とりゃっ!」
ロンの掌底が、男の顔に直撃した。男は体を後ろにそらしながら、後方へと吹き飛んだ。
「マリーの言っていた賊か?」
アイナは両腕を前へと伸ばし、手のひらを広げていた。
「そうじゃ!」
「……」
男がゆっくりと立ち上がった。
「ピキ…」
模様のない面には、縦向きにひびが入っていてた。大きなひびが縦に広がっていき、白い面が二つに割れてしまった。
「あれは…」
面の下から、端正な顔立ちをした、若い男の顔が現れた。大きな瞳は少したれ目になっていたが、眉がつり上がり、鋭い目つきをしていた。
「そうか、お前は……」
男はロンの方を向いた。
「あの時のやつか…」
「皆、上にも気をつけるのじゃ!どこかにドラゴンがおるかもしれん!」
ロンは先頭に立ち、辺りを警戒していた。
「…面倒だな」
赤い髪の男は、両手を胸の前で重ねた。
(何をする気じゃ…)
男は地面にしゃがみ込み、右の手のひらを地面にあてた。
「ボウッッ!」
男の手から炎があふれ、うずまきを描くように地面に広がっていった。
「ぬうっ!」
「うおっ、こっちにくる!」
炎は瞬く間に広がり、アル達へと迫っていた。
「あぶなっ!」
熱気を帯びた炎をかわすようにして、アル達は後方へと飛びのいた。
「ジジジ…」
赤い髪の男が立ち上がり、右手を真上へと上げていた。手の上には、人間と同じくらいの大きさをした、巨大な火の玉が浮かんでいた。
「炎槍」
火の玉から、細長い槍のような形をした炎が、いくつも飛んできた。
「んなっ!」
アルが地面に着地しようとした瞬間、炎の槍が頬をかすめた。
「ぐっ!」
ルーナは、左の肩をおさえながら地面に膝をついた。長い炎の槍が、ルーナの肩を貫いていた。
「ボワアッ!ザザザザザッ!!」
無数の炎の槍が、辺りに降り注いでいた。
「ぬう!」
ロンは縦横無尽に飛び回り、降り注ぐ赤い槍を避けていた。背中には、炎で焦げた跡がついていた。
「……」
赤い髪の男が左手を前に突き出し、弓を引くような動きをした。左手の先には、炎が集まっていた。
「赤火蛇」
「ボワアアッ!!」
男の手から、細長い蛇の形をした炎のかたまりが放たれた。
「なっ…」
炎の蛇は、口を大きく開きながらアル達へと襲いかかった。
「まずい!」
ロンは歯を食いしばり、地面に膝をついた。左足には、炎の槍が刺さっていた。
「ゴオオオッ!!」
炎の蛇がアル達を飲み込んだ。
「うわああっ!」
「ボオオオオッ!!」
乾いた大地に、大きな炎の柱が立ちのぼっていた。
「グルル…」
赤いドラゴンが、翼をたたんで周囲を警戒していた。二本の足で地面に立ち、うなり声を上げながら顔を動かしていた。その隣には、赤い髪の男が立っていた。
「終わったか」
男は鋭い視線で前を見つめていた。白い煙がいくつも立ちのぼり、ほのかに熱気が残る中、アル達が地面にうつぶせに倒れていた。
「グルオオッ!」
ドラゴンが翼を広げた。
「行くぞ、フレイヤ!」
男はドラゴンの背に飛び乗った。
「バサッ、バサッ!」
赤いドラゴンはゆっくりと上昇し、そのまま遠くへと飛び去っていった。
「…ボゴッ!」
茶色い地面から大きな音がした。
「ゲホッ、ゴホッ!」
地面の中から、土にまみれたアイナが現れた。
「ぷは~!あ~危なかった!」
アイナは息を吐きながら、ゆっくりと立ち上がった。白衣は土で汚れ、赤い髪には、所々に焦げた跡がついていた。
「なんとかごまかせたな」
アイナは白衣についた土を払いながら、後ろを向いた。煤けた地面の上には、怪我をしたアイナが横たわっていた。
「サアアアッ…」
地面に倒れたアイナの体が、砂のようになり崩れていった。
「いや~なんてやつだ!まさか、これほどとは!」
アイナは、倒れているアル達の所へと駆け寄った。
「…よし!皆、まだ息はあるな!もう少しの辛抱だ!」
アイナは両腕を前へと伸ばし、ザラを集中させた。
「う~ん…」
「気がついたか?」
「ここは……」
アルは仰向けの状態で目を覚ました。
「あれ?痛た…」
「もう少しで終わる。それまでは、動かないほうがいいぞ」
アイナは、アルの体に両手をかざしていた。
「あ、魔法か…ありがとう」
「皆、無事で良かったよ」
「そっか、あいつにやられて……ロン達は大丈夫だったのか?」
「ああ。幸いに、思ったよりも傷が浅くてな。今は私の魔法で回復している」
「そっか」
西の空へと陽が沈み、辺りはすっかり暗くなっていた。小さな手提げランプの光が、アル達を優しく照らしていた。
「よし、これで動いても大丈夫だろう!」
「あ、すげえ。痛みがほとんどない」
アルは勢いよく立ち上がった。
「おお。無事じゃったか、アル」
「よかったな」
暗闇の中から、ロンとルーナが歩いてきた。
「ロン、ルーナ!」
「ルーナ、どうだった?」
「周囲に敵の気配はなかった」
「あいつだけだったか」
アイナは、ランプを手に持ちながら立ち上がった。
「あの男、とんでもない強さだったな。まるで、悪魔だ」
ルーナは眉をしかめながら右手を見つめた。手のひらに、うっすらと火傷の跡が残っていた。
「うむ。どうやら前の時は、本気ではなかったようじゃ」
「ああ…」
アルは、悔しそうな顔でうつむいていた。
「アイナ、やつはヘウルーダに行ったと思うか?」
「さすがに、一人で王都に攻め込むとは考えにくいな」
アイナは険しい表情を浮かべながら、ルーナの方を向いた。
「ヘウルーダには手練れの兵士が多い。特に女王の直属兵は、魔法も使えるからね」
「そうか」
「わしらの前に、兵士達とも戦っておる。多少はつかれているはずじゃ」
ロンは腕を組みながら辺りを見回していた。周囲には、傷ついた兵士達が倒れていた。
「よし、私はここに残って、他の兵士達の治療をする。みんなは先にヘウルーダに帰って、この事を伝えてくれ」
「よいのか?おぬし一人で、これだけの数を…」
「こう見えて、治療は得意なほうでね。それに、どうも嫌な予感がする」
アイナは空を見上げた。分厚い雲が空を覆い、星の光がさえぎられていた。
「さ、行ってくれ!早いほうがいい!」
「了解じゃ!」
ロン達は小さくうなずくと、体を前に傾け、飛行艇の方へと走リ出した。
「一人で大丈夫なのかよ?また敵が来たら…」
「アイナの魔法の腕は、かなりのものだ。心配はいらないだろう」
ルーナは左手で飛行艇のドアを開け、操縦席に素早く座り込んだ。
「お~い!」
飛行艇の後方から、アイナの声が聞こえてきた。ルーナは窓から身を乗り出し、後ろを振り返った。
「昨日、新しい葉が手に入ったんだ!楽しみにしててくれ!明日の紅茶はおいしいぞ!」
「フフッ。ああ、了解だ」
ルーナは小さな笑みを浮かべながら、操縦席のレバーを引いた。飛行艇は人間の背丈くらいの高さまで上昇し、夜の荒野の中をゆっくりと進み出した。
小高い丘にある木の下に、ガラードが立っていた。黒い兵服を身にまとい、腰には剣の入った大きな鞘をたずさえていた。
「来たか……」
丘の下から、マリーが髪を揺らしながら歩いてきた。辺りに街灯はなく、人の気配はなかった。
「ガラード…」
マリーは、ガラードの前で足を止めた。
「……」
「答えを聞かせてくれ」
「…うん」
マリーは、ゆっくりとガラードに近づいた。




